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インドには1億7000万ものイスラム教徒が

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パキスタン、インド、バングラデシュ /src * 緑はイスラム教徒の動き、赤はヒンドゥー教徒 /src * 1947年インドとパキスタンが分離しました。 インド内のイスラム教徒はパキスタンへ大挙移動しました。 それでもいまだにインドには1億7000万以上ものイスラム教徒が残っています。 世界のイスラム人口  グラフ     インドネシアが1番、2番はパキスタン、3番はインドです。 * The population of India  →muslimを検索 ※ ヒンドゥー教徒は牛を食べません。 イスラム教徒は豚を食べません。 インドには、ケンタッキー・フライド・チキンが多く見られます。 * http://www.teara.govt.nz/en/map/1819/india-pakistan-and-bangladesh wp

佐々井秀嶺:インド新仏教運動の中心人物

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佐々井秀嶺  :wp 新仏教の創始者・アンベードカルがまいた種は、半世紀後の今日インドでは1億人の信者を擁するまでになりました。 いまこの新仏教運動は Shurei Sasai(佐々井秀嶺、アーリア・ナーガルジュナ Arya Nagarjuna、1935年- )によってひきつがれています。 佐々井秀嶺は、インド仏教復興運動の中心人物です。 ◇                    ◆                    ◇ (※)アーリヤ・ナーガールジュナ 「アーリヤ・ナーガールジュナ」(聖なる龍樹)の尊名は、ラジブ・ガンジー首相から贈られたものです。 佐々井秀嶺  【5:41】 佐々井秀嶺師に問う 山際素男、インドの下層階級の新しい動向

新仏教の創始者アンベードカル

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アンベードカル インドでは仏教は、いったん亡びました。 …。 しかし、今では、1億人の信者がいます。 インド人の10人にひとりが仏教信者となっています。 ヒンドゥー教は、カースト制度により人を差別します。 これに対して、ブッダは、血統、階級、民族にとらわれない普遍主義を主張しました。 これが都市部の新興の商工業者層に取り入れられました。 しかし、時代が下るにつれて、仏教もどんどんヒンドゥー教の影響を受けるようになりました。 そこに、強固なイスラム教が入ってきたため、ヒンドゥー化した仏教は、衰退の一途をたどりました。 最下層の不可触民として生まれたアンベードカル( Ambedkar、1891-1956) は、激しい差別に耐え、藩王からの奨学金を得て、米英に留学もしました。 不可触民のためには何もしないガンディーと対立しました。 ネルー内閣では、法務大臣をつとめ、憲法の起草にもつくしました。 弁護士として出発しましたが、同時に社会運動家、政治家、ジャーナリスト、教育者などの多彩な活動をとおして、反カースト、不可触民の地位向上に献身しました。 1956年、アンベードカルは30-50万人の不可触民とともに仏教に集団改宗し、新仏教運動をはじめました。 アンベードカルは、カースト制度をささえる業(ごう)の思想、輪廻(りんね)の思想を否定し、これこそがブッダの思想の核心だとしました。 しかし、これを、仏教界は異端の思想としました。 アンベードカルが死の直前にまいた種は、半世紀後の今日1億人の信者を擁するまでになりました。 いまこの新仏教運動は日本人の Shurei Sasai(佐々井秀嶺、しゅうれい)によってひきつがれています。 アンベードカル 【画像と物語】

ゴールデンテンプルはシク教の聖地

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シク教のゴールデンテンプルにて。2000/7 パンジャーブ地方 シク教は、16世紀にナーナクがはじめました。 ヒンズー教から派生しました。 イスラム教の影響も受けています。 インド西北のパンジャーブ地方が中心です。 シク教徒はインド人口の3%のみですが、カースト制のしばりがないので、各界で活躍しています。 インドのユダヤ人とよばれます。 シーク教徒は、髪を切らずターバンをまきます。 本山のゴールデンテンプルには、日本人でも無料で宿泊できます。 シク教徒は、イギリスとの独立戦争を果敢にたたかいました。

