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観光立国、日本固有の自然生かせ (NK2010/8/19)


観光立国、「環境と共生」 日本固有の自然生かせ
高梨・日本エコツーリズム協会理事 真板・京都嵯峨芸術大学教授
他国に例見ぬ多様性 APECでアピールを

2010/8/19付
日本経済新聞 朝刊
3181文字
 今年は日本がアジア太平洋経済協力会議(APEC)のホスト国にあたる。11月に横浜市で開くAPEC首脳会議に先立って、9月には奈良で観光相会合が、また仙台で専門家レベルの「エコツーリズム・カンファレンス」が開催される。環境と観光の共生を目指す「エコツーリズム」は、21世紀型観光の主役として先進国・発展途上国を問わず近年大きな注目を集めているが、日本でもようやく本格化の兆しが見え始めてきた。
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 6月に閣議決定されたわが国の「新成長戦略」では、環境・エネルギー、健康、アジア、観光立国・地域活性化、科学技術・情報通信、雇用・人材、金融の7つの戦略分野を掲げている。エコツーリズムはこのうち、環境と観光・地域活性化という2つの戦略分野にかかわる。同時に、観光の分野でアジア地域は、わが国にとってますます重要な存在になってきていることを忘れてはならない。エコツーリズムは、わが国の経済成長戦略にとって大きな可能性を秘めた分野なのである。
 エコツーリズムは、生態系を意味するエコロジーの「エコ」と観光の「ツーリズム」の合成語である。1983年に生まれた造語だが、環境保全の手法として観光を活用するという基本概念はそれ以前からある。地球規模での環境問題を下敷きに、開発か保護かという議論を背景に徐々に形成されてきたものだ。
 大きなステップとなったのが、世界172カ国の首脳が参加して92年にリオデジャネイロで開催された「環境と開発に関する国連会議(地球サミット)」である。地球環境の悪化に歯止めをかけるため環境保全を主張する先進工業国と、それに反発する途上国側の利害対立を解決する手段として生まれてきたのが「持続可能な開発(サステイナブル・デベロップメント)」という概念である。国連の世界観光機関(UNWTO)は「持続可能な観光(サステイナブル・ツーリズム)」をほぼエコツーリズムと同義語で使っている。
 こういった動きに相前後するように、米国やオーストラリアなどエコツーリズム先進国といわれている国々で民間レベルでの取り組みが活発化した。それとともに、ガラパゴス諸島やコスタリカなどのように地域や国ぐるみでエコツーリズムを推進し、国づくりの重要な産業に育てあげるまでになったケースも出はじめた。
 大きな投資を必要とせず、しかも残された自然資源を活用して一定の経済効果が得られるエコツーリズムは「貧困からの脱出」を図る格好の手段である。このような経緯から国連は地球サミットから10年目にあたる2002年を「国際エコツーリズム年」と定め、一層の推進を呼びかけている。
 不況といわれながら昨年、海外旅行に出かけた日本人は1500万人を超え、国内の宿泊旅行者は外国人を含めて延べ3億人泊に達する。世界観光機関によると06年に国境を越えて旅した人は延べ8億4000万人を数え、2020年にはそのほぼ2倍の16億人になると推定されている。国内旅行者はその何倍にもなる。しかも新興国・途上国ほどその伸び率は高い。
 21世紀は環境の時代であるとともに、人類が地球上を絶え間なく浮動する観光の時代でもある。観光産業の経営者で構成している世界旅行産業会議(WTTC)によると、世界の観光産業の規模はすでに08年で国内総生産(GDP)の9.9%、雇用者数で8.4%を占める最重要産業のひとつになっている。観光産業の重要性が一段と増す一方、観光と環境の共生は先進国・途上国を問わず避けて通れなくなってきた。
