2017/12/13

河野太郎:悲願は首相

河野太郎 交錯する打算と悲願  シンゾウとの距離

2017/12/12  nkを抜粋編集

<まとめ>

  • 河野一郎→ 河野洋平→ 河野太郎
  • 宏池会(岸田文雄)
    • 麻生派:河野太郎


 11月1日、皇居での閣僚認証式の待ち時間。首相、安倍晋三(63)が傍らの外相、河野太郎(54)に語りかけた。「昔、2人で街頭演説したけど誰も聞いてくれなかったよね」。20年前、安倍と河野は自民党青年局で局長、局次長のコンビを組み、遊説した。その思い出話に河野は「そういえば行きましたよね」。

 8月の内閣改造。サプライズは「河野外相」だった。父、洋平(80)は官房長官時代に従軍慰安婦問題で旧日本軍の関与を認めた河野談話を出した。リベラルの代表格、洋平と安倍の外交観は対極とみられている。太郎と安倍の個人的なつながりが深いわけでもない。

 2015年に防災相で初入閣した際、同じ神奈川出身で当選同期の官房長官、菅義偉(69)が推した。外相就任も同様の構図だったが、安倍も防災相時代の熊本地震への対応を「危機管理ができる」と評価する。

 党内は太郎をポスト安倍に引き上げようとしているとざわめいた。宏池会系である麻生派の太郎の重用は宏池会会長で政調会長の岸田文雄(60)との間にくさびを打つことにもなる。

 慶大を中退し、首都ワシントンにある米ジョージタウン大に留学した太郎は、当選1回生のころから志願して外務委員会に所属した。親子二代にわたる外相は念願のポストでもある。8月の新閣僚の呼び込み直前、洋平に電話をかけた。

 「外相になります」。洋平は元首相、宮沢喜一からかけられた言葉を引用し「外務省が持ってくる出張の半分は削らないと死ぬぞ」と激励した。父だけではない。農相だった祖父、一郎は1956年、ソ連の共産党第1書記、フルシチョフと日ソ共同宣言を巡り交渉した。

 一郎がフルシチョフから譲り受けたペーパーナイフは河野家の家宝だ。11月24日、モスクワを訪れた太郎はロシア外相のラブロフにそのナイフの話を披露した。「一郎はこの建物に泊まったこともあるそうです」

 洋平は首相になることができなかった総裁。池田勇人の後継を佐藤栄作と争った一郎は志半ばで亡くなった。「政治家になろうと思ったら誰でも首相になろうと思うでしょ」。太郎の目標は明確だ。

 初めて総裁選への出馬を模索したのは06年。首相だった小泉純一郎(75)の後継を決める選挙で、太郎が属する派閥の領袖、麻生太郎(77)も出馬した。派閥の論理に逆らって出馬するのは本来ご法度。仁義を切るため訪れた太郎に麻生はこう返した。

 「派閥から2人候補が出るなんて、うちもずいぶんデカい派閥になったもんだ。いつでも戻ってこい」。結局、20人の推薦人は集まらなかった。

 自民党が野党に転落した直後の09年、菅らが支えて総裁選に初出馬したが、谷垣禎一(72)に敗れた。12年は09年に太郎を支援した議員の多くが安倍支援に回り、出馬できなかった。

 遠慮のない物言いや脱原発は党内で「異端」に映る。一方で政治は多数を制するゲーム。総裁に就き、その後の衆院本会議で首相指名を得なければ、首相の座はつかめない。

 太郎にとって首相への道筋の一つは麻生派の後継になること。「洋平から派閥を引き継いだ麻生は太郎に派閥を戻すのではないか」。党内にはこんな観測がある半面、麻生はまだ派閥の継承者を公言していない。

 「どこで何が起こるか分からない。その時その時に判断しなくてはならない」。太郎は10月の衆院選後の日本経済新聞のインタビューで来年の総裁選についてこう語った。

 安倍の打算と太郎の悲願――。太郎は現在、54歳。洋平が新自由クラブを立ち上げた39歳をとうに越した。洋平が総裁に就いた56歳を19年1月に迎える。太郎は政治家として正念場にさしかかる。(敬称略)

観光経営人材の5条件:星野佳路(よしはる) 星野リゾート代表

観光経営人材の5条件
星野佳路(よしはる) 星野リゾート代表

2017年9月20日 日経ホール 観光インバウンドビジネスフォーラム

< まとめ >
観光経営人材の5条件

第1の条件は、
現場経験が豊富であるということです。 最低でもその習熟には10年かかります。

第2の条件は、
ビジネス理論に理解があることです。
ビジネス理論に基づき戦略的に活動することが必要です。

第3の条件は、
自らの旅行経験を豊富にすることです。

第4の条件は、
グローバルな価値観を持っていることです。 外国人の考えを理解して、外国人とも一緒に仕事をしなくてはなりません。

第5の条件は、
観光への情熱です 。
松下幸之助は「健康は最も大きな平和方策であり持てるものを、他に与えるという博愛の精神に基づいている 」といっています。
観光は最大の日本の広報であり、多くの人を幸せにし社会に貢献できるビジネスです。
観光 ビジネスを通じて社会に貢献するという情熱が欲しいと思います

星野佳路(よしはる) 


2017/12/11

ダニエル・イノウエ。50年にわたる上院議員。ハワイにイノウエ国際空港が。2012/12/17没。Daniel K. Inouye

ダニエル・イノウエ。50年にわたる上院議員。ハワイにイノウエ国際空港。2012/12/17没。Daniel K. Inouye

・1924/9/7- 2012/12/17 

ダニエル・イノウエは、アメリカ合衆国の政治家。1963年から50年近くにわたって上院議員に在任していた長老議員であり、上院民主党の重鎮議員でした。
大統領継承順位第3位でした。

日系ハワイ人からなる「第442連隊戦闘団」は、 ヨーロッパ戦線に投入され、死傷者数9,486人をだしました。
アメリカ合衆国史上、もっとも多くの勲章を受けた部隊としても知られています。
日系人部隊の功績は、偏見を受けていた日系人の存在を高めました。

「第442連隊戦闘団」史上最も多くの勲章を貰った日系部隊 【6+】
(442nd Regimental Combat Team)

名言
「フランスでのテキサス州兵大隊の救出命令は、いわば使い捨てでしょう。
しかし私たちはそれを歓迎したのです。
なぜなら、日本人の価値とアメリカへの忠誠を証明するチャンスでしたから」

