インターネットの恩恵 玉村豊男
私はいまから十三年前に原稿用紙で書くのをやめてパソコンに切り替えた。
イラスト・大竹雄介
その直前まで、いくらコンピュータの時代になったからといって私の年代の物書きまで影響を受けることはあるまいと思っていたのだが、技術革新の波は想像を超える速さで文筆や出版の世界を一変させた。
それでも私の場合はパソコンを買ってキーボードの打ちかたを覚え、メールで原稿を送信できればそれでよいが、同年代のカメラマンの嘆きは大きかった。
高価な機材を買い替えるだけでも大変な出費だし、それまでは撮影が終わったフィルムをラボに預ければ仕事は終わりだったのに、こんどは撮った写真を全部自分でチェックして整理しなければならない。その上画像処理の技術まで身につける必要が出てきたとあっては、老眼に悩まされる団塊世代カメラマンには辛い時代が到来した。
しかし、歳をとってから時代に適応するのは大変といっても、長生きをしてよかったと思えることも少なくない。
原稿を書いていて、どうしても調べたい事柄が出てくることがある。そういうとき昔は、手もとにある本や資料を洗いざらい探しても答が見つからないと、わざわざ東京まで行って図書館や古本屋を歩きまわったものだ。それがいまは座ったままクリックひとつで画面上に答が出てくる。
もちろんネット上の記述がどれだけ信用できるかは別にして、いながらにして外国の情報まで手に入るのは本当にありがたい。
インターネットの普及は文筆家をラクにしただけでなく、田舎暮らしのスタイルそのものを根本的に変えたといっていいだろう。
山の中の一軒家でも、そこまでトラックが走れる道路が続いている限り、インターネットで注文した本や魚や洋服が届くのだ。
大都会で暮らしている人も本や魚や洋服をネットで注文するのだから、消費生活のレベルにおいて都会と田舎の格差はなくなったといえるのではないか。
もちろん世代的な事情もあって当面は買い物弱者などの問題は残るが、それにも急速に対応がなされていくだろう。少なくともこれから田舎暮らしをしようと考えている人にとって、情報の欠如とか生活の不便とかいう旧来のハードルは大幅に緩和された。
かつてはよほどの変人でもない限り田舎暮らしはできないように思われていた時代もあったが、いまは、都会に住むごくふつうの人が、ライフスタイルはそのままに、周囲の環境だけを変えることができるようになったのである。
(エッセイスト)
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