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新渡戸稲造の人生訓、「人の幸、不幸はその人の心の内にある」(NK2012/5/8)


新渡戸稲造の人生訓 三井住友信託銀行相談役 高橋温

2012/5/8付
日本経済新聞 夕刊
710文字
 新渡戸(にとべ)稲造(いなぞう)博士は岩手県人の誇りである。欧米に日本の精神文化を知らしめた「武士道」ほか多数の著作、青雲の志を顕(あらわ)した「われ太平洋の橋とならん」の言葉、国際連盟事務次長としての国際平和への貢献など、その輝かしい経歴は広く知られている。
 その博士は、人の幸、不幸はその人の心の内にある、と終生言い続けた。博士も順風満帆な人生ではなかったのである。
 札幌農学校教授に任命された翌明治25年に長男を得るが、わずか8日間の命という悲運に見舞われた。アメリカ人の万里夫人の一時帰国なども重なり、研究家内川永一朗氏によれば、「教室の黒板に字も書けないほどの重い神経症にかかり」、明治30年、職を辞して群馬県伊香保、アメリカ、モントレーで約5年間の療養生活を送った。
 しかし、ここからが「転んでもただでは起きぬ」博士の真骨頂(しんこっちょう)である。療養中に日本初の農学博士授与につながる「農業本論」、そして「武士道」を出版。更に後、大正3年に第一高等学校校長を辞して帰郷中、宮古でバスの転落事故に遭遇、重傷を負うが、この入院中にも「一日一言」の想をものしている。
 博士が、たいていの人は必ず逆境に陥る、しかも不意に起こる、と言ったのは自らの体験に他ならない。その人生訓は、私なりの理解として、次のように要約できる。
 境遇の順逆は心がけ一つでいかようにでもなる。逆境にあっても心がけ一つで一条の光明が発見できる。人生の進歩は境遇に対峙して初めて起こるものである。
 東日本大震災は、私たち一人ひとりに様々な境遇をもたらしたが、今年生誕150年を迎え、わが国の歴史に残る巨人の洞察に、今なお学ぶべきことは多い。