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聖徳太子:日本社会の徳目は「和」

聖徳太子(574ー622)は、「和」がなによりも大事なことを知っていました。
それゆえ 「和をもって尊しとなす」を十七条憲法の第1条におきました。
和とは、古代から現代に至るまで、日本人にとって一番大切な徳目です。
和は儒教の重要徳目である「仁・義・礼・智・信」のなかに入っていません。

このことは、和は儒教精神とはかかわりのないことを示し、日本が儒教国でないことを意味します。
聖徳太子の十七条憲法は、「和」「仏教」「天皇」からなっていますが、太子は仏教よりも、天皇よりも「和」を先に置きました。
十七条憲法は、公務員の心構えを示したものです。

日本のまた世界の社会が、企業が、地域が、家庭がこわれてしまったのは、和がなくなったからです。
パワーに物を言わせて、世界に「自由」「民主主義」を、また「市場原理主義」を押しつける時代は終わらねばなりません。
日本人は、1対1では外国人にかなわなくとも、5対5でしたら、圧倒します。
和の力です。

日本人の強みは、組織の構成員として、一種の『家族意識』を有することにある」 と経営学の神様ドラッカーも言っています。

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江戸時代が見直されています。

江戸時代には、地方分権が確立し、「地産地消」が当たり前でした。

幕府は企業のいいなりになったりしませんでした。
(経団連という不可思議な組織もありませんでした。)

エコ社会でした。
使える物は使い尽くす循環型社会でした。

武士も貧しく、大名も土地をもたない平等社会でした。

労働時間は4時間ほどでした。

「安心」「安全」「平等」そしてなによりも「和」のためには、「ゆっくり、ゆったり」社会が必要です。
というのは、しあわせは物ではなく心にあるからです。

明治以降の政府はみずからを正しくみせるために、江戸を悪く言い続けています。
江戸時代を見直すときです。