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なぜ欧州の観光客は日本よりタイを選ぶのか:デービッド・アトキンソン

なぜ欧州の観光客は日本よりタイを選ぶのか
アトキンソン氏「距離より深刻な問題がある」


デービッド・アトキンソン :小西美術工藝社社長

2016年05月20日東洋経済、引用編集



「日本を訪れる欧州の観光客は、日本の潜在能力と比べて驚くほど少ない」
たとえば、ドイツからの訪日観光客数は年間約16万人。
それに対し、タイへは年間約72万人のドイツ人が訪れている。
ここには「欧州は遠すぎる」などという理由ではなく、日本の「受け身」の観光戦略が影響しているという。
今後日本が取るべき「攻め」の戦略を、書籍『新・観光立国論』や、その続編『国宝消滅』などで日本の観光政策に関する提言を続けているイギリス人アナリスト、デービッド・アトキンソン氏が解説する。
日本に必要な新しい観光PRとは

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ベストセラー『新・観光立国論』に続く、観光立国の必読書! 国宝をはじめとした文化財が陥っている「窮地」を明らかにするとき、日本経済再生の道が見えてくる。規格外の知的興奮!
日本政府が掲げる「2020年に訪日外国人観光客4000万人」という目標を確実に達成するためには、従来の考え方を変える必要があるということを、全国の講演会などでお話しさせていただいております。

そう聞くと、これまでの観光PR、マーケティングを否定しているような印象を受けるかもしれませんが、そうではありません。
ただ、より戦略的でデータサイエンスに基づいたマーケティングが必要となってくるということを申し上げたいのです。

たとえば、自治体の観光PRを例にあげましょう。
県知事や観光の担当者が中国や韓国を訪れて、地域の魅力を伝えているという話をよく聞きます。
先月も和歌山県の仁坂吉伸知事が、インドネシアと香港を訪問した際に、現地で観光誘致に尽力されたという報道がありました。

これはこれで非常に有効なPRであり、ぜひ他の自治体も力を入れていただきたいと思うのですが、さらに戦略的な視点が必要になってくると思います。



たとえば、自治体の観光PRは、すでにそれなりに観光客がやって来てくれている国に対して行われることが多いのですが、日本へあまり観光客が来ていない国へのPRやマーケティングに力に入れることも考えなくてはいけません。
受け身な考え方から、より攻めの考え方へと転換する時期になっているのです。

先日も、熊野古道の話を聞いて驚きました。
熊野古道の参詣道は2004年に世界遺産に認定されており、伊勢神宮とともに日本を代表する観光スポットです。
しかし、ホームページは、英語・フランス語・中国語・韓国語に対応しているものの、なぜかドイツ語がないのです
ドイツの人口は欧州の先進国の中で最も多いので、本来は対応しなければならないはずです。

「なぜドイツ語に対応しないのですか」と質問したら、「ドイツ人はあまり来ないから」という答えが返ってきました。
ドイツからの観光客が少ないならしょうがないと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、案内の言語対応がなされていないから、あまり訪れないと考えることもできます。
そこで思うのは、これまでの日本の観光PRは「受け身」の考え方が強いのではないかということです。

では、「受け身」から「攻め」に発想を切り替えるためにはどうすべきか。そこで重要になってくるのが、データです。

これまでいろいろなところで説明させていただいていますが、「観光立国」に必要不可欠なのは「多様性」です。

特定の国から膨大な観光客が訪れるだけでは、それらの国の景気や情勢に観光産業が左右されてしまい、安定的な成長が望めません。
つまり、できるかぎりさまざまな国から来ていただくという「国籍の多様性」も極めて重要になってくるのです。


「来日潜在市場」に注目せよ!

4000万人という外国人観光客を迎え入れようと考えたとき、まずはこの世界でいったいどのエリアから多くの観光客が送り出されているかを把握する必要があります。

国連の数字によると、2014年の国際観光客は11億3300万人。そのなかで最も割合が高いのは、実は欧州発の観光客で5億7500万人(約51%)、その次にアジアの2億6790万人(約24%)、南北アメリカの1億8920万人(約17%)と続きます。

ここで、これらのすべてが「日本にやってくる可能性のある観光客」ではないことに注意が必要です。
皆さんもそうだと思いますが、観光客はより近い観光地に行く傾向があります。
データによりますと、観光客の約8割は地域内観光、要するに近隣諸国を観光する人々です。

各地域の観光客数と地域内観光をする人の比率がわかりましたので、日本にやってくる可能性のある観光客の総数=「来日潜在市場」が計算できます。
欧州から地域外へ観光するのは、5億7500万人×20%=約1億1500万人、南北アメリカからは2億6790万人×20%=3784万人。
一方、アジアは同じ地域ですので、2億6790万人×80%=2億1432万人。これが、日本の「来日潜在市場」となります。





UNWTO(2014年)、JNTO(2015年)のデータを元に筆者作成。UNWTOの「アジア」はオーストラリアなどを含む

これを構成比で置き換えると、欧州からが29.7%、南北アメリカからで9.8%。そしてアジアからは55.3%となります。
この推計は、米国政府等のデータにある、遠方からの観光客は全体の45%という傾向と一致しています。

これを今の日本の外国人観光客の割合と比較すれば、それぞれのエリアから均等に来ているのか、あるいは偏っているのかということがわかります。

ただ、ここでひとつ問題があります。世界の市場規模はまだ2014年のデータしか出ていません。一方、日本のインバウンドが飛躍的に伸びたのは2015年ですので、2014年の訪日客数を使って比較してもしょうがありません。つまり、アナリストとしては非常に不本意ではあるのですが、2014年の世界市場のデータを、2015年の訪日外国人観光客の分析に用いているのです。

しかし、このような比較をしないことには、急速に成長している日本のインバウンドの実態と、そこに潜む課題が見えてきません。過去の国連データを見ても、1年でそこまで大きな変化は起きないと思いますので、異なる年のデータを分析に用いることをご理解ください。



欧州からの観光客には、巨大な開拓余地がある!