 これまでのところ「エコツーリズム」の統一された定義はないが、概念形成の流れや代表的な定義例を俯瞰(ふかん)してみると「自然環境資源を保全しながら、観光を楽しみ、その経済社会的効果を生むことによって地域振興につなげてゆく観光」というのがほぼ共通したとらえ方だ。
 関係者の広場づくりを目指し、我々は98年に「エコツーリズム推進協議会」(現特定非営利活動法人=NPO法人=日本エコツーリズム協会)を立ち上げた。協会では「自然環境資源の活用によって観光を興し、地域の振興に寄与することによって、環境保全につなげる」という3つの要素をバランスよく回していくのが、エコツーリズムだと規定している(図参照)。つまりエコツーリズムは、観光、地域、環境の3要素が次々と玉突きのように原因と結果につながる円運動なのである。
 とすれば、円運動はどこからはじめてもよい。「環境保全」のための資金確保として「観光を活用」するのは、米国やカナダなど広大な保護区域を有する先進国に多く見られる手法であり、外国人観光客から1人100米ドルの入島料を徴収するガラパゴスも同じだ。珍しい野生生物を観光の目玉にして地域に経済的メリットをもたらし、それによって地域住民の間に自然環境の保護意識を生みだしていこうという手法は、生物の多様性保護や地域おこしに軸足を置いた考え方だ。
 ほかにも、熱帯雨林の伐採に歯止めをかけるため代替産業としてエコツーリズムを興したり、大型リゾート地に隣接した漁村の自然と文化を保護するため、地域住民による地域住民のためのエコツーリズム(コミュニティー・ベースド・ツーリズム)を採り入れたりするなど、実践活動はさまざまである。
 46億年の時を経て形成されてきた私たちの地球は、いたるところに二つとない自然環境を形成し、人はそこに固有の文化をはぐくんできた。その一つ一つを宝として磨き観光資源として活用すれば、ソフト型の観光産業で人を呼び、そのことによって地域の振興につなげられる。そして資源価値が分かれば、自然は切り開くことだけではなく、むしろ保全することによって価値を生むことが分かる。
 日本のエコツーリズムは、1996年にわが国初の地域エコツーリズム協会が誕生した沖縄県の西表島にその第一歩を記す。本格化するのは03年に観光立国政策の一環として、環境省が推進会議を設置し、エコツーリズム憲章の設定やエコツアー総覧の発信、エコツーリズム大賞の設定などとともに、全国13カ所でモデル事業を展開したことにはじまる。この流れは、やがて07年に与野党全会一致で成立した世界でも初めての「エコツーリズム推進法」につながる。
 なかでもモデル事業は(1)知床や屋久島など豊かな自然での取り組み(2)富士山北麓(ほくろく)や裏磐梯のように既に多くの観光客が訪れている「マスツーリズム」地のエコ化(3)埼玉県飯能市や長野県飯田市など里地里山や地域文化を活用した取り組みの3つのカテゴリー分けで進められた。いわば日本固有の自然文化環境を踏まえた施策だった。
 マスツーリズムのエコ化も世界であまり例を見ないが、日本全国いたるところにある里地里山での試みは、日本型エコツーリズムの嚆矢(こうし)ともいうべきものである。09年度の「エコツーリズム大賞」に応募した83件のうち里地里山型は65%を占めた。
 亜寒帯から亜熱帯まで南北3000キロに伸びる日本列島は、自然も文化も他国に例を見ない多様性に富み、一つ一つがその土地固有の魅力を秘めている。松下電器産業(現パナソニック)の創業者である松下幸之助氏は世界でもまれな自然環境を生かし国興しにつなげる「観光立国」をすでに1953年に提唱していたが、その慧眼(けいがん)に驚く。エコツーリズムは、その土地固有の宝を探し磨いて地域交流人口を増やし地域の活性化につなげる地域環境保全運動なのである。
 今回のAPECのカンファレンスでは、アジア太平洋地域における数多くの成功事例が報告されることになっている。そうした事例に謙虚に学ぶとともに、まだほとんど知られていないわが国の自立型エコツーリズムの実情について海外に知ってもらう格好の機会でもある。この分野でも日本のリーダーシップを期待したい。
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