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「インバウンドで観光立国」には落とし穴が:星野佳路

ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ) 2016年05月04日 引用編集

  今回は星野リゾートの星野佳路(よしはる)代表に伸び続ける訪日外国人需要に沸く日本の観光業界の現状と見通し、そして海外にも進出を果たした星野リゾートの成功の秘訣などについてお話を聞きました。(西山誠慈 編集長)

―記録的な訪日客数により、いわゆるインバウンド消費の恩恵を受けている国内観光業は安泰なのか

 インバウンドが増えたと言っても日本の観光消費額の10%にやっとなって、それが15%になろうかというところ。国の(インバウンド)目標を達成してもそれが20%を超えるかという程度。
つまり7割か8割は日本人による国内観光消費。そこが問題。2013年から14年にかけて象徴的な出来事があった。
インバウンドは1.7兆円から2.2兆円に伸びたが、20兆円近くあった国内市場が落ちて、トータルの旅行消費額は落ちた。

 しかし東京にいると実感がない。なぜか。
東京でのインバウンドは伸びている。しかし地方にはまだインバウンドは来ておらず、国内需要だけ。
だから地方にいると観光は全然成長していないではないかと感じる。一方で東京、大阪、京都の人たちはインバウンドで観光立国に近づいているのではないかと感じている。

 15年は国内需要も若干伸びて、インバウンドも伸びた。今後も両方伸びることはあるが、どんなにインバウンドが伸びても、もともとの分母が小さいので分母の大きい国内市場がちょっとくしゃみをするだけで、必死に伸ばしてきたインバウンドの分を吹き飛ばしてしまう。インバウンドと同じように国内需要にも目標を置いて、国内需要の維持をやっていかないといけない。

―日本は今後も人口が減少していくが、国内需要の縮小もその結果なのか

 国内需要が落ちているのは人口減少ではなく、今のところは参加率の低下による。特に20代の若者が1年に国内旅行をする回数が落ちている。参加率はこの10年で60%から50%に落ちた。今は半分の人しか年に1回以上観光旅行をしない。つまり半分の人は全くしない。

 だからシニア割引でなく、「若者割引」と言っている。JRも美術館などもシニア割引はあるが本当に割り引かなくてはいけないのは若者だ。
なぜなら若者はこれから結婚し、子どもが生まれ、家族旅行をしてくれて、旅行産業を何十年も維持してくれる。この人たちが「旅行って楽しい」と思い、旅行習慣を持ってくれないと市場は縮小してしまう。もうちょっと政府も「国内需要を維持します」「特に若者旅を増やします」という具体的な政策を出し、それにマスコミも注目し、「インバウンドは伸びたが、国内需要は対目標でどうだったのか」と質問してくれるとよいのだが。

―政府が関わることではないとの見方もあるが、業界の「若者割引」への反応はどうか

 業界の賛同はまだまだ。政府がお金を出して割り引くということではないが、政府が働きかけることはできると思う。例えば業界に投げかけたり、若者割引をする観光地を観光庁が積極的にPRしたりするなどサポートすることはできる。そういうところにもっとエネルギーやコストをかけて欲しい。

7月の開業に向けて建設中の​星のや東京 ENLARGE

 昨年の春、シールさえ貼れば小さなタトゥーは温泉でもOKにしますと言ったら、日本のお客様からたくさん電話が掛かってきた。怒ってらっしゃる人、これで娘と一緒に温泉に行けるという人、同業他社からは風穴を開けてくれたとの声もあった。すると観光庁が実態調査に乗り出して、ガイドラインを出してくれた。あれも民間側から解決しなくてはならない問題だと踏み切り、観光庁がガイドラインを出してくれて我々もやり易くなった。

 若者割引も業界全体の動きとなるとインパクトはある。3世代旅行でスポンサーは祖父母世代。そこを割り引く意味はないのではないか。割り引くなら長い間旅行をしてくれる若者だ。

