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無人化に走る実験国家シンガポール

無人化に走る実験国家シンガポール
2017/3/3nk を抜粋編集  写真も

 シンガポールは団地の国だ。国民の8割が全土に散らばる公営住宅に暮らす。高層住宅が連なる街の数少ないオアシスが団地一角にある市場や屋台村だ。昔ながらの青果店や気取らない飲食店が並び、アジアの喧騒(けんそう)がある。だが北部センカンの団地には全く異なる光景があった。

 朝から雨が続いた火曜日の正午。ウィリアム・チューさん(73)は一緒に暮らす2人の孫のために昼食を買った。選んだのは孫が好きなスパゲティだ。1階の吹き抜けに並ぶ自動販売機に紙幣を挿入し、調理済み商品が温まるのを待った。ここは軽食やデザートを売る自販機を集めた「無人カフェ」。政府肝煎りで昨年8月に開業した。

 チューさんは週1回は訪れる常連だ。「便利だし味も悪くないよ」。重ねて聞いてみた。普通の屋台とどちらが好きですか?――。「そりゃあ屋台に決まってるさ。でも仕方ない」。同国政府は全土に無人カフェを広げる青写真を描く。

 中心部のスーパー「フェア・プライス」。代金を支払う4人の客に対応する店員はわずか1人。顧客が商品をスキャンして精算するセルフレジを使って人手を削減した。大手スーパー3社の半数近い店舗がすでに同様のレジを導入した。

 「機械ができる職業をこの国から根絶したい」。政府高官が3年前に漏らした言葉を思い出す。その時は聞き流したが、この構想はすでに現実だ。多くの飲食店はテーブルに置いたタブレット端末で注文を受ける。新興ビジネス街では自動運転タクシーの公道実験が始まった。おそらく世界で一番速いスピードで無人化が進む国といえるだろう。

 シンガポールは実験国家だ。中国語が母語の華人、マレー語のマレー系住民、タミル語のインド系の寄り合い所帯だが、政府が選んだ共通語はどの民族にも関係が薄い英語。歴史を刻んだ古い住宅を容赦なく取り壊し、厳密な都市計画の下で国民を全土に再配置した。

 初代首相のリー・クアンユー氏は「小国の生き残り」を掲げて独断で途方もない目標を定め、国民に同じ方向を向くよう求めてきた。建国から半世紀。新たな実験が始まろうとしている。

 政府が無人化に突き進む背景には2つの誤算がある。一つは極端な少子化だ。1人の女性が生涯に出産する子供の数を示す合計特殊出生率は世界で最も低い水準に沈む。もう一つは外国人流入への反発だ。人気がない飲食店や建設現場の仕事を外国人に任せてきたが、それでも「職を奪われる」との不満が広がった。

 確実に訪れる働き手の不足。実験国家の答えは明快だ。半ば強制的に現場作業に携わる職場を減らし、限りある人口を生産性の高い分野に振り向ける。政府は昨年1月に職業技能向上を目指す講座受講への支援を拡充し、1年間で12万6千人が新制度を利用した。

 不安もある。29歳女性は「みんながスキルを上げるなんて無理」。思惑通りに国民が技術を高めたとしても、その先には人工知能(AI)が競合相手として待ち構える。リー・シェンロン首相(65)は「労働者はロボットやコンピューターとの競争を心配している」と認める。それでも実験は止まらない。

 少子高齢化を食い止める妙手は見つからず、足元の経済成長は鈍化が続く。不安を抱えながら「無人化」に突き進むシンガポール。同じ難題に直面する日本にとって人ごとではない。

(シンガポールで、吉田渉)

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