島津斉彬(なりあきら)。西洋の技術を取り入れ、西郷隆盛や大久保利通をそだてた薩摩の開明藩主。7月16日没
島津斉彬(なりあきら)。西洋技術を取り入れ、西郷隆盛や大久保利通をそだてた 薩摩の 開明藩主。7月16日没 2026年7月21日 (火) 18時半~ 川越みがき のつどい @ホテル三光 森田 川越市長、笛木醤油社長 。板本勝雄(石川県 代表)。山岸博之(福井県 代表) 第2部は「暑気払い」 個人自由発表も NPO法人武蔵観研 スタッフ 一同 島津斉彬(なりあきら) ・1809年4月28日。江戸~1858年7月16日没。50歳 島津斉彬(なりあきら)は、幕末期の薩摩藩主です。 西郷隆盛や大久保利通をそだてます。 西洋文化を輸入し、 軍備拡張につとめます。 製錬所、反射炉、溶鉱炉工場をつくります。 島津斉彬(なりあきら)は、 薩摩を、 日本を変えようとします。 そのころ 1840年のアヘン戦争で 中国はイギリスに やぶれます 。 すると次に英国の植民地になるのは、 日本かもしれません。 まずは、 琉球、そして薩摩藩 のはずです。 ペリーは、 日米和親条約(1854年)締結前に、 4回も 薩摩藩に属した琉球をおとずれ 、 琉球の港、家屋、地質、鉱物の徹底調査をおこないます。 このころ アメリカは貿易、外交にも荒っぽく 、 中国をまずは アヘンの対象に します。 琉球を中継港にして、中国をイギリスから奪う予定 です。 鉄砲の伝来、キリスト教の布教といった日本と 西欧の出会いの舞台を演出したのは薩摩藩です。 薩摩の嗅覚がするどくなるのは当然です。 島津斉彬は、日の丸を考案します。 従来の和船では、旗がなくても 形からすぐ日本の船だとわかりました。 洋式船を建造することになり、日本の船であることを示す旗が必要になります。 1860年、日の丸が国旗に なります。 銃を発射するためには、アルコールが必要です。 焼酎のアルコールを使います。 しかし、従来の米焼酎では、コストがかかりすぎます。 斉彬は、芋で焼酎をつくるように命じます。 斉彬は、伝統工芸の 薩摩焼を輸出商品に...