Daniel K. Inouye International Airport(ダニエル・K・イノウエ国際空港)  旧称、ハワイ国際空港

【参考】
全米日系人博物館 - Japanese American National Museum

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Daniel Inouye is a politician of the United States.
He was an elders lawmaker who had served as a senator for nearly fifty years since 1963 and was a senator of the Senate Democratic Party.
He was ranked third in the presidential succession ranking.
The "442 Regiment Battle Team" consisting of Japanese Hawaiians was launched into the European Front and brought out 9,486 casualties.
It is also known as a unit that received the most medals in the history of the United States of America.
The achievements of Nikkei troops have increased the existence of Nikkei who had been prejudiced.
"442 Regiment Battle Group"  got the highest medal in history ever

Quotation
"The command to rescue the Texas State Battalion in France was unavoidablee, so to speak.
But we welcomed it.
Because it was an opportunity to prove the value of the Japanese and loyalty to the United States of America. "

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【Cf.】United States Senate:Daniel K. Inouye 

2017/12/09

【武蔵観研通信】230号:2017年12月9日

【武蔵観研通信】230号:2017年12月9日

★ 川越、埼玉
・・・・・・・・・・・
  ❖ 埼玉県庁   ❖  川越市役所     
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★ アセアン:シンガポール。マレーシア。タイ
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★ 観光
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★ 人物、名言
「その場にいない人を、批判してはいけない」

「義に死すとも不義に生きず」

「恥といふことを打ち捨てて、世のことは成るべし」

「あはれ穢土(えど)ほどに口おしき所あらじ。 極楽にはかゝる差別はあるまじきものを」
(身分が低く、邸内に入れてもらえなかったので。)
・・・・・・・・・・・

★ 余滴

★  日本の情勢
東京駅 丸の内駅前広場が全面開業
日本発 セルロース ナノファイバー  植物から生成、鉄の5分の1
〇 銀行の来客数は10年で4割減少:「店舗は駅前の必要はない。住宅地でもいい」(関係者)
〇 アベノミクス:家計は疲弊、1997年対比80万円のマイナス。企業は好決算。
〇 「安全保障」あっての「経済」。国会議員は国外に関心を。
〇大相撲:相撲は神事、しかし国技ではない。
 ・大相撲暴行問題:異文化研究の課題。対外国。 対相撲社会。
 ・ 横綱の「品格」とはなに?:日本の若人、外国人にもわかるように。明文化が必要。「猫だまし」、「めくらまし」は禁止?
・・・・・・・・・・・

★  国際情勢:最悪の国際環境  世界地図En) 
〇 トランプ、テルアビブをイスラエルの首都宣言に。
米は孤立。一神教は反省を。←豊かな多神教=日本、インド、中国(道教)、東南アジア、その他の世界
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・RPA: Robotics Process Automation。ロボットによる業務改革
・フィンテック:fintech。金融工学。金融(finance)+技術(technology)からの造語。
・リカレント教育:学び直し教育。recúrrent 再発の。社会人が再び学校に戻って教育を受けること
・IoT[アイ・オー・ティー]:Internet of Things。物のインターネット。あらゆる物がインターネットを通じてつながること。

┗武蔵観研ホームページ  https://goo.gl/SCKbHU

水泳 クロール

コナミメソッド
クロールの教え方①~浮きやすい正しい姿勢~
クロールの教え方②~肩から大きく腕を回す~
クロールの教え方③~正しい息継ぎ~
クロールの教え方④~息継ぎの正しいタイミング~
・・・・・・・・・・・
クロール息継ぎができない原因

クロールをスムーズに泳ぐ為のコツ 【2+】

自由形のコツ(2)〜顔の戻し方〜<森塾> 【2+】
顔を少し早く入れる。

水泳 クロール 息継ぎのコツ  【3+】

2017/12/08

アジアは成長中:インド、フィリピン、ベトナムは高成長。2023年、マレーシアが高所得国に。タイも目前

インド、28年にGDP6兆ドル突破、日本超え
日経センター中期予測、中国の成長は鈍化

<まとめ> アジアの成長率
  • 2028年、インドは世界3位の大国に
  • インド、フィリピン、ベトナムは高成長続く
  • 2023年、マレーシアが1万2千ドル以上の高所得国に。タイも目前
  • インドネシアやフィリピン、ベトナムが2030年までに高位中所得国(4千ドル以上)に
  • (桑原政則)
    • インドとアセアンだけで20億人。平均年齢が20歳代!
    • 訪日客が多いのは、所得が増えたから。

2017/12/5 17:51 nkを抜粋編集
 日本経済研究センターは、アジアの主要11カ国について2030年までの中期の経済成長率の見通しをまとめた。インドやフィリピン、ベトナムなどで人口の増加や投資の拡大により高成長が続くとみる。28年時点ではインドの名目国内総生産(GDP)が6兆ドル(約675兆円)を突破し、経済規模で日本を上回る世界3位の大国になると予測した。

 中国の実質GDP成長率は緩やかに減速し、30年にかけて2.8%増に鈍化する見通しだ。過剰設備の調整が進み、投資の減速で資本ストックの増加に歯止めがかかると予測した。人口増の一服で、労働投入による成長の押し上げ効果も薄らぐとみている。

 一方、中国では都市化の進展に伴い、通信インフラの整備や教育水準の改善などにより生産性が高い伸びを示す見通し。経済規模の拡大で成長率は減速するものの、30年時点では米国の名目GDPの8割超の規模となり、アジアや世界での影響力が高まるもようだ。

 各国の豊かさの目安となる1人あたりの名目GDPでは、23年にマレーシアが1万2千ドル以上の高所得国に仲間入りし、25年には中国も同水準を上回る見通し。タイも高所得国入りが目前に迫る。また、インドネシアやフィリピン、ベトナムが30年までに高位中所得国(4千ドル以上)に加わると予測した。

2017/12/06

ジョージ・ワシントン。アメリカ建国の父。1799/12/14没

ジョージ・ワシントン。アメリカ建国の父。1799/12/14没。George Washington

・1732/2/22- 1799/12/14(67歳没)

ワシントン(ジョージ=。1732-1799)は、アメリカ建国の父です。
アメリカ独立戦争では総司令官となり、イギリスに勝利しました。
アメリカ初代大統領となり、4年後再選されました。
バージニア植民地の大農園主でした。

アニメ ジョージ・ワシントンとさくらの木  【7】

名言
「その場にいない人を、批判してはいけない」

ジョージ・ワシントン邸は、東京ディズニーランド60個以上の広さ。Mount Vernon, Verginia

【附】
WashingtonD.C.の観光地図

WashingtonD.C.の地名表記 南北は数字、東西はアルファベット

ワシントンD.C.観光はバス、地下鉄、自転車、セグウェイで

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Washington (George = . 1732-1799) is the founder of United States of America.
In the American Revolutionary War he became the General Commander and won the British army.
He became the first President of the United States and was reelected after four years.
He was a large farmer in the Virginia colony.