では、国連のデータと日本のインバウンドを比較してみると、どのような事実が浮かび上がるのでしょうか。

結論から先に申し上げると、「欧州からの観光客開拓に極めて大きなチャンスがある」ということが顕著になっています。


(UNWTO(2014年)、JNTO(2015年)のデータを元に筆者作成。UNWTOの「アジア」はオーストラリアなどを含む)

2015年の訪日観光客はアジアが86.5%を占めており、来日潜在市場の構成比である55.3%と比較しても際立って高くなっています。
それは、中国などのアジアからの観光客が多すぎるということなのか、他地域が少なすぎるということですので、潜在能力と比較してみる必要があります。

アジアからの来日潜在市場は2億1432万人なのに対し、実際にはその8.0%の1707万人しか来日していません。これは、まだまだ伸ばしていく余地がある数字です。

ということは、アジアは多すぎではないということなので、他の地域が少なすぎるという結論が導き出されます。
つまり、アジア以外の地域の実績を伸ばしていかなければいけないということです。

アジアの次に多くの人が訪れているのは、南北アメリカからで138万人(7.0%)となっています。
これは来日潜在市場の構成比である9.8%と比較しても、そこそこの実績といえましょう。
これはやはり、北米と日本の長年の関係で、観光客誘致にも力を入れてきた成果だと思われます。

そして、問題が欧州からの観光客です。
世界の国際観光客の50.8%、来日潜在市場の比率でみても29.7%という潜在能力があるにもかかわらず、現実に日本を訪れているのは124万5000人足らずで、全体の約6.3%に過ぎません。これは「欧州は日本から遠く離れている」という距離の問題では片付けられないほどの少なさです。

つまり、今の日本のインバウンドは、アジア、アメリカからの観光客と比較して、欧州からの観光客が際立って少ないという現実があるのです。



ただ、これを悲観的に受け取って欲しくないのです。拙著『新・観光立国論』でも繰り返し述べさせていただきましたが、「観光客が来ていない」ということは、裏を返せばそれだけ大きな「伸びしろ」があるということです。2020年にむけて4000万人の訪日外国人観光客を獲得しようとしていくなかで、欧州市場には大きなチャンスがあると考えるべきなのです。



欧州の「チャンス」を分析する

では、このチャンスについてもっと細かく見ていきましょう。


JNTO(2015年)のデータを元に筆者作成。人口は直近のデータを用いた

国別に見ていくと、各国の人口と訪日観光客数の比率には大きなばらつきがあります。
英国、スウェーデン、スイスなどは人口の0.4%以上が訪日していますが、欧州先進国最大の人口を誇るドイツからはわずか0.2%です。
ドイツ人だけが日本の観光資源に魅力を感じないという事実はないと思います。
実際、アジアにはよく訪れており、2014年にタイを訪れたドイツ人観光客は年間約72万人もいるのです(日本へは16万2580人)。

これは、日本が対ドイツ戦略を強化すべき時期を迎えているということを意味します。
ドイツ語対応を積極的に行い、ドイツからの観光客を迎え入れる意味は大きいと思います。

欧州全体の人口に占める訪日観光客の比率は0.21%。
1人当たりGDPが低く、人口が非常に多いロシアとポーランドを除けば0.31%とやや上がりますが、欧州全体の人口に占める欧州からの訪日潜在市場である1億1500万人の比率は約2%。
つまり、本来は欧州の人口の2%程度が日本を訪れるポテンシャルがあるのです。そのような意味では、日本が観光立国を目指していくうえで、欧州にはまだまだ多くの「宝の山」が眠っていると考えるべきではないでしょうか。

現在の訪日外国人観光客数は、全世界の国際観光客数の1.7%に過ぎません。これは、訪日潜在市場の5.1%にあたります。2020年の目標である訪日外国人観光客4000万人を達成するためには、今の世界の国際観光客の3.5%、訪日潜在市場の10.3%に来てもらう必要があります。つまり、日本が目標を達成するには、市場規模が成長しないなら、今の2倍にシェアを拡大していかなければいけないのです。

そのためには従来のやり方だけでは不十分だということは、容易に想像できるでしょう。
桜、すし、富士山、芸者、という古くからの「ジャパン」のイメージだけではなく、
    スキージャパン、ビーチジャパン、ウォークジャパン、食べるジャパンなど、これまでにはない多様性に富んだ観光資源を広くPRしていく必要があります。

そしてドイツのように、本来であればもっと日本に来ていてもおかしくない国をあぶりだし、自治体と民間がうまく連携しながら、観光PRやマーケティングを行う。

そのためには、これまでのように「桜、富士山、芸者」という紋切り型の情報発信ではなく、各国の文化や観光客の嗜好に合わせ、カスタマイズした施策が必要です。

そのような賢く、きめ細かいマーケティングを実施していけば、日本のポテンシャルを考えると、4000万人は2020年以前に軽々と実現できるはずです。


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