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カルヴァン。フランスの宗教改革者。「労働」は罰ではなく、「天職」。ピューリタン(清教徒)

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カルヴァン。フランスの宗教改革者。「労働」は罰ではなく、「天職」。 ピューリタン(清教徒)    カルヴァン  ・1509年7月10日。フランス~1564年5月27日(54歳没)。スイス ジャン・カルヴァン(John Calvin )は、フランスの宗教改革者です。 宗教改革を、 フランスから逃れ、 スイスでおこないました。 正しい信仰は、 堕落した教会ではなく、 『聖書』だけにもとづく ものとしました。 ドイツの ルターの宗教改革を受けたものです。     ルターの宗教改革         ↓     カルヴァンの宗教改革 勤労を重んじました。 かつては、     「労働」は、神の罰 でした。 労働を、 カルヴァンは 「神から与えられた天職」 と しました。 この教えは、オランダ、イギリス、フランス、またアメリカの 商工業者に歓迎 されました。 のちのピューリタン(Puritan。 清教徒 )、プロテスタントです 。    資本主義が、堂々と発展するもとになりました。 【※】ウェーバー『プロ倫(ぷろりん)』=ロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 ・・・・・・・・・・・ Puritan:禁欲的な人。→   清教徒      purify    清める Protestant:プロテスタント←抗議する人            protest    抗議する 【ショート】 カルヴァン カルヴァン カルヴァン 【16分】カルヴァンの宗教改革についてご紹介!  【 アメリカ人の教会離れ 】 若年層において無神論者が増加している 「メリー・クリスマス」→ Happy holidays! ピューリタンは宗教原理主義に近く、貧困は自己責任であり、これが実質的な選民思想に繋がったのでしょう。 神から与えられた地=侵略の正当化 アメリカのマジョリティはWASPではなくヒスパニックになってる 一番多いのがプロテスタントじゃなくてカトリック ネットが教会の代わりに AIも台頭した現代に...

木戸孝允(きど たかよし)。維新の三傑。西郷、大久保らと倒幕を実現。5月26日没

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 木戸孝允(きど たかよし)。維新の三傑。西郷、大久保らと倒幕を実現。5月26日没 木戸 孝允(たかよし) ・1833年8月11日。山口県 萩市~1877年5月26日。45歳  木戸孝允(きど たかよし。こういん。 桂小五郎)は、西郷、大久保らと倒幕を実現しました。 維新の三傑 です。 西郷隆盛 大久保利通 木戸孝允 木戸孝允の 前名は 桂 小五郎 です。   1866年に薩長同盟を成立させて、倒幕 しました。 岩倉使節団では、副団長格でした。 明治新政府では、     五箇条の御誓文(ごかじょうのごせいもん)     版籍奉還(はんせきほうかん)     廃藩置県(はいはんちけん) で活躍しました。 【1分】【公式】木戸孝允の都々逸「うめとさくら」 【11分】木戸孝允の生涯  【ショート】   木戸孝允(きど たかよし) 木戸孝允(きど たかよし) 木戸孝允(きど たかよし) 木戸孝允(きど たかよし) 木戸孝允(きど たかよし) 木戸孝允(きど たかよし) 木戸孝允(きど たかよし)

西田幾多郎。日本の哲学を確立する。『善の研究』。 概説

西田幾多郎。日本の哲学を確立する。『善の研究』  【9m】【高校生のための倫理】西田幾多郎(日本思想) 純粋経験/主客未分    絶対無     【18m】日本一難しい哲学を日本一分かりやすく伝えます! 『善の研究』|西田幾多郎 「自己」の先に「自他」が    外への「知」から内の「愛」へ=「知即愛」  【4m 】【西田幾多郎(前期)】日本思想解説【純粋経験】【主客未分】        【11m】京都大学 西田幾多郎 無の哲人:禅の思想から日本哲学へ 純粋意識/主客未分離    透体脱落    場所の思想    無の場所    行為的直観    絶対矛盾的自己統一    『善の研究』       【1m】 石川県 西田幾多郎 記念哲学館   【7m】 哲学者・西田幾多郎「幻の本」発見   2022/07/29     ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ 西田幾多郎(にしだ きたろう)は、日本近代哲学の最大の巨人です。 西田幾多郎は、東洋的な直観を、西洋の論理で通じる形にすることをめざしました。 西田哲学の出発点は、「純粋経験」です。 私たちは、「私(主観)」が「花(客観)」を見ている、と世界を二つに分けてとらえています(主客二元論)。 西田幾多郎は、「分かれる前の、瞬間こそが本物だ」と考えました。 ベートーヴェンを聴いて、ハッとして心を打たれた瞬間があります。 この混じり気のないありのままの瞬間を「純粋経験(主客未分)」とよびます。 「私」と「ベートーヴェンの曲」に分かれてはいません。 この「私」と「ベートーヴェンの曲」が分かれる前の、 ありのままの経験が「純粋経験(主客未分)」 です。 スポーツ選手が「ゾーンに入る」状態も「純粋経験(主客未分)」です。 この「 純粋経験」は、さらにスケールアップし、「場所の論理」と いう壮大な考えに行き着きます。 分かりやすい例: リンゴが存在するためには、リンゴを置く「お...