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「自分史」でよみがえる思い出

「自分史」でよみがえる思い出

毎日新聞2016年2月4日 東京朝刊

 自分の人生を振り返り、本などにまとめる「自分史」が注目されている。2011年の東日本大震災などが契機となり、記憶を記録に残しておきたいと思う人が増えたことが背景にあるようだ。自分史をまとめる際のコツや注意点を聞いた。

 ●1年で新書判150ページ

 「同じエピソードが何度も出てくるので、省略しましょう。うろ覚えでも年代を入れておくと、後で並べ替える時に便利ですよ」。私家本の制作を請け負う「百年書房」の代表、藤田昌平さんは、原稿を携えてきた鎌倉市在住の野田雅江さん(77)にそうアドバイスした。

 野田さんは昨年5月から毎日文化センター(東京都千代田区)の「本にまとめる自分史入門講座」に通っている。藤田さんはその講座の講師だ。野田さんに受講を勧めた長女の根津実千代さん(54)は「3年前に祖母が亡くなったこともあり、母の昔話を聞けるうちに聞いておきたいと思って」と話す。

 講座は月に1回、計12回で新書判150ページ程度にまとめる。毎回、最低5本の原稿を宿題として提出。一つのエピソードにつき1本、400字詰め原稿用紙2枚が目安だ。本人に朗読してもらい、藤田さんが文章の流れなどをチェックする。

 野田さんがこの日出した原稿には、5歳ごろの根津さんのエピソードが登場。近所の友達と花火をしていた根津さんが足にやけどをしてしまい「傷痕が残るんじゃないかと、娘以上に私が大泣きした」と記した。根津さんは「全然覚えていなかった。そんなに心配してくれていたなんて」と感慨深げだった。

 ●文章は拙くてよい

 文章を書くのが苦手な人にはハードルが高そうだが、「印象に残っていることからとりあえず書いてみてください」と藤田さん。子どものころから順を追って書こうとすると、なかなか思い出せず筆が進まない。「記憶は数珠つながりになっているので、書いているうちに少しずつ思い出がよみがえってきます」

 また、上手に書こうとせず、70点くらいを目指すとよいという。「最低限の読みやすさは必要ですが、文章は拙くて構いません。読むのは家族や友人。整然とした文章よりもその人らしさが伝わり、後々読んだ時に味わいがあります」

 埼玉県川越市の大野志津子さん(61)は昨夏、定年退職を機に自分史を出版した。働きながら定時制高校と看護師学校に通って看護師資格を取得し、2人の子育て、介護、夫のうつなどを経験した人生を軽やかにつづった。90部を中学・高校の同級生や元同僚らに配ったところ、「当時が懐かしく涙が出た」「そんなに苦労していたとは知らなかった」などの感想が寄せられたという。

 夫の一美さん(63)は「このひとと一緒になれて良かった」と後書きを寄せた。志津子さんは「自分では普通と思っていた人生が、他人から見たら特別なんだと意外だった。多くの人に支えられてきたことを改めて実感できた」と話す。

 ●震災機に関心高く

 「自分史活用推進協議会」代表理事の前田義寛さん(80)によると、自分史という言葉は、歴史家の色川大吉さんが1975年に出版した「ある昭和史」に登場したのが最初という。有名人や成功者ではない一般市民が人生を書き残すことに歴史的価値が見いだされ、広まったとされる。

 同協議会は2010年に設立。著名人による講演や自分史の手法を紹介する「自分史フェスティバル」を3年前から開いており、昨年東京都内で行ったイベントには1週間で8000人以上が訪れた。前田さんは「東日本大震災が契機となり、自分史への関心が急速に高まった。津波で家や写真が流されてしまったテレビ映像などを見て、記憶や思い出を形に残しておこうという人が増えたのではないか。昨年は戦後70年で、戦争体験を含めて人生を振り返る節目になりやすかった」と分析する。

 同協議会事務局長の高橋誠さん(54)はネット上で年表を作成する無料サービスを提供しており、「音声や写真、動画など手法が多様化し、自分らしい表現が選べるようになったことも普及の一因」と説明する。出版費は数部であれば数万円、数十部で20万〜50万円とされる。

 前田さんは、最低限のルールとして、
    ▽他者を傷つけない
    ▽自慢話に終始しない
    ▽引用の際は著作権に留意する−−
を挙げる。
地図や相関図を書くと記憶を呼び覚ましやすく、縁のあった人や場所を訪ねて「取材」すれば、旧交を温めるきっかけにもなるという。

 「自分を見つめ直すことで自尊心が高まり、新たな生きがいの発見にもつながる。高齢者に限らず、学校卒業時や就職活動など、若い人にも活用してほしい」と話す。毎日文化センターの問い合わせ先は03・3213・4768。【野村房代】

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