人類史から見通す近未来(時論) ジャレド・ダイアモンド氏
作家・地理学者
2017/11/28付 nkを編集
【3,500字】
アジア、とりわけ中国が存在感を増す中で、世界の経済や政治、社会はどう変わっていくのか。日本に求められる役割はどう変化するか。文明や民族の攻防、勢力の逆転現象などを数百万年の時間軸で俯瞰(ふかん)した『銃・病原菌・鉄』(
書評)「昨日までの世界」の著者で地理学者のジャレド・ダイアモンド氏に、人類史から見た西洋と東洋の「近未来」について聞いた。
■独裁中国 米に追いつけず
――数百万年という時間の流れの中から人類史を見つめた著作が多いです。その前提で言えば
「現在」とはどんな時代でしょう。
「語りだしたら、7時間は要するテーマだ。1つだけ言うなら、
技術の進歩が急速で、それが国家の発展をも速めている特徴がある。一方で、政治や経済、環境面で問題が急速に増えたり、広がったりしていて、人間社会にとっては致命的な結果をもたらす懸念も膨らんでいる。このペースで問題が拡大していったとしたら、今後30年以内に我々の未来が生きる価値があるものかどうかの決着がつくだろう」
「重要なのは、過去の社会から学ぶことが多いということだ。
人類は600万年の歴史を持ち、金属、文字などの現代的特徴を持ち得たのはわずか1万1千年前のことだ。経験や英知は『昨日までの世界』の方が豊富な蓄積がある。高度な技術を使わなくても問題が解決できた時代の方が圧倒的に長かったわけだ」
――アジア、とりわけ中国の存在感が急激に強まっています。人類史的にはどんなことが言えますか。
「最近の中国は強力で、中央集権的で、意思決定能力が高く見える。これに対し、米国は意思決定に際して裁判や議会というプロセスも入るため、迅速さに欠ける場面が増えてきた。だから我々米国人は偏執狂的というか、中国を過剰に恐れる傾向を強めている」
「中国の経済が急激に拡大しているのは事実だ。だが理由の多くは少し前までの中国が貧しい国であり、豊かな国より速いスピードで経済力を拡大できる点だ。インドも似ている。もしかしたらインドは中国よりも貧しいところから発展が始まった」
――15、16世紀ごろは経済的な豊かさという点で中国と欧州が同水準にあったとの指摘もあります。欧米と中国は再び肩を並べる、ということでしょうか。
「豊かさの尺度によるが
中国と欧州は1400年代の方が経済的に同等に近かったのは事実だ。その後、欧州は中国の先を行った。その理由を私は自著『銃・病原菌・鉄』のエピローグで考察している。歴史家の間ではまだ未解明の問題で、今も異なる解釈がある。だが、私は地理学者だ。地図で中国を見ていたらわかる。
中国の沿岸部は滑らかな線になっているが、欧州の地形は半島が多い。だから、
イタリア、スペイン、ギリシャの各半島は、異なる言語を持つ、異なる国家になった。異なる『実験』が進んだのだ」
「また
欧州には大きな河川が多い。それらはアルプス山脈から流れ、
ライン川やローヌ川、ポー川、ドナウ川が異なる社会を持つ国家を生んだ。一方、中国には主要な河川が
(長江と黄河の)2つしかなく、2千年以上前に運河でつながった。結果として、
欧州は政治的に断片化していき、中国は紀元前221年に政治的に統合された」
「統一は強みだ、と考える人が多いだろう。しかし弱みにもなった。
強みは1人の指導者の下で大きな事業が実現し、経済が飛躍することだが、一方で指導者に問題があった場合には、国全体が危機にさらされやすかった」
「
中国について言えば、15世紀には技術的にも欧州と同水準にあり、1430年代には世界最大の艦隊と大きな船舶を持っていた。中国の船舶は東南アジアや中東を超え、アフリカに到達した。アフリカの後は欧州を征服しようとするかに見えたが、結局、そうはならなかった」
「理由は中国で『統一の弱み』が表れたからだった。最高位に就いた
皇帝が、艦隊は金の無駄遣いだとの決定をした。(【※】鄭和の南海遠征の中止)。実際、艦隊は莫大な出費を伴う。欧州でも金の無駄だと言い切った国王がいたが、有用な出費だと考えた国王もいた。コロンブスは後者だったスペイン国王の支援を得て大西洋を渡った。彼の3隻の船は中国の船舶に比べると半分くらいの小さなものだったが、
新世界を発見したのは欧州だった」
――中国は「一帯一路」政策を進めて、欧州に延びる一大経済圏を創る構えです。中国と米欧、あるいは東洋と西洋の力関係の今後をどう見ますか。
「
中国はさらに強大になるだろう。だが、米国のような軍事的、経済的、政治的権力を獲得する見込みがあるかというと、そうは思わない。基本的な問題が立ちはだかるからだ。
彼らは歴史上、一度も民主主義を経験していない。それは中国にとって致命的だ。一党独裁による政治は意思決定のスピードが速い。だが、
多数の意見を戦わせる機会が少なく、民主主義国家のように新しいことを試すことが難しい。総合力で米国に追いつく可能性は、私にはあるとは思えない」
■日本、危機克服に多様性