2017/12/05

戒名は自分でつけていいのだ 橋爪大三郎 

戒名は自分でつけていいのだ 橋爪大三郎 

2017/11/21 nkを編集

戒名の話をしよう。

 死んだら戒名をつけてもらう。僧侶が読経し、お寺の墓地に埋葬する。それが仏教の決まりだ、と思っているひとが多い。

 はっきり言おう。こんなやり方は日本だけ。そもそも戒名なんて、インドや中国にはない。出家した僧侶が、名前をもらうことなら中国にもある。でも、在家の信徒が死んだら新しく名前をつけなさい、なんてどの仏典にも書いてないのだ。

 江戸時代に、戒名が広まった。明治になって、戦死した兵士には立派な戒名がつけられた。戦後はお寺の経営が厳しく、戒名の値段が高騰した。「お気持ちで」と言われると、多めに払わざるをえなくなる。ふだん仏教と疎遠な現代人にとって、戒名は頭痛の種である。

 さて、戒名はどうやってつけているのだろう。種本があるかも。探したらあった。『実用模範禅宗戒名集成』『日蓮宗聖語付戒名字典』『浄土宗戒名熟語法話ヒント事典』『法名・戒名作例総辞典』『真言宗戒名作例字典』ほかを購入。ウン十万円の投資である。読んだら仕組みがわかった。

「○○院△△□□居士(こじ)」が基本だ。二字熟語を三つ選ぶだけでよい。居士は在家の男性信徒、大姉(だいし)は女性信徒の意味。熟語リストさえあれば、すぐできる。そこで、『なぜ戒名を自分でつけてもいいのか』という本を書いた。各宗派対応、熟語リスト付きの戒名つけ方マニュアルだ。戒名は本来なくてよいが、現実には日本仏教の一部。ならば、この際戒名をきっかけに、仏教の理解を深めてはどうだろう。

 でもお寺とモメても困る。と思う方はやはり、お寺で戒名を貰(もら)って下さい。墓苑を今から探すのなら、この本は便利です。

【わたし(桑原政則)の場合】
・釈 政則

マレーシア、ムスリム市場の媒介拠点に

マレーシア、ムスリム市場の媒介拠点に 「ルック・イースト」で日系進出の素地

2017/11/30 nk 編集

 日本経済新聞社とマレーシア投資開発庁は30日、クアラルンプールで「マレーシア日経ビジネスフォーラム」を開いた。同国の潜在的な成長力と課題について、日本企業の幹部らが討議した。

 講演したコニカミノルタの浅井真吾常務執行役はマレーシアの優位性について「日本との連携が深く、カイゼンを地道に実施する素地がある。整備されたインフラなど基礎能力が高い」と語った。同社は複合機などでマレーシアの生産比重を高めている。

 続いて講演した三井住友銀行の西崎龍司常務執行役員は「イスラム金融では世界2位の市場。アジアのハブとなり得る」と金融面から見た魅力を語った。一方、2016年12月に導入された貿易取引の外国為替規制にも言及し、「自由な資金移動の保証はアジアの金融センターを目指す上で重要だ」とクギを刺した。

 その後の討論会でマレーシア日本通運の早瀬彰哉社長は「現在の物流のハブはシンガポールだが5年、10年先に対抗できるのはマレーシア」と言及。「政府はハラル物流に力を入れており、各国とムスリム市場をつなぐ拠点になる」と潜在力の高さを指摘した。

 パナソニックマネージメントマレーシアの井水啓之副社長は「研究開発(R&D)やグローバル経営に適した人材が多い。開発・生産・販売面で意思決定権を前線に移すことが重要」と話した。

 一帯一路構想を掲げる中国マネーの存在感が増していることにも話が及んだ。アジア・大洋州三井物産の外処敏彦クアラルンプール支店長は「中国が作った下地にうまく付加価値のあるものを乗せていく方が日本の進出企業にとっても有効だ」と強調した。

 マレーシアに拠点を置く中堅企業の座談会では、料理教室を運営するABCクッキングスタジオワールドワイドの千先拓志ディレクターが「ムスリム、仏教徒、ベジタリアンなど多様な食文化が共存している。多様性を取り入れて成長することができる地域」と話した。

 冒頭に基調講演したナジブ首相は「(日本を見本に経済成長を目指す)ルック・イースト政策をとっていたマレーシアには日系企業が求める人材プールがある」と述べ、日本企業にさらなる投資を促した。

 ムスタパ貿易産業相はフォーラム中に開いた記者会見で、米国抜きの11カ国で大筋合意した環太平洋経済連携協定(TPP)について「マレーシアが信頼できる投資パートナーとしての評価を確立する上で重要な協定だ」と話した。

(クアラルンプール=岸本まりみ)

2017/12/03

坂本龍馬 Sakamoto Ryoma。薩長同盟の立役者。1867/12/10命日。

坂本龍馬 Sakamoto Ryoma。薩長同盟の立役者。1867/12/10命日、31歳。

坂本龍馬(りょうま。1835- 1867/12/10)は、幕末期に活躍した土佐藩の志士です。
江戸で剣術を学びました。
藩をぬけ出して勝海舟の門人となりました。

薩摩藩の保護を受けて長崎で海運業を開始しました。

この活動を通じて,1866年に薩長同盟を成立させました。
京都で暗殺されました。

名言
「恥といふことを打ち捨てて、世のことは成るべし」

坂本龍馬の活躍 アニメ お~い!竜馬 薩長同盟 大政奉還 船中八策 暗殺 【12】

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Sakamoto Ryoma was born in Kochi, the son of a country samurai.
In 1853 he became a disciple of Chiba Sadakichi , a master swordsman of the Hokushin-Itto-ryu (martial art style of fencing).
In 1862, he moved up to Edo and became a disciple of Katsu Katsu.
In 1865, he established a young men's group Kaientai in Nagasaki.
He devoted himself to the conclusion of the Satsuma-Choshu Alliance.