―タトゥー用のシール導入のきっかけは

 ニュージーランドのロトルア市という温泉で有名な場所があるが、そこの市長が日本の温泉地に視察に来られた。ロトルア市の人口の3割はマオリ族で市長のご主人もマオリの人。夫婦で日本の温泉地に来たら温泉に入れなかったと言われたのを聞き、「これはまずいな」と思った。わざわざ飛行機に乗って日本に来て、まさか民族的なことで温泉に入れてもらえないなどとは知らない。何か解決策を考えないとこれからのインバウンド時代に良くないと感じた。

 また、現場に確認すると小さなデザインタトゥーをつけている日本の若い人が「小さいからいいだろう」と温泉に入っている。それを見た年配の方が「なぜ入っているのか」とホテルにクレームを出す。これは何か折り合いをつけないといけない。若者の旅行参加率が落ちている中で若者に一切入れませんよとも言えない。その二つがきっかけだった。

 入れ墨が反社会勢力の象徴だったことから温泉にはダメだとなった。それがすり替わって入れ墨がダメになってしまった。(星野リゾートの温泉旅館)「界」で試験導入してきたが、箱根ではシールを2枚渡している。1枚が8センチx10 センチだから80平方センチ。2枚で160平方センチになった。だから「160平方センチからの温泉文化変革」と呼んでいる。

―インバウンドに戻るが、現状はバブルなのか

 (現状のレベルからの)修正は必ず入る。インバウンドが増えているのは円安とテロを含めた地政学的な要因があり、増え方にゲタを履いている。そこの部分はなくなると思ったほうがいい。

 今はたまたま日本に色んな風が吹いて、恵まれている環境だ。これが永遠に続くと錯覚するのは危険。今こそ本当の実力を磨くことにお金やエネルギーを使わなくてはいけない。しかし日本の観光の歴史を見ると単にブームを作ってきた。例えば、「団体旅行」「修学旅行」「スキー旅行」「海外旅行」とブームで終わらせてしまった歴史がある。

 スキーが典型。当時あれだけ増えたのは学生が夜行バスに乗って行っていたから。(業界としては)「学生でお金ないからこの程度のサービスでいいだろう」という対応だった。その後、学生は社会人になり、結婚して子どもが生まれ、さあスキー場に行こうかと思ったが、子連れであんなきつい旅行はできないと。学生の時の経験がトラウマで残っている。

 今回も「インバウンド・ブーム」で終わらないか。今来ている海外の人たちが「日本にはまた来たい」と思って帰っているのか。(観光業界が)「安い中国の団体だからこの程度のサービスでいい」としていないか。そういうことが将来の本当の実力につながっていくと思う。

 具体的にはハードの投資が圧倒的に足りない。中国の人も世界中に行っているので日本の地方は見劣りする。
建物が古い、設備が古い
バブル時代のものをだましだまし使っている。今こそ地方で設備投資をしないといけない。それには収益。だから休日分散化。それによって稼げる日を増やす。収益が高まると設備投資に踏み切れる。そうすると日本の本当の実力が高まり、よい循環になる。

―休日分散化への反応はどうなのか

 休日分散化は2004年に言い出した。具体的には大型連休の地域別分散化だ。1週間ごとに日本を5ブロックに分けて交代で1週間休もうと。言い出したときの反応は悪かったが良くなってきている。自分のツイッターなどを見ているとゴールデンウィーク(GW)中に「早くやってくれ」との声が多い。まるで渋滞の中からツイートしているのではないかという印象だ。

―地域別にすると例えば遠方の祖父母らと一緒に旅行できないとの指摘もあるが

 GWまで祖父母と一緒に旅行する人がどの程度いるのか。土日を分散しようとしているのではない。正月は家族・親戚が集まり、お盆は宗教的な色彩があるが、導入するのはGWとシルバーウィークだけ。もともと無理やり連休を作って、休日を使ってレジャーに費やしてほしいと出来たもの。本来の趣旨からしても旅行やレジャーにあてて、混雑がないように分散するべきだ。

 九州の子どもたちはディズニーランドに行った比率が低いという結果がある。GWに行こうとしてもホテルは満室、園内の待ち時間は長い。そして値段が高いからだと。分散化を試験導入してもらえればメリットを享受して、その良さが分かるはずだ。フランスやドイツではすでにやっている。