――日本の今後の役割とは何でしょう。
「とても興味がある問題だ。私が今、執筆中の本は過去に起こった、あるいは今起きている、国家の政治危機に関するものだ。日本は過去に危機を迎えた。例えば1853年のペリー来航以降、
日本は中国のように西洋に圧倒される危険性があったが、
迅速かつ選択的な変革をして、経済的、政治的、軍事的に国家を強固にした顕著な例になった。1800年代の危機を乗り越えたのだ」
「だが現在の日本は問題を抱える。第1に政府債務の問題だ。日本の国内総生産(GDP)と比べた国債発行規模の大きさは際立っている。【【※】
日本の国家財政は健全。森永卓郎】2つ目は出生率の低下だ。日本は世界で最も高齢化が進み、若年労働人口に対する高齢者人口の比率が最も高い。一方で、日本の女性の役割は非常に限定的だ。今回日本に来て企業の会合に出たが、出会った人の95%は男性だった。これは米国では考えられない。女性の活用が進んでいない懸念がある。移民を受け入れない姿勢を打ち出している以上、それ以外のところでダイバーシティー(多様性)のモデルとなるケースを示す必要が日本にはある。私は日本の危機克服に、非常に興味がある」
「もう1つ感じるのは国際的資源の持続可能な使用に関する問題で、指導力を発揮していない点だ。日本は資源輸入に依存しており、漁業や林業などの分野の外国資源の持続可能な管理体制づくりに強い関心を示すことを期待されている。ところが現実的には期待に応えられていない。例えば寿司だ。日本人はマグロが大好きだが、最も上質なマグロは地中海産のクロマグロだ。日本は地中海産クロマグロの保存に高い関心を払うべき国だと期待されるはずだが、実際は保存に対する大きな『障害』になっている懸念がある」
「最後に、中国、韓国との関係だ。3カ国は今も良好な関係にあるとは言えない。解決策が真剣に議論されているわけでもない。こうした問題はどこか他の国が解決してくれるものではない。日本が自らの手で解決する機会を常に見つけていかなければならない」
――インターネットなどテクノロジーの発達をどうみていますか。
「私に答える資格があるかどうかは疑問だが、強いて言えば、技術には大きな利益をもたらすものもあるということだ。例えば、
太陽光発電だ。より効率的にエネルギーを生産できるのなら、原子力や化石燃料に頼らなくてよくなる」
「技術も問題解決の一助にすぎないと思う。問題は我々の振る舞いだ。私たちがエネルギー消費削減の努力をすれば、直ちに多くの問題を解決することができる。日本というより、エネルギーの無駄遣いが多い米国の同胞に向かってよく言っていることなのだが」
■〈聞き手から〉「一帯一路」歴史的大転換に
ジャレド・ダイアモンド氏が指摘する15世紀の中国の遠征中止とは、海禁政策や朝貢貿易にカジを切った明の洪武帝以降の時代を指しているようだ。明代には鄭和という宦官(かんがん)出身の武将が艦隊を率い、東南アジアやアフリカまで遠征した時期もあった。ところが1434年に鄭和が死去すると、その後は遠征が止まってしまう。
歴史家の間では、
当時の王朝の決断が欧州との明暗を分ける節目になったとの指摘が多い。大航海時代を経た
欧州は新世界から大量の銀などを獲得し、商業や金融業を発展させていく。一方の中国は自国の貿易船ネットワークを実質的に放棄し、
朝貢貿易の相手国の船にヒト、モノ、カネの移動を依存していった。物流の大動脈をあっさりと明け渡してしまったのだ。
理由は「
当時の中国が欧州と比べても豊かで、わざわざ外に出かけていく必要がなかったからだ」と物流の歴史に詳しい京都産業大の玉木俊明教授は話す。一方、欧州は地理的、気候的な問題などから、中国よりも食料や資源が少なく、「必然的に大西洋を渡って、新世界の発見に向かわざるを得ない状況にあった」という。
現代中国の新経済圏構想「一帯一路」(One Belt, One Road, OBOR、Yídài yílù)はそうした意味で歴史的大転換と言える一大イベントだろう。今後の経済成長の根幹が物流ネットワークにあると考え、ユーラシア大陸全体のヒト、モノ、カネの中心に座ろうとの国家プロジェクトだ。日本の経済界にとっても見逃せない節目が迫っている可能性がある。
(本社コメンテーター 中山淳史)
■「欧州人の優位性」に反論
Jared Diamond 「銃・病原菌・鉄」「文明崩壊」など日本語に訳された著作は数多い。生物学や生理学の学位を取る一方で、進化論や地理学の研究も進め、ニューギニアなどでフィールドワークを始めた。ピュリツァー賞受賞の『銃・病原菌・鉄』はその成果。ニューギニア人との対話で得た
「なぜ欧州人がニューギニア人を征服し、逆はなかったか」という疑問から書かれた代表作は
「単なる地理的要因」という仮説を提示した。欧州人の優位性という人種差別的な偏見に反論を投げ掛け、世界的に反響を呼んだ。現在、米カリフォルニア大ロサンゼルス校教授。ボストン出身。80歳。今回は日立製作所のイベントに合わせて来日した。