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林則徐 Lín Zéxú 。イギリスのアヘンを焼き払う。1850/11/22命日。

林則徐 Lín Zéxú 。イギリスのアヘンを焼き払う。1850/11/22命日。

林則徐(りんそくじょ。1785-1850/11/22)は、清末の政治家です。

林則徐は、イギリス商人がインドから清に密輸しているアヘンを焼き捨てました。
怒ったイギリスは、軍艦16隻、護送船27隻など1万9000人を広東に派遣しました。
広東沿岸を焼き払いました。
清は降伏し、開港します。

【※】アヘン戦争

1840年、イギリスは清朝政府のアヘン投棄に抗議して開戦し、勝利しました。
1842年南京条約を締結、香港を植民地化しました。
このあと、ヨーロッパ勢力がアジア植民地化を本格化します。

ペリーが日本に来航するのは1853年です。

名言
「不惜元氣,服藥無益。身体を大切しない人は、薬を飲んでも無意味である。」

中学 社会 歴史(江戸時代末期/三角貿易とアヘン戦争/中2  【10+】

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Lín Zéxú ( 1785-1850 / 11/22) is Qing Dynasty's politician.
He burned opium that the British merchant smuggled from India to China.
An angry British burned down the Guangdong coast.
Qing Government surrendered and opened the port.

【※】 Opium war 
1840, the British protested against the Qing Dynasty 's dumping of opium.
The British started a war and won. 

1842 Nanjing treaty was concluded and British colonized Hong Kong.
After this, the European forces started to colonize Asian countries.

Perry arrived in Japan in 1853.

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