In 1867, he was assassinated in Kyoto together with Nakaoka Shintaro .

松平容保 Matsudaira Katamori。最後の会津藩主、京都守護職を引き受ける。1893/12/5命日

松平容保 Matsudaira Katamori。最後の会津藩主、京都守護職を引き受ける。1893/12/5命日

松平容保(かたもり。1836-1893/12/5)は、1862年、京都守護職に任じられました。

京都の治安と公武合体に力を尽くし、孝明天皇の信頼を得ました。

1864年、禁門の変で長州勢を攻撃しました。
1868年、鳥羽・伏見の戦で敗れました。
1880年、日光東照宮宮司となりました。

名言
「義に死すとも不義に生きず」

松平容保(かたもり):最後の会津藩主

忠か情かの分れ目 会津の松平容保は京都守護職を引き受ける 童門冬二 

保科正之:会津23万石の藩祖、3代将軍・家光の弟

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Matsudaira Katamori moved to Kyoto when he was appointed as Kyoto shugoshoku (military governor of Kyoto).
Matsudaira earned the trust of the Emperor Komei and mainteined security in Kyoto.
He attacked Choshu troops in the Kinmon Incident of 1864.
He was a hard-liner of the Choshu expedition.
He was defeated in the 1868 Battle of Toba-Fushimi.
He surrendered when attacked by new government troops at Aizu, where he was on probation at the time.
In 1880, Matsudaira became the Shinto priest of the Nikko Toshogu Shrine.

熊谷直実 Kumagai Naozane。源頼朝から「日本一の剛の者」とよばれる。法然に師事。1208/12/4命日

熊谷直実 Kumagai Naozane。源頼朝から「日本一の剛の者」とよばれる。法然に師事。1208/12/4命日

熊谷直実(くまがい なおざね、1141/3/24- 1208/12/4)は、平安末期から鎌倉初めにかけて活躍した武士です。

源平の合戦では、源頼朝をして「日本一の剛の者」と言わしめました。

自分の息子と同年代の平敦盛を討ち取ってから、出家しました。
法然上人の門に入り、修行に励みました。
晩年、熊谷に戻りました。

名言
「あはれ穢土(えど)ほどに口おしき所あらじ。 極楽にはかゝる差別はあるまじきものを」
(身分が低く、邸内に入れてもらえなかったので。)

熊谷次郎直実と平敦盛  【12】

直実ぶし 【4+】


法然は仏教を万人のものに 

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Kumagai Naozane (1141/3/24 - 1208 / 12/4) is a samurai who was active in the late Heian period and early Kamakura period.
In the battle of Genpei War, he slained Atsumori,  the same age of his son.
Minamotono Yoritomo  praised him as "He is Japan's top worrier".

He became a devout follower of Hōnen.
In the later years, he returned to Kumagaya.

2017/12/02

日本でも脱工業化の推進を。駐日スウェーデン大使  

日本でも脱工業化の推進を  
マグヌス・ローバック  駐日スウェーデン大使

私見卓見 2017/4/27 nkを抜粋編集

【※】スウェーデンの脱工業化の成功
  • 手厚い社会保障システム。
  • 失業しても保険で守られる。多様なキャリアや失敗を許容。
  • 英語教育に力を入れている。
  • 【※】日本の問題点 トップがだめ。終身雇用で、企業のトップは、他のビジネスを知らない。外国経験がない。∴前例踏襲。冒険できない。

 インターネット通話サービスのスカイプ、音楽配信のスポティファイ、ゲームのモージャン……。未上場ながら企業価値の評価額が10億ドル(約1100億円)を超し、伝説の動物にたとえて「ユニコーン(一角獣)」と呼ばれるこれらの企業が、いずれもスウェーデンにルーツを持つことをご存じだろうか。首都ストックホルムは欧州デジタル都市指数(EDCI)で2位に食い込むなど、ベンチャー企業のハブとして知られる。

 日本と同様にスウェーデンは約150年前に工業化を始めたが、人口1千万人弱の小国で、日本より早く製造業の縮小に直面した。通信機器大手エリクソンは最近、国内最後の製造拠点を閉鎖した。製造業の国外移転には反発もあるが、製造業だけでは立ちゆかないことを理解し「脱工業化社会」に移行しつつある。その担い手こそが多くのベンチャー企業にほかならない。

 成功の理由の1つは手厚い社会保障システムだ。失業しても保険で守られる。医療や教育は無料で、子供や自らの老後のためにお金を積み立てる必要もない。多様なキャリアや失敗を許容する風土もある。スカイプなどの成功者は株式の売却益をベンチャー投資に回すなど、リスク資本のプールを作っている。

 人材の受け入れも重要だ。スウェーデンは高度人材だけでなく難民も多く受け入れている。必ずしも高い教育を受けていないが、やる気を持った人が社会に与える好影響は決して見逃せない。英語教育に力を入れ、国際的な人の流動化も後押ししてきた。

 日本で英語教育が遅れているのは、国内の人材の層が厚く、有望な人材を外から求める必要性が薄かった事情もあるのだろう。だがフランスのように過去数十年で英語力を飛躍的に引き上げた大国もある。早期の外国語教育が母語の習得の邪魔にならないことは科学的に示されている。

 日本は製造業の競争力が高く、脱工業化への移行圧力はまだ強くはない。だがグローバル化と脱工業化の流れはもはや止められない。「古い製造業を自国内に取り戻す」とするトランプ米大統領の主張は、川の流れに逆らうようなもので生産的ではない。

 日本とスウェーデンの間では、すでに名古屋大やルンド大などの有力大学が共同研究に取り組んでいるほか、企業同士の連携も進んでいる。そうした協力を通じ、脱工業化で先行した我が国の経験が少しでも参考になれば幸いだ。

2017/11/30

【武蔵観研通信】229号:2017年11月30日

【武蔵観研通信】229号:2017年11月30日


★ 川越、埼玉
  ❖ 埼玉県庁   ❖  川越市役所     
・・・・・・・・・・・


★ アセアン:シンガポール。マレーシア。タイ
  〇世界最強のパスポートはシンガポール
  〇 高度な英語力をもつ層は、シンガポールほぼ半数。日本は1.5%。


★ 観光


★ 人物、名言
ジャレド・ダイアモンド 『銃・病原菌・鉄』
「なぜ欧州人がニューギニア人を征服し、逆はなかったか。…。それは、単なる地理的要因」『銃・病原菌・鉄』