―リニア中央新幹線計画にはあまり賛成されていないようだが

 海外の人に聞くと新幹線が遅いという人はいない。新幹線は正確で早いと驚く。不満は何かと聞くと、値段が高いと。リニアは不満のないスピードを早くして、不満のある価格を上げる。ニーズのヒアリングと逆行する政策を取っている。もう少しお金を払っても一層早くして欲しいというのが関西空港から大阪・京都へのアクセス。関空と大阪・京都にリニアを走らせるほうが、何十年も掛かって東海道にリニアを走らせるよりよほどいいと思う。

―星野リゾートは海外を含め30以上の施設を運営するまでになったが、成功の秘訣は何か

 親から継いだ時に将来の目標設定を大きくしたことが大きかった。留学していたのでクラスメートから見て「さすが」と思われる日本のホテル会社を作りたいと当初から目標設定をした。目標があることによって取るべきリスクと行ってはいけない事業が分かりやすくなる。


​2016年開業予定の​星​のやバリの運河プール

 父がやっていた旅館はかっこ悪いと思っていた。酔っ払いがいっぱいいるし、部屋はハワイのホテルの方がかっこいいし。アメリカに行く段階では継いだら早く潰そうと思っていた。ところが向こうで大学に2年間行き、日系ホテルで3年間働いた結果、やはり西洋のホテルを日本で作っても、結局は真似事に見えると思った。もう一度日本のホテル会社が世界を目指していく時に、真似事ではないと思われる形で行かないと勝てない。

 コーネル大にいる間によくあったが、例えば日本人がフォーマルな式典にスーツを着ることさえ、同級生は「日本は1000年の文化があるのになぜイギリス人の制服を着ているのか」と指摘する。それは日本に対する期待。つまり、日本の会社が運営するホテルというだけで彼らが期待することがある。エギゾチックなんじゃないか。おもてなしというすごい世界があるのではないかと。だから日本に帰って、すごくかっこ悪いものをすごくかっこよくする以外に先はないと思った。だから「星のや」(旅館)になった。軽井沢は西洋のホテルの町だが、どうしても日本的でないと先がないと。それで「星のや」のようなかたちになった。和を中心にしていこうというのが発想だった。

―コーネル大の同級生は今も同業に多いだろうが、彼らとの関係は

 同級生だけにはバカにされない日本の宿をと思って作ってきたので自信はある。いつも何か企画していて最後に思うのは、「あいつらが見てどう思うか」。バカにだけはされたくない。その気持ちがずっと強かった。


インタビューを終えて

 星野リゾートの成長に加え、日本の観光業に対する提言でも注目されてきた星野氏だが、その原動力は大学時代を含めた米国での経験だと感じた。同じく海外で暮らしたことがある者として共感できるのが、海外に行って初めて日本の良さに気付くこと。日本のホテル会社が海外で通用するためにはまず継いだ「すごくかっこ悪い」日本旅館を「すごくかっこよくする以外に先はないと思った」という言葉はその象徴に感じられた。


星野佳路

1960年、長野県軽井沢町生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院で修士課程修了。1991年、星野温泉(現在の星野リゾート)社長に就任。所有と運営を一体とする日本の観光産業で運営特化戦略をとり、経営難に陥った施設の再建で注目される一方、星野温泉旅館を改築し、2005年「星のや軽井沢」を開業。現在運営する施設は国内外35カ所に及び、今年「星のや東京」「星のやバリ」の開業を予定。

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西山誠慈

2011年よりWSJ東京支局にて経済政策報道の編集責任者を務め、アベノミクス発表当初から日本銀行による大胆な金融緩和政策などについて報道を行ってきた。2014年には、プロを目指す高校球児を1年にわたって取材した長編記事を執筆。2014年12月より現職。WSJ入社以前は18年間ロイター通信社にて金融市場、経済政策、政治、外交など幅広い分野を担当。1993年早稲田大学政治経済学部卒業。ニューヨーク出身。

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