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はじめに:「ものがたり」で観光おこしを 

観光産業は、21世紀のリーディング産業です。
観光産業は、平和の創出や安全保障にも寄与貢献します。
観光は、地域経済の牽引役にもなり得ます。

しかし、人口減少、財政縮小により単独自治体での観光おこしは困難な状況にあります。
本稿は、「川越」をキーワードに、人を介して川越と他地域を結ぶネットワークを作成し、川越、川越周辺への興味関心を喚起しようとするものです。

対象は修学旅行生、学生、若者を中心に、地域住民、一般観光客などとします。
歴史の古い川越には、外国人よりも、まずもってもっと多くの日本人が脚を運ぶようにしかけることが重要です。

観光おこしは膨大な資金による「ものづくり」が必要ですが、本稿では「ものがたり」でも観光おこしをなし得ること例証し、他の市町村の観光おこしの参考になることを期待します。

川越案内などに用いられる用語は、江戸時代の用語、寺社用語など古く難解なものが多いです。
たとえば、分祀(ぶんし)、勧請(かんじょう)などは若い人々にとって意味不明でありましょう。

本稿は、修学旅行生などの若人のための
「やさしく、おもしろく、わかりやすく、ためになる」
観光ガイド作成の一環です。

ある北海道の大学教授が「藩、武士、寺、城とかが、北海道では遠い宇宙の出来ごとのようで、どうしても歴史が好きになれません」ともらしたことがあります。
くらべて、川越は江戸時代史の宝庫であり、
川越を通せば江戸時代がわかる
楽しさがあります。

源義経、太田道灌、江戸城、徳川家康、徳川家光、松平信綱、柳沢吉保
なども川越に関係することを知れば、川越、江戸への興味はさらに深まるでしょう。

今、江戸時代が見直されています。
江戸時代には、地方分権があり、地産地消が当たり前でした。

江戸時代は、エコ社会で、使える物は使い尽くす循環型社会でした。
武士も貧しく、大名も土地をもたないまあまあの平等社会でした。
労働時間も短く数時間だったともいわれています。

回り道のようですが、日本は江戸時代のような人と人のふれあい、もちつもたれつの、隣組、共生社会の方が、かえって、犯罪もなく安定した生産性の高い社会になる道がはずです。

小江戸川越には古い日本が残っています。
人や神、ほとけを通じて川越を掘り起こし、日本、世界のいくすえ行く末を考えていただきたいと思います。

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