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越智道雄:米の知性はどこに?(NK2011/11/26)

【メモ】

  • オバマは結果の平等、ロムニーは機会の平等。
  • ヨーロッパのように社会主義を経験していないので、国民皆保険も道は遠い。

米国の光と影 越智道雄さんに聞く
自由と平等の矛盾に悩む 仲間への配慮どこへ

2011/11/26付
日本経済新聞 夕刊
2405文字

 米国が掲げる民主主義の原点は、荒々しい、むき出しの力だった
 自宅居間のあちこちの本棚には題名に「アメリカ」の文字が入った書籍が無造作に何冊も置かれている。昔の子ども部屋も本でいっぱいという。東海岸や西海岸、ミシシッピ川流域の主要都市を定点観測しつつ、米国社会の変化を研究してきた越智道雄さん。「片付かなくて申し訳ない」と言いながら、テレビの前に案内してくれた。
 早速、映画「遥かなる大地へ」(1992年)のクライマックスシーンをビデオで一緒に見た。米国中西部で19世紀末に実際にあったオクラホマ・ランドラッシュという土地争奪戦の場面だ。
 騎兵隊が先住民族から奪った広大な土地を移民に分け与えることになり、多数の白人男女が馬にまたがり、馬車に乗り、横一直線に並んだ。大砲の合図で、いくつにも区画された遠方の土地をめがけて突進する。いち早く着いて自分の旗を立てた者がその土地の所有者になるのだ。
 「ここに米国民主主義の基本形がよく表れています。スタートラインに並ぶまでは平等で、後は力任せの自由競争です。合図前に飛び出した男はルール違反で騎兵隊に射殺されます。互いに争い、死者もたくさん出た。主人公のアイルランドから来た青年(トム・クルーズ)は裸馬をあやつり川べりの一等地を手にします。でも、本来ここは先住民の土地だったという意識は頭に全くないのです」
 「もちろん当時、スタートラインに黒人は立っていません。後の50年代に起きた公民権運動は有色人種もこのスタートラインに立たせろという運動でした」
 「映画は時代劇とはいえ、平等と自由とがいかに矛盾した概念かがよく分かる。この2つをくっつけようとするのだから難しい。米国政治の大きな流れを見ると、100年以上も前は、北部地盤の共和党が平等に軸足を置き、南部の民主党は奴隷制維持の立場でした。その後、互いの支持基盤の南北逆転が起こり、今は民主党が平等、共和党が自由に軸足を置いている。平等か自由かで、依然として文化戦争が続いています」
 リンカーンはエゴイズムを否定し、純度の高いデモクラシーを提唱した
 越智さんの米国研究は新聞を頼りに現場を見ることから始まった。全米8紙に目を通し、注目記事を書いた米人記者と面会。記者とともに最前線に足を運んだ。毎年夏休みには2カ月かけてレンタカーで全米を回った。走行距離は1回2万キロ前後に及んだ。
 著書「ワスプ(WASP)」では米国社会の多数派だった「アングロサクソン系白人でプロテスタント教徒」(ワスプと呼ぶ)の暮らしや育ち方を追跡。その文化の病理と可能性を描いた。
 「もともと英国出身のワスプはすごくシャイ(内気)なんです。でも、いったん腹を決め、やり出したら引き下がらない。家族への愛情表現などは、言葉よりも心の中で思うことが大切として、『秘すれば花』の考え方もある」
 マナーをわきまえて、質素倹約。品のない、けばけばしさとは正反対。ポイズ(沈着さ)も大きな要素だ。
 「だが今の米国社会を見ていると知性はどこへ行ったのかと思う。生きる誇りとか公平な見方とか、家族・同僚への配慮とかが弱い。ブルーカラー層で時給の良い仕事が消え、不安が高まり、出口のない部屋で人々が閉塞状態にある。知性は高学歴者の専売特許で『俺たちには関係ないや』という感じも。政治への批判の目が曇っている」
 「かつてリンカーンは私は奴隷になりたくないし、奴隷の主人にもなりたくないと語った。他人を蹴飛ばして勝つことで、欲しいものを手にするのを否定したのです。この理念はどうしたのか」
 弱肉強食の競争社会が暗い影を落とす現状を憂慮する。
 ウォール街への抗議活動は親の世代が“やり方”を伝授した
 格差社会の是正を求め「ウォール街を占拠せよ」のスローガンで全米に拡大した若者たちの運動は何を意味するのか。そこには2つの世代が重なると越智さんは分析する。
 「抗議活動の中心は80年以降に生まれた世代で、本来ああいう活動をする子どもたちではなかったはずです。小さい頃から『社会の中心をめざせ』『一生続けられる職業を手にせよ』と親に言われて育ってきたからです」
 「米国では工場の海外移転などで、生産のために体を動かすよりも、情報・サービス分野で机上プランをたてるような仕事が増えた。その分野で活躍できるよう親たちは勉強しろと子どもの尻をたたいた。子どもも『ハイ、ハイ』と素直に従ってきた」
 「そこに2008年のリーマン・ショックが襲った。若年層の失業率が高まり、経済格差も広がった。子ども世代の目算が狂うわけです。反ウォール街運動の背景です」
 「注目すべきは親の世代です。実は60年代のヒッピー革命とかベトナム反戦運動、新左翼の学生運動を担ってきた人たちが多いのです。自分たちが若い頃は社会からのドロップアウトも辞さず、権力に反抗したのですが、その後、都会暮らしで出世志向の強いサラリーマン層『ヤッピー』へと彼らは変貌。子どもたちにはドロップアウトを許さなかった世代です」
 「しかし今となっては背に腹はかえられず、困っている子どもたちに昔の戦い方を教えている。抗議現場では若者が銀行の通帳を焼いていましたが、あれは徴兵カードを焼いた親世代の反戦運動から方法を受け継いだのでしょう」
 「でも米国は分からない不思議な国です。例えば国民皆保険をめざすオバマ政権の医療保険改革に『社会主義だ』と猛反対が起こる。ちょっと常識では考えられない。それが米国でもあるんですね」
(編集委員 須貝道雄)
 おち・みちお 1936年愛媛県生まれ。明治大学名誉教授。米国、豪州など英語圏新世界諸国の比較文化研究がライフワーク。著書に「アメリカ『60年代』への旅」「ブッシュ家とケネディ家」「日米外交の人間史」「なぜアメリカ大統領は戦争をしたがるのか?」「誰がオバマを大統領に選んだのか」など。
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