ザビエル Xavier。日本にキリスト教をつたえた宣教師。1552/12/3没 
「この国の人々は今までに発見された国民の中で最高であり、日本人より優れている人々は異教徒の間では見つけられない。」




カストロ Castro。キューバ革命の指導者。2016/11/25命日 
「人間、死ぬときはどこにいても死ぬ」


「不惜元氣,服藥無益。身体を大切しない人は、薬を飲んでも無意味である。」


「これからはお前の道を行きなさい」


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★ ことば  英和辞典(音声も)
 ・相撲協会の「ガバナンス」:governance  統治
  ・ ディスラプション(disrupution) 創造的破壊  ≒守破離
  ・AI(artificial intelligence)人工知能
  ・ショールーミング (showrooming):小売店で見た商品を、その場で買わず、ネットで買うこと。

★ 余滴
   〇 ショールーミング(showrooming):小売店で見た商品をその場では買わず、ネットで価格で購入すること。

★  日本の情勢
 〇 公明党
比例得票数700万を切る。退潮? *矛盾:安保法制に反対しながら、自民党とは連携。
  〇 日本のものづくり危機、地に落ちた信頼:日産、スバル、神戸製鋼、東レ、三菱マテリアル


★  国際情勢:最悪の国際環境  世界地図En) 
  〇 イギリス:メイ首相、逆風で来年崩壊か。*国民はEUに残りたい。
  〇 スペイン:カタルーニャ独立問題。   
  〇 南米 ベネズエラ:社会主義経済破綻寸前 。
  〇 中東:サウジとイランが対立。サウジの王族は1.5万。世界の混迷深し。石油、資源の価格上昇→物価上昇。
  〇 アフリカ: ジンバブエ:大統領辞任。37年間の強権政治。いずれスーダン、ルワンダ、南アフリカも。
┗武蔵観研ホームページ  https://goo.gl/SCKbHU

2017/11/29

ジャレド・ダイアモンド。独裁中国 米に追いつけず

人類史から見通す近未来(時論) ジャレド・ダイアモンド氏
作家・地理学者
2017/11/28付 nkを編集

【3,500字】

 アジア、とりわけ中国が存在感を増す中で、世界の経済や政治、社会はどう変わっていくのか。日本に求められる役割はどう変化するか。文明や民族の攻防、勢力の逆転現象などを数百万年の時間軸で俯瞰(ふかん)した『銃・病原菌・鉄』(書評)「昨日までの世界」の著者で地理学者のジャレド・ダイアモンド氏に、人類史から見た西洋と東洋の「近未来」について聞いた。

■独裁中国 米に追いつけず

 ――数百万年という時間の流れの中から人類史を見つめた著作が多いです。その前提で言えば「現在」とはどんな時代でしょう

 「語りだしたら、7時間は要するテーマだ。1つだけ言うなら、技術の進歩が急速で、それが国家の発展をも速めている特徴がある。一方で、政治や経済、環境面で問題が急速に増えたり、広がったりしていて、人間社会にとっては致命的な結果をもたらす懸念も膨らんでいる。このペースで問題が拡大していったとしたら、今後30年以内に我々の未来が生きる価値があるものかどうかの決着がつくだろう」

 「重要なのは、過去の社会から学ぶことが多いということだ。人類は600万年の歴史を持ち、金属、文字などの現代的特徴を持ち得たのはわずか1万1千年前のことだ。経験や英知は『昨日までの世界』の方が豊富な蓄積がある。高度な技術を使わなくても問題が解決できた時代の方が圧倒的に長かったわけだ」

 ――アジア、とりわけ中国の存在感が急激に強まっています。人類史的にはどんなことが言えますか。

 「最近の中国は強力で、中央集権的で、意思決定能力が高く見える。これに対し、米国は意思決定に際して裁判や議会というプロセスも入るため、迅速さに欠ける場面が増えてきた。だから我々米国人は偏執狂的というか、中国を過剰に恐れる傾向を強めている」

 「中国の経済が急激に拡大しているのは事実だ。だが理由の多くは少し前までの中国が貧しい国であり、豊かな国より速いスピードで経済力を拡大できる点だ。インドも似ている。もしかしたらインドは中国よりも貧しいところから発展が始まった」

 ――15、16世紀ごろは経済的な豊かさという点で中国と欧州が同水準にあったとの指摘もあります。欧米と中国は再び肩を並べる、ということでしょうか。

 「豊かさの尺度によるが中国と欧州は1400年代の方が経済的に同等に近かったのは事実だ。その後、欧州は中国の先を行った。その理由を私は自著『銃・病原菌・鉄』のエピローグで考察している。歴史家の間ではまだ未解明の問題で、今も異なる解釈がある。だが、私は地理学者だ。地図で中国を見ていたらわかる。中国の沿岸部は滑らかな線になっているが、欧州の地形は半島が多い。だから、イタリア、スペイン、ギリシャの各半島は、異なる言語を持つ、異なる国家になった。異なる『実験』が進んだのだ」

 「また欧州には大きな河川が多い。それらはアルプス山脈から流れ、ライン川やローヌ川、ポー川、ドナウ川が異なる社会を持つ国家を生んだ。一方、中国には主要な河川が(長江と黄河の)2つしかなく、2千年以上前に運河でつながった。結果として、欧州は政治的に断片化していき、中国は紀元前221年に政治的に統合された

 「統一は強みだ、と考える人が多いだろう。しかし弱みにもなった。強みは1人の指導者の下で大きな事業が実現し、経済が飛躍することだが、一方で指導者に問題があった場合には、国全体が危機にさらされやすかった」

 「中国について言えば、15世紀には技術的にも欧州と同水準にあり、1430年代には世界最大の艦隊と大きな船舶を持っていた。中国の船舶は東南アジアや中東を超え、アフリカに到達した。アフリカの後は欧州を征服しようとするかに見えたが、結局、そうはならなかった

 「理由は中国で『統一の弱み』が表れたからだった。最高位に就いた皇帝が、艦隊は金の無駄遣いだとの決定をした。(【※】鄭和の南海遠征の中止)。実際、艦隊は莫大な出費を伴う。欧州でも金の無駄だと言い切った国王がいたが、有用な出費だと考えた国王もいた。コロンブスは後者だったスペイン国王の支援を得て大西洋を渡った。彼の3隻の船は中国の船舶に比べると半分くらいの小さなものだったが、新世界を発見したのは欧州だった