著名シク教徒

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マンモハン・シン首相     :WP シク教は戒律が少ないので、全世界で多くのシク教徒が活躍しています。 著名シク教徒 グル・ナーナク: シク教の創始者 マンモハン・シン: インドの首相 パーミンダ・ナーグラ: イギリスの女優 チャダ: インドの演歌歌手、音響機器会社の社長 タイガー・ジェット・シン: プロレスラー Famous Sikhs

インド料理の肉は魚かチキンかマトン

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KFCがおおいインド (※1) インドには菜食主義者(ベジタリアン、vegetarian)が多いため、カレーなどの煮込み料理は野菜が中心です。 煮込み料理には香り高いスパイスがうんと使います。 家庭では、いろいろなスパイスを調合して、家族の健康を保ち病気を治します。 煮込み料理の具の肉類には、チキンかマトンを使います。 ヒンドゥー教徒にはビーフはタブーであり、またポークをタブーとするイスラム教徒も日本の人口以上住んでいるので、両者のタブーの肉は使いません。 マックよりケンタッキーフライドチキンに人気があります。 (※1)http://india.chefhariom.com/delhi2/041.html

ターバン姿のシク教徒は先進的。イスラム教を取り入れたヒンドゥー教

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左上がパンジャブ州 ガイド役のジェットパイロット将校宅にて。2001年。(※1) シク教(Sikhism)は、イスラム教を取り入れたヒンドゥー教 の一派です。 西からのイスラム教の影響を受けた宗教です。 15世紀末に創設されました。 18世紀にはパンジャブ地方に独立王国を建設しました。 20世紀に入ると反英闘争を展開し、インド独立の重要な推進力となりました。 シーク教徒はヒゲや髪の毛を切らず、ターバンを頭に 巻き付けます。 髪は神から与えられた生命の一部であり、力の源泉であると信じているからです。 シーク教徒は1000万 余りで、インド人口12億の2%にも満たないのに特異な服装と社会的な活躍で、とくに首都デリーで非常に目に付きます。 シーク教は、カースト制を無視しているので、 新しい時代の新しい仕事に適応するのが早い です。 エリート階級にも登りました。 ジェットパイロットから自動車の運転手に至る 新しい旅行関係の職業にもカースト制度の制約がないので、目立って多いです。 シーク教徒は勇敢で進取の気性に富んでおり、団結心に富みます。 彼らにはシン(Singh=ライオン)という姓が多いです。 ※  シンガポールのシンはライオンの意味。 シンには、神のためにはなにものも恐れず、ライオンのように勇猛に戦うという意味合いがあるようです。 (※1)一人娘は、数学が好きです。  おみやげのミニ電卓は使わずじまいでした。 暗算ですましていました。 お父さんのパイロットも、ドライブの道中で、 何でも暗記し、あとでパソコンに再現してくれました。

インドは、中国へ与えたが、もらわなかった

中国の西方の民族は、中国文明に興味を示さなかったようです。 チベット、蒙古は漢字を見下し、取り入れませんでした。 インドも中国には与えこそすれ、影響はされなかったようです。 大きな文明は、人は入れても、システムは入れないようです。 インドは中国に哲学、仏教などを輸出しましたが、中国からは取り入れませんでした。 三蔵法師、孫悟空などがでてくる西遊記もラーマーヤナ物語の影響を受けてできたものです。 ハヌマンは孫悟空のモデルといわれます。 ラーマーヤナ物語のあらすじ ヨガは中国では、少林寺拳法に発展しました。 インドのスパイス料理は漢方に取り入れられたといわれています。 

