2017/07/28

カブトムシで災害現場を操作。佐藤 裕崇


佐藤 裕崇(ヒロタカ、シンガポール南洋工科大学)の研究は、カブトムシにマイクロプロセッサを装着し、遠隔操作するもの。災害現場で生存者の捜索に役立つ可能性があります。


2017/07/27

【武蔵観研通信】221号:2017年7月27日

【武蔵観研通信】221号:2017年7月27日


★ 川越、埼玉


★ 観光
 
★ 健美医


★ 徳川コラム


★ 余滴
  〇 Brexit(ブレグジット、英国のEU離脱)は、ナシがいずれ正解に。【cf.】大前研一
  〇 日野原重明  没  105歳
75歳以上を新老人と呼んで、それから30年間を生き抜きました。
1991年、オウム真理教サリン事件が発生、日野原氏の聖路加国際病院が対処しました。

【武蔵観研通信】履歴       索 引   

2017/07/26

教育、学問のページ




・・・・・・・・・・・

経営大学院 留学生に活路

経営大学院 留学生に活路  日本人伸び悩み海外勢と争奪   
早大、2年で金融修士。慶大、初の英語コース
2017/7/26付  日経  を抜粋編集


 国内の経営大学院(ビジネススクール)が海外留学生の獲得に力を入れている。早稲田大学ビジネススクール(WBS)は2016年に英語で金融を専門に学ぶプログラムを開始。慶応義塾大学ビジネススクール(KBS)は数年内に同校初の英語プログラムを開設し留学生受け入れを始める。今後、日本人学生の増加が見込みにくいことから留学生に活路を求める。

 「ベンチャーキャピタル(VC)からの資金調達とエンジェル投資家からの調達では、どのような違いがあるだろう。考えを聞かせて」

 7月中旬、東京都新宿区のWBSで「ベンチャーキャピタルファイナンシング」の授業が開かれた。樋原伸彦准教授が質問を投げ掛けながら進める。言語は英語で出席する30~40人のほぼ全てが留学生だ。出身地はアジア、欧米など幅広い。

 この日の題材はインターネット関連ビジネスを手掛ける起業家の資金調達だ。具体的な登場人物や経緯、事業の背景などをまとめたケースと呼ばれる教材を使い、自分がこの起業家だったらどう意思決定するか議論しながら進行する。

 WBSは16年9月に金融分野に特化して理論や実践を学ぶ「MSc in Finance」を始めた。2年間でファイナンス修士の学位を取得できる。欧米やアジアのビジネススクールで広まっているプログラムだ。

 WBSは既に英語でビジネス全般を学ぶ経営学修士(MBA)プログラムを2種類提供している。さらに英語のプログラムを充実させる背景について浅羽茂研究科長は「スクールの魅力を高めないと国際競争を勝ち抜けない」と語る。

 アジア圏中心に日本を進学先として検討する外国人は多いが、近年は「中国や東南アジアのスクールが規模を拡大している。欧米校も仏INSEADなどがシンガポールにキャンパスを広げている」(浅羽研究科長)と危機感を募らせている。

 インド出身のアジス・プラサードさん(27)はMSc in Financeの1期生だ。日本で金融関係の職に就くことを希望し来日。「WBSは科目が豊富。ゲストスピーカーで来る企業人と人脈が作りやすいのも大きな魅力だ」と語る。

 プログラム新設もあり、WBSの17年4月の在籍留学生は160人と前年から2割増えた。11月には海外経営大学院の幹部らも含めた助言委員会を新設。世界のトレンドを授業改善に生かす。

対外発信にも力
 国内のビジネススクールは2000年代に増加し主要校で100程度まで増えた。だが、キャリアアップに直結しないなどの理由で日本人の入学希望者は伸び悩んでいるとされる。留学生獲得は規模を拡大し、良質な学生を確保することで世界と肩を並べる水準を保つのに不可欠だ。

 これまで日本語のMBAだけを手掛けてきたKBSは英語で学ぶMBAプログラムの検討を始めた。従来、交換留学生向けに提供していた英語科目を増やし、企業の本社や工場を訪問してじかに話を聞くフィールドワークなどと組み合わせる。

 経営管理研究科の河野宏和委員長は「日本の経営に強い関心を持つトップ人材を集めたい」と語る。留学生には日本型経営を研究するセンターへの所属を促して、研究成果を対外発信してもらう予定だ。

 もう一つの意図は日本人学生が留学生と交流する機会を増やすことだ。国境を越えたビジネスが広がるなか、日本人のグローバル化対応へのニーズは大きい。留学生と交流して、異文化理解が進むことを期待している。

 平日昼に学ぶ日本語プログラムの定員は約100人で、新設の英語プログラムは20~30人を予定している。

 海外に出向いて学生勧誘に力を入れるのがグロービス経営大学院だ。17年は海外での学生募集イベントに出展する数を、従来のほぼ倍の25都市に増やす。現地では模擬講義を含む独自セミナーも併せて開催。同校への来日を呼びかける。

 留学生主体の1年制MBAは約30人が所属するが、数年内に50人規模に拡大するのが目標だ。来日が難しい学生には英語のオンラインMBAの受講も呼びかけ、多様な学びでひき付ける。

ジュロンウエストに新屋台街、2017年10月開業

ジュロンウエストに新屋台街、2017年10月開業

シンガポールの国家環境庁(NEA)は24日、西部ジュロン・ウエスト地区に新設するホーカーセンター(屋台街)が10月に開業すると発表した。労働生産性の向上を目指し、新機軸を導入した施設となる。

新たなホーカーセンターは、ジュロン