2016/12/11

これからは成長が望めぬ社会。by平川克美

成長望めぬ社会 平川克美さんに聞く
皆で不満分かち合おう 若者は気づいている
経済成長を前提としたシステムが揺らぎ始めている

2016/12/3 nk   ※→桑原政則注

 米大統領選でのドナルド・トランプ氏の勝利に英国のEU離脱、そして相次ぐテロ。先進国が人口増大から人口減少へ、経済成長社会から物価などが下がって全体としてバランスするような「定常化経済社会」へと移行する文明史的転換期を迎え、「移行期的混乱」にあるのが背景と、事業家・文筆家で立教大学大学院客員教授の平川克美さん(66)は説く。

 「国民国家、デモクラシー、インターナショナリズムといった世界秩序の根幹が揺らぎ始め、代わってグローバル市場、強権的指導者による迅速な意思決定システム、排外的な競争主義としてのナショナリズムという新秩序がつくられようとしています。おおまかに言ってこのように今の世界をみています」

 「旧来の価値観が揺らいでいる大きな原因は、先進国では経済成長が難しくなったということでしょう。株式会社は経済成長を前提としたシステム。成長するから投資家は出資する。金利にしても年金にしても我々を取り巻く全てのシステムが成長を前提に形作られている。成長が止まってしまうと、システムの基盤が揺らいでいく」

 「そりゃ、できれば成長した方がいい。しない方がいいとは思っていません。ただ、もう、難しくなっているんです。日本は向こう50年は人口減少フェーズが続く。人口減少はマーケットの減少につながる。いまは総需要は頭打ちで、物価が下がってバランスしている定常化経済の段階にあります」

 政府などはデフレスパイラルに陥るのは良くない。かつてのような高度成長は無理だとしても、緩やかな成長が国民生活の安定につながるとの立場だ。

 「成長論者は希望を言っているだけなんですね。成長すればすべてがうまく回る。成長してくれたらいいなと。だが、現実をよく見て下さい。日銀の物価上昇目標はいつまでたっても実現しない。所得格差は広がる一方です。定常化に即した経済運営がなされてない」

 「若い人たちは気づいていますよ。私の大学の教え子は1990年代の生まれ。ものごころ付いた時から経済は定常化した状態にあります。我々の世代は年収500万円は見込めた。しかし今の若い人は大会社にでも入らないと300万円確保も難しい。だったら300万円でやっていく方向を探るしかない」

 「実際にシェアハウスに住んだり、地方に移住して農業に従事したりと、定常化に合わせた生き方を選んでいる。それを悲観的にみる人もいますが、私はまったく悲観していません」

 「三方一両損」という知恵を見直す

 実家は東京・大田の町工場。大学卒業後に海外の技術書の翻訳会社を立ち上げ、米シリコンバレーでの起業支援やビジネスカフェ運営などを手掛けた。

 「バブル時代は、自分の人生の中で、いちばんいやな時代でした。規制撤廃を叫ぶ新自由主義的な考えを持ち、増長していたのだと思います。しかし、間違っていたことに気づきました。小さな元手で大きく稼ぐというレバレッジ(=てこ)を効かせたビジネスはどうなのか。ものごとがうまくいかなくなったときは、本来に立ち戻ることが必要ではないのか。先だって、運営していたビジネスカフェ会社の経営をやめました。負債を抱えながらの投資はやめて、借金をなるべく返してしまおうというわけです」

 「右肩上がりの時代は終わった。じゃあどうすればいいのか。そこで勧めるのが『小商い』という考え方です。小商いといっても、事業規模の小さい家業の意味ではありません。信用を基本に、リピート客を離さず、大もうけはできないが事業を継続していけるビジネスです。老舗旅館などにありますね。高齢化が進んでいますから、介護分野にもビジネスチャンスがあります。介護は利用者から信用を得ることが何より大事です。『正直商売』としての介護サービスなら、いくらでも需要がありますよ」

 給料が上がっていった時代を知っている人には、成長のない社会は受け入れ難いかもしれない。

 「いまは世界的に中間層がやせ細り、一部の成功者と多くの脱落組が生まれてしまう。日本も例外ではありません。いらだちは理解できますが、定常化経済社会が当面(※あと50年は)、続くのだという現実はしっかりと認識しておく必要があります。皆が互いにハッピーな『ウイン・ウイン』は右肩上がりのときだけです」

※定常化経済:経済成長なしの経済

 「落語に『三方一両損』という噺(はなし)があります。皆が少しずつ損すれば問題は解決するという。本当は日本人はそれが得意なはずなんですよ。これからは、少しずつ不満を分け合うという意味の『ルーズ・ルーズ』という生き方にシフトしないといけない」

 「7年前に『経済成長という病』という本を出したときは多くの反論が来ました。しかし、いまは賛同してくれる人が増えています。なかなか共感は得られないかもしれませんが、『ルーズ・ルーズ』と言い続ける人がいると、やがてスタンダードになっていくのではと思っています」

(シニア・エディター 大橋正也)

 ひらかわ・かつみ 1950年東京生まれ。早稲田大学理工学部卒。「隣町珈琲」店主、「ラジオデイズ」代表、立教大学大学院客員教授(担当科目はコーポレート・フィロソフィー)。著書に「グローバリズムという病」「経済成長という病」「路地裏の資本主義」「小商いのすすめ」「喪失の戦後史」など多数。

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