ヒンドゥー教徒はイギリスへの対抗上、牛をさらに大切に

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http://goo.gl/gebKd インド人は、昔から牛を聖獣としていました。 供犠(くぎ)のため殺しもしたし、食べてもいました。 ◇                    ◇                    ◇ イギリスは、近代合理主義の旗のもと、インドの悪習と思われたヒンドゥー教の改革に乗り出しました。 これに対抗して、ヒンドゥー教徒は、     不殺生、     菜食主義、 の行動様式を全面に打ち出して対抗しました。 とくに、牛を殺さないこと、食べないことは、「牛食い人種」イギリス人を見下すシンボルとなりました。 これが、ヒンドゥー教徒が牛を殺さなくなり、さらに大切にするようになったいわれといわれています。 *キツネ、サルなどを神の使いとする日本人には、わかりやすい光景です。

インド人は外国に「牛肉を食べるな」と言わない。

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牛にとって道路は庭。コルカタにて。1997年 21世紀は国際協調の時代です。 相手の立場に立つ、寛容の精神が求められます。 ◇                    ◇                    ◇ ヒンドゥー教徒にとって牛は神聖な動物で、食しません。 だからといって、欧米に向かって 「牛肉を食べるな」 と声高に主張することはありません。 まして、クジラをとるな、食べるな、などと言いっこありません。 ヒンドゥー(Hindo)とは、インドのことです。 ヒンドゥー教とはインドの諸宗教ということで、多神教です。 多神教は、相手の神も認めます。 寛容です。 ◇                    ◇                    ◇ 日本の諸宗教を総称した「日本教」も多神教です。 動物も神となります。 お稲荷さんのキツネは有名です。 秩父・三峯(みつみね)神社のオオカミも神の使いです。 害獣・シカやイノシシを追っ払ってくれます。 人間ばかりでなく、動物も神としてうやまい、霊魂があるのだとする日本教は21世紀のリーダーです。 木々や自然、環境も大切にします。 三峯神社の奥宮 (※1) のオオカミ。 2012年6月4日 奥宮への最後の登攀路 かたくなな自己主張、自国文化中心主義、一神教絶対主義は、世界を狭く住みにくくしています。 どの文化、宗教も協調と寛容を学んでほしいものです。 シー・シェパードとは、キリストのこと (※1)三峯神社の奥宮 三峯神社から1時間半の山頂にあります。 修験道場でもあったため、参道というより山道です。 川越からは西武電車で2時間。 西武秩父駅からバスでで1時間半。 奥宮は往復3時間の登山路です。 ...

シヴァ神の妻パールバティー

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シヴァ、ガネーシャ、パールヴァティー  http://goo.gl/Xjt6F パールバティー  【2:42】パールバティー、息子・象の頭のガネーシャ、頭から水を吹き出す夫シヴァ パールバティー(Parvati)は、シヴァ神の妻です。 息子は象の頭のガネーシャです。 インドを歩く

象の頭のガネーシャ

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ガネーシャの左膝の下にはネズミが。 http://goo.gl/6GxQS ガネーシャ(Ganesh)は、シヴァ神とその妻パールヴァティーの間に生まれました。 除災、商業、学問の神として商人や学生に崇拝されています。 ある時、お母さんのパールヴァティーがガネーシャに言いました。 「お母さんが庭で行水をするので、誰も家に入らないように見はっていてちょうだい。」 しばらくすると、お父さんのシヴァが帰って来ました。 ガネーシャは、お母さんの言いつけを守って、お父さんのシヴァがうちへ入らないように行く手をはばみました。 シバ神は激怒し、ガネーシャの首を切り落としてしまいました。 パールバティーは、嘆き悲しみました。 シヴァ神は妻パールバティーを哀れに思い、家の前を最初に通る動物の首を付けて生き返らせることにしました。 その時悠然とやってきたのが象でした。  こうしてガネーシャは、象の頭をもつようになりました。 ガネーシャは、象の頭の他に、波打つ太鼓腹で、4本の腕をもっています。 ガネーシャは、外出の時にはネズミに乗っかります。 ガネーシャ  【3:13】 【cf.】ちょっぴり関連 『夢をかなえるゾウ』  →ブックレビュー