 ――中国は「一帯一路」政策を進めて、欧州に延びる一大経済圏を創る構えです。中国と米欧、あるいは東洋と西洋の力関係の今後をどう見ますか。

 「中国はさらに強大になるだろう。だが、米国のような軍事的、経済的、政治的権力を獲得する見込みがあるかというと、そうは思わない。基本的な問題が立ちはだかるからだ。彼らは歴史上、一度も民主主義を経験していない。それは中国にとって致命的だ。一党独裁による政治は意思決定のスピードが速い。だが、多数の意見を戦わせる機会が少なく、民主主義国家のように新しいことを試すことが難しい。総合力で米国に追いつく可能性は、私にはあるとは思えない


■日本、危機克服に多様性

 ――日本の今後の役割とは何でしょう。

 「とても興味がある問題だ。私が今、執筆中の本は過去に起こった、あるいは今起きている、国家の政治危機に関するものだ。日本は過去に危機を迎えた。例えば1853年のペリー来航以降、日本は中国のように西洋に圧倒される危険性があったが、迅速かつ選択的な変革をして、経済的、政治的、軍事的に国家を強固にした顕著な例になった。1800年代の危機を乗り越えたのだ」

 「だが現在の日本は問題を抱える。第1に政府債務の問題だ。日本の国内総生産(GDP)と比べた国債発行規模の大きさは際立っている。【【※】日本の国家財政は健全。森永卓郎】2つ目は出生率の低下だ。日本は世界で最も高齢化が進み、若年労働人口に対する高齢者人口の比率が最も高い。一方で、日本の女性の役割は非常に限定的だ。今回日本に来て企業の会合に出たが、出会った人の95%は男性だった。これは米国では考えられない。女性の活用が進んでいない懸念がある。移民を受け入れない姿勢を打ち出している以上、それ以外のところでダイバーシティー(多様性)のモデルとなるケースを示す必要が日本にはある。私は日本の危機克服に、非常に興味がある」

 「もう1つ感じるのは国際的資源の持続可能な使用に関する問題で、指導力を発揮していない点だ。日本は資源輸入に依存しており、漁業や林業などの分野の外国資源の持続可能な管理体制づくりに強い関心を示すことを期待されている。ところが現実的には期待に応えられていない。例えば寿司だ。日本人はマグロが大好きだが、最も上質なマグロは地中海産のクロマグロだ。日本は地中海産クロマグロの保存に高い関心を払うべき国だと期待されるはずだが、実際は保存に対する大きな『障害』になっている懸念がある」

 「最後に、中国、韓国との関係だ。3カ国は今も良好な関係にあるとは言えない。解決策が真剣に議論されているわけでもない。こうした問題はどこか他の国が解決してくれるものではない。日本が自らの手で解決する機会を常に見つけていかなければならない」

 ――インターネットなどテクノロジーの発達をどうみていますか。

 「私に答える資格があるかどうかは疑問だが、強いて言えば、技術には大きな利益をもたらすものもあるということだ。例えば、太陽光発電だ。より効率的にエネルギーを生産できるのなら、原子力や化石燃料に頼らなくてよくなる」

 「技術も問題解決の一助にすぎないと思う。問題は我々の振る舞いだ。私たちがエネルギー消費削減の努力をすれば、直ちに多くの問題を解決することができる。日本というより、エネルギーの無駄遣いが多い米国の同胞に向かってよく言っていることなのだが」


■〈聞き手から〉「一帯一路」歴史的大転換に

 ジャレド・ダイアモンド氏が指摘する15世紀の中国の遠征中止とは、海禁政策や朝貢貿易にカジを切った明の洪武帝以降の時代を指しているようだ。明代には鄭和という宦官(かんがん)出身の武将が艦隊を率い、東南アジアやアフリカまで遠征した時期もあった。ところが1434年に鄭和が死去すると、その後は遠征が止まってしまう。

 歴史家の間では、当時の王朝の決断が欧州との明暗を分ける節目になったとの指摘が多い。大航海時代を経た欧州は新世界から大量の銀などを獲得し、商業や金融業を発展させていく。一方の中国は自国の貿易船ネットワークを実質的に放棄し、朝貢貿易の相手国の船にヒト、モノ、カネの移動を依存していった。物流の大動脈をあっさりと明け渡してしまったのだ。

 理由は「当時の中国が欧州と比べても豊かで、わざわざ外に出かけていく必要がなかったからだ」と物流の歴史に詳しい京都産業大の玉木俊明教授は話す。一方、欧州は地理的、気候的な問題などから、中国よりも食料や資源が少なく、「必然的に大西洋を渡って、新世界の発見に向かわざるを得ない状況にあった」という。

 現代中国の新経済圏構想「一帯一路」(One Belt, One Road, OBOR、Yídài yílù)はそうした意味で歴史的大転換と言える一大イベントだろう。今後の経済成長の根幹が物流ネットワークにあると考え、ユーラシア大陸全体のヒト、モノ、カネの中心に座ろうとの国家プロジェクトだ。日本の経済界にとっても見逃せない節目が迫っている可能性がある。

(本社コメンテーター 中山淳史)

■「欧州人の優位性」に反論
 Jared Diamond 「銃・病原菌・鉄」「文明崩壊」など日本語に訳された著作は数多い。生物学や生理学の学位を取る一方で、進化論や地理学の研究も進め、ニューギニアなどでフィールドワークを始めた。ピュリツァー賞受賞の『銃・病原菌・鉄』はその成果。ニューギニア人との対話で得た「なぜ欧州人がニューギニア人を征服し、逆はなかったか」という疑問から書かれた代表作は「単なる地理的要因」という仮説を提示した。欧州人の優位性という人種差別的な偏見に反論を投げ掛け、世界的に反響を呼んだ。現在、米カリフォルニア大ロサンゼルス校教授。ボストン出身。80歳。今回は日立製作所のイベントに合わせて来日した。


2017/11/28

ザビエル Xavier。日本にキリスト教をつたえた宣教師。1552/12/3没

ザビエル Xavier。日本にキリスト教をつたえた宣教師。1552/12/3没

ザビエル(フランシスコ=。1506- 1552/12/3)は、日本にキリスト教をつたえたスペイン(バスク人)の宣教師です。
1534年,カソリック教のイエズス会を友人と創設しました。

東洋布教の責任者として、インド各地をはじめ,スリランカ・マラッカ・モルッカ諸島に教えを広めました。
1549年、日本にはじめてキリスト教をつたえました。
平戸(ひらど)、山口、大分などで2年間伝道活動を進めました。

【※】イエズス会の関連施設として上智大学があります。

名言
「この国の人々は今までに発見された国民の中で最高であり、日本人より優れている人々は異教徒の間では見つけられない。」

ザビエル~キリスト教の伝来~

ザビエル像。マレーシアのマラッカ

ザビエル・何故日本へ宣教に来るようになったのか? 【12】

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Xavier (Francisco =. 1506 - 1552/12/3) is a Spanish missionary who propagated Christianity to Japan.
In 1534, he founded the Jesuits of Christianity with his friends.
As director of Asian Missionary, he spread teaching to all over India, Sri Lanka, Melaka.
In 1549, he taught Christianity for the first time in Japan.
He preached in Hirado , Yamaguchi, Oita for 2 years.