シヴァ神の乗り物は、牡牛

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ガネーシャ(息子)、シヴァ、パールヴァティ(妻) ビシュヌ神は聖蛇アナンタに座っています。 出かけるときは、牡牛(おうし)に乗ります。 ヒンドゥー教徒は牛を殺したり、食べたりしません。 インドに野良牛を含め、たくさんの牛がいるのはこのためです。 シヴァ神 【4:51】

シヴァ神は苦行者の守り神

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http://goo.gl/TXdbo インドには苦行を積むことによって、超自然的な力が得られるという思想があり、ヨガにもその傾向が見られます。 yogaは、yoke(馬にくびきをかける)と同根です。 馬を御すように心身を制御するのがヨガです。 シヴァ神は苦行を積み重ね、苦行者の守り神とあがめられています。 苦行者はおおむねシヴァ信徒です。 仏教を開いたシャカも苦行を積みました。 苦行の思想は密教を通じて、日本にも伝わり、修験道を生み出しました。 ヨガ修行中のシヴァ神  http://goo.gl/VqPvR インドを歩く

シヴァ神は破壊と再生の神

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http://goo.gl/6GxQS ヒンドゥー教の3神は     ・創造神 ブラフマー     ・維持神 ヴィシュヌ     ・破壊神 シヴァ です。 インド亜大陸では1年のうちに自然が一時的に死亡し、そして豊かに再生しますが、この破壊と再生を象徴するのが、ビシュヌとならぶもう一方の雄シヴァ神です。 シヴァ神は、苦行の神であり、ビシュヌ神よりもひとびとにとって怖い存在です。南インドに多くの信徒がいます。 シヴァ神は、頭から水を吹き出しています。 額には3本の白線が描かれています。 ヘビをお供にしています。 うしろに控えているのは、乗り物の白牛です。 インドを歩く

バリ島のケチャ・ダンス

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http://goo.gl/pzmk8 ラーマーヤナ物語はインドネシアのバリ島ではケチャ・ダンスの題材となっています。 ケチャ(kecak)・ダンスでは、100人近い半裸の男達が舞台を取り囲むようにして座り込み、松明の明りの中で両手をさしのべて上体を動かしながら、不思議な叫び声のコーラスをかなでます。 舞台ではラーマ王子、シーター妃、猿将ハヌマン、悪魔ラーバナらが華麗な衣装に身を包んで物語を展開します。 神秘的な迫力に満ちた芸能です。 ケチャ・ダンス  【2:00】 ケチャ・ダンス  その2  【2:02】 インドを歩く

ラーマーヤナ物語のあらすじ

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ラーマ王子とシーター妃を運ぶハヌマン ガンジス川の北にコーサラという国がありました。 コーサラ国の王には3人の妃があり、第一妃との間にうまれたのがラーマです。  <*  ラーマ王子は実はヴィシュヌ神の生まれ変わり(化身)です。> ラーマ王子は学問、武芸とも衆にすぐれた若者となり、他の異母弟とも仲よく暮らしていました。 やがて、ラーマは他国の王女シーターと結婚し幸福な日々を送ります。 シーター妃は、今日では、こよなく夫につくし、また完全な母であるとしてヒンドゥー婦人の理想像となっています。 時がたち、王はラーマ王子に王位を譲ろうとします。 しかし、第二妃が王との古い約束をもちだし、わが子を王位につけるように迫ります。 かつて王は危ないところを第二妃に救われたことがあります。 その時、第二妃の子を王位につけること、ラーマを14年間森に追放することを約束したのでした。 このことを知ったラーマ王子は、父王を困らせたくないので、シーター妃を連れて、猛獣や悪魔がうようよしている森に行くことにします。 そのうち悪魔ラーヴァナがシーター妃をさらって、はるか南のスリランカに連れ去ってしまいます。 そこに、猿の大軍をひきいた猿将ハヌマンが助太刀にあらわれます。 ラーマ王子は彼らと共にスリランカに攻め入り、そこで数々の激戦を繰り広げます。 猿軍の大将ハヌマンは自由に空を飛び、怪力を発揮したりして大活躍をします。 左下からラーマ王子、シーター妃、ハヌマン。右上が悪魔ラーヴァナ  激闘のうち、ラーマは得意の強弓で悪魔ラーヴァナを射倒し、勝利をおさめ、シーターと共に、故国へ凱旋します。 その間ラーマに忠義立てして王位につくことをがえんじなかった第二妃の王子に代って、王位につくことになりました。 *     *     * インドを歩く

ヴィシュヌ神は霊鳥ガルーダに乗る

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ガルーダに乗るビシュヌ神とラクシュミー src:  http://www.nitaigaura.xpg.com.br/fotos5.html ヴィシュヌ神はふだんは聖蛇アナンタに座っています。 出かける時は霊鳥ガルーダに乗ります。 インドネシアのガルーダ航空の名もこの霊鳥に由来します。 インドネシアは、バリ島をのぞいて、いまではイスラム教の国です。 しかし、紀元後から15世紀までヒンドゥー文化圏にあったことの名残がこのようなところにも見られます。  <*  インドネシアがイスラム教になったのは、中東ではなく、インドのムスリム商人によるものです。> タイのパスポート src:http://images.wikia.com/mafiawars/images/d/d7/Huge_thai_passport.jpg   ガルーダは、タイでは、パスポートの紋章になっています。 上座部仏教国のタイ、カンボジア、ミャンマーの寺院では、ガルーダは、幻想的な形で表されます。 インド文明を知れば、東南アジアがさらにおもしろくなります。 日本ではこの霊鳥ガルーダは金翅鳥(こんじちょう)とよばれます。 *     *     * インド文明を歩く  目次

ラクシュミーはヴィシュヌ神の妃

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ラクシュミーはヴィシュヌ神の妃(きさき)で、人気抜群の女神です。 ヴィシュヌ派のどこの家でも店でも、ラクシュミーの像や画像が飾ってあります。 ラクシュミーは、森に囲まれた青い湖の中に、吉祥(きちじょう=めでたいこと)をあらわす赤いサリーをまとって立っています。 その手からは金貨がばらばらとほとばしりでています。 涼しげな環境のもとでお金がどんどん入ってくるというインド人の夢をあらわしています。 ラクシュミーは富と幸運、美の女神です。 ラクシュミーは仏教にも取り入れられて、吉祥天(きっしょうてん)とよばれています。 *     *     * インド文明を歩く 目次

ヴィシュヌ神には4本の腕が

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ヴィシュヌ神を信奉するヒンドゥー教徒は、 ヴィシュヌ神こそが7月から10月までの4か月のモンスーンの間、生命の糧であり五穀豊饒のもととなるめぐみの雨をもたらしてくれると信じています。 ヴィシュヌ神には4本の腕があり、チャクラ、ほら貝、こん棒をもっています。 この絵では、 右の下手には、何ももっていません。 右の上手には、チャクラをもっています。 チャクラは、金属の円環に刃をつけた武器です。 これを敵に投げるとブーメランのように、手元に戻ってきます。 左の上手にはほら貝をにぎっています。 これは説法(せっぽう。教義を説きあかすこと)の時に、ほらを吹いて、人を呼び寄せます。 「ほらを吹く」とはかつては「ありがたい説教を聞かせる」という意味でした。 左の下手にもっているのはこん棒です。 こん棒とは見えないほどデフォルメされています。 ヴィシュヌ神は蓮の花の上に立っています。 蓮の葉は朝開き夕べに閉じるところから、創造と再生をあらわします。 また宇宙のシンボルと考えられています。 仏教では極楽浄土のシンボルとなっています。 *     *     * インド文明を歩く 目次