2017/11/27

孫武、兵法書『孫子(そんし)』をあらわす。紀元前500年ごろ。風林火山。呉越同舟

『孫子(そんし)』は、紀元前500年ごろの軍事思想家・孫武の兵法書です。
中国で最も優れていると言われる兵法書です。

風林火山

相手の裏をかくことが重要と教えます。

故に其の疾きことはの如く、
其の徐かなるはの如く、
侵掠することはの如く、
動かざることはの如く、

(だから、風のように迅速に進み、
林のように息をひそめて待機し、
火の燃えるように侵略し、
山のようにどっしりと落ち着き、)

呉越同舟

夫れ呉人と越人との相悪むや、其の舟を同じくして済りて風に偶うに当たりては、其の相い救うや左右の手の如し。

(そもそも呉の国の人と越の国の人とは互いに憎みあう仲であるが、それでも一緒に同じ舟に乗って川を渡り、途中で大風にあったばあいには、彼らは左手と右手の関係のように密接に助けあうものである。)
【cf.】岩波書店

孫子の書は作り話を寄せ集めた偽書の説も?

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"The art of War"  is a military book of Chinese military strategist Sun Tzu.
It is said to be the best warrant in China.

Furinkazan
As fast as the wind, as quiet as the forest, as daring as fire, and immovable as the mountain.

Goetsudoshu

Bitter enemies in the same boat.

「薩長史観」批判本の隆盛、明治維新の見直し。2018年は明治維新150年

歴史の「常識」覆す最新研究。武闘派の西郷隆盛
2017/11/27付 nk 山田剛

 意外に豊かだった縄文時代、日本最古ではなかった和同開珎――。最新の研究によって、かつて習った日本史の「常識」や「定説」が大きく揺らいでいる。

 最近では、維新を主導し戊辰戦争の勝者となった薩摩・長州藩などがつくったいわゆる「薩長史観」への疑義や批判を込めた歴史書が多く刊行されている。

 来年は明治維新から150年の節目。NHKの大河ドラマにも維新の英雄・西郷隆盛が登場するが、武田鏡村「薩長史観の正体」には「吉田松陰はテロ扇動家」「西郷隆盛は強盗団を雇って幕府を挑発」「錦の御旗にはまったく根拠がない」といった項目が並び、一般に知られた幕末史に真っ向から異を唱える。

 武田は、徳川慶喜の処分を決めた小御所会議に際して「短刀一本あれば済むこと」と反対派の山内容堂を威嚇した西郷の発言から「西郷は暴力革命を推進した武闘派」と断じる。

 半藤一利・保阪正康の対談集「賊軍の昭和史」は、薩長の「旧官軍」閥に牛耳られた昭和の軍部が始めた太平洋戦争を、鈴木貫太郎や米内光政、井上成美ら「賊軍」藩の出身者が終結させ日本を破滅の淵から救った、という視点で語る。

 薩摩閥の海軍で冷遇された鈴木のエピソードや、父が南部藩(盛岡)出身だった東條英機による「長州閥つぶし」の真偽についても議論を交わす。

幕府支持した庶民

 森田健司「明治維新という幻想」では、幕末期に刊行されたさまざまな風刺錦絵から江戸庶民のメッセージを読み解くという作業が興味深い。

 維新直前の江戸で30万部以上が売れたというこれら錦絵は、近年の研究で第一級の史料として再評価されている。セリフや衣服の文様などのヒントから、徳川慶喜、天璋院篤姫や松平容保といった登場人物が類推する「判じ絵」は、朝廷の威を借りる「官軍」を風刺する一方、徳川慶喜ら幕府側に強いシンパシーを示すものが多い。森田も江戸庶民の教養と政治情勢の分析力に舌を巻く。

 服部英雄「蒙古襲来」は、「カミカゼ」神話を生み出し日本人の精神性にも影響を与えた国難に、史料を丹念に読み解くというアプローチで立ち向かった力作。「神話」に彩られた「八幡愚童訓(ぐどうくん)」を「実録にあらず」と切って捨て、同時代のリアルタイム史料である貴族の日記「勘仲記」などの分析に重きを置いた。

 第1次侵攻となった1274年の文永の役では、「900隻・4万人に及ぶ大船団が来襲したが、翌朝には姿を消していた」というのがこれまでの定説だったが、実際の艦隊は服部の推定で112隻。博多湾で起きた戦闘の詳細が京都に伝わるまでの速度から逆算し、蒙古軍は7日間ほど戦ってから撤退した、と結論。肥後国(現熊本県)の御家人・竹崎季長の活躍を描いた有名な絵巻「蒙古襲来絵詞」の画面にも綿密な考察を加えており、歴史ファン必読の書だ。

島原の乱に僧侶も

 石牟礼道子「完本 春の城」は約900ページの大長編。江戸時代前期、九州の天草・島原の農民ら3万7千人が蜂起、原城跡に籠城し12万の幕府軍と対峙した「島原の乱」を描く。

 あくまでも「小説」だが、10年以上にわたる実地取材を下敷きに、天草・島原の風景や農民・キリシタンらの生活を細やかに描写している。水俣病の実態を被害者である漁民らの視点でつづった名著「苦海浄土」と同様の手法が冴(さ)える。

 英雄・天草四郎をシンボルに「弾圧されたキリシタンの逆襲」という視点で描かれることが多い島原の乱だが、大凶作にもかかわらず過酷な年貢取り立てに走った領主・代官の圧政への恨みが積もり、滅亡したキリシタン大名の遺臣で、鉄砲の扱いに慣れた浪人らが多数加わったことで一揆がこれほどの大乱に発展したことがよく理解できる。

 「宗旨替えしたわけではないが、坊主といえども元は百姓」となぎなたを振るって奮闘した僧侶のエピソードや、反乱の過程で一部キリシタンが「異教徒せん滅」を叫んで寺社に放火したことなども冷静に描いている。一揆の多面的な様相が伝わってくる。

 歴史に「もしも」はないが、「徳川慶喜が錦の御旗にひるまず徹底抗戦していたら」「島原の乱にポルトガル船団が加勢していたら」と想像は尽きない。これこそが歴史探訪の楽しみだろう。

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なぜいま、反「薩長史観」本がブームなのか 150年目に「明治維新」の見直しが始まった 武田 鏡村
 「薩長=官軍=開明派」「旧幕府=賊軍=守旧派」という“刷り込み”

薩長の真実
●吉田松陰は松下村塾でテロリストを養成して、近隣諸国への侵略主義を唱えていた。
●高杉晋作は放火犯で、テロの実行を煽(あお)っていた。
●木戸孝允は、御所の襲撃と天皇の拉致計画を立てていた。
●初代内閣総理大臣の伊藤博文は殺人者で、放火犯であった。
●西郷隆盛は僧侶を殺めた殺人者で、武装テロ集団を指揮していた。
●西郷隆盛は平和的な政権移譲を否定して、武力討幕の謀略を実行した。
●三条実美(さねとみ)は天皇の勅許を偽造して、攘夷と討幕運動を煽っていた。
●薩摩と長州は何食わぬ顔で攘夷を放棄して、代わりに尊皇主義を旗印とした。
●岩倉具視は女官を使って孝明天皇に砒素(ひそ)を飲ませて毒殺させたとうわさされていた。
●大政奉還でなされた「慶応維新」は評価すべきものだったが、薩長による武力討幕の前に粉砕された。
●「討幕の密勅」といわれる天皇の宣旨(せんじ)は完全に偽造されたものである。
●坂本龍馬の暗殺は、薩摩の大久保利通らが指令を出していた可能性がある。
●西郷隆盛は「薩摩御用盗(ごようとう)」を指揮して江戸市中を騒擾させ、軍用金を強奪させた。
●鳥羽・伏見の戦いで掲げられた「錦の御旗」は偽造されたものであった。
●戊辰戦争は薩長によって強引に引き起こされたものであった。
●大村益次郎は上野にいた彰義隊を不意に砲撃し、「官軍」は戦死者の肉を食ったとうわさされた。
●「官軍」は国際法を無視して捕虜や負傷者を惨殺した。
●「官軍」は会津などで強奪と強姦の限りを繰り返していた。
●帝国陸軍に君臨した山県有朋は、越後長岡戦争では裸同然で敗走していた。
●明治維新がなければ日本は外国の植民地になっていたというのは完全なうそである。
 【コメント】


2017/11/26

ヒューレット・パッカード(HPE)がシンガポールのベンチャー企業支援 5年で150億円

ヒューレット・パッカード(HPE)がシンガポールのベンチャー企業支援 5年で150億円 
シンガポールのVB支援 HPE、5年で150億円
2017/5/10  nkを抜粋編集

 【シンガポール=菊池友美】ソフトウエアなど企業向けIT(情報技術)事業を手掛ける米ヒューレット・パッカード・エンタープライズ(HPE)はシンガポールの経済開発庁(EDB)と共同で、地元スタートアップのベンチャー企業向け支援プログラムを始める。同国で増える新興企業と提携して技術開発を進め、世界で商業化することを目指す。

 8日にシンガポールで開いたアジア太平洋地域・日本の事業統括本部の新社屋開所式で、スタートアップ支援事業「イノベートネクスト」の立ち上げを発表した。新社屋の投資額と合わせて、向こう5年間で1億4000万ドル(約158億円)を投じる。

 イノベートネクストでは地場の大学やIT企業と共同で有望なスタートアップ12社を選定し、支援する。HPEの持つエンジニアリングなどのノウハウを共有し、ITを使った金融業や製造業向けの新しいサービスの共同開発を進める。

 HPEはシンガポールを東南アジア域内の「イノベーションの中心地」と位置づけており、研究開発や新興企業との協業に最適な場所だとみている。シンガポールを拠点に、世界に通用するサービスや商品の開発を進める考えだ。

 東南アジアの他の国やインド、中東などに距離が近いシンガポールでは、海外市場を見据えた事業展開を目指すスタートアップが多く、協業機会を探る多国籍企業が増えている。昨年11月には中国の華為技術(ファーウェイ)がシンガポールで起業家育成プログラムを立ち上げた。同社にとって世界初の試みという。

2017/11/24

ラッフルズ・メディカル・グループ。シンガポールの民間医療サービス

ラッフルズ・メディカル・グループ。シンガポールの民間医療サービス
2017/11/20 nkを抜粋編集

 シンガポールの民間医療サービス大手で、中国、日本、ベトナム、カンボジアを加えたアジア5カ国13都市で病院・診療所を展開する。家族向けの診療や法人向け健康診断、伝統中国医学、空港での診療提供などサービスも幅広い。

 ホテルのような設備を備え海外から患者を誘致する「医療ツーリズム」に強みを持つ。シンガポールにある中核病院の患者の3分の1以上は外国人で、世界100カ国以上から訪れる。インドネシアやブルネイ、バングラデシュなど近隣国には駐在員事務所を設け、富裕層を勧誘する。

 ただ、近年は医療ツーリズムを強化するタイやマレーシアなどとの競争が激しくなり、成長が鈍化。2017年7~9月期の売上高は前年同期比0.3%増、純利益は1%増にとどまった。診療所の増加に伴う新規雇用などで人件費も増え、収益を圧迫する。

 活路を見いだすのが中国事業だ。既に開業済みの北京や南京、大連などに加え、18年後半に700床の大型病院を重慶に、19年後半には400床の病院を上海に開く。充実した設備や患者支援サービスの利点を訴え、生活水準の向上に伴って質の高い医療を求める中国人患者のニーズに応える。ルー・チュンヨン会長は「シンガポール市場に依存した企業から、アジア域内で多様な収益をあげる企業に変わりつつある」と強調する。

 国内でも銀行店舗、レストランと医療施設が同居する複合商業施設を手がけるなど、新たな成長戦略を探る。入院設備などを充実した中核病院の拡張工事も年内に終え、年間200万人超のグループの患者数をさらに増やす。(シンガポール=中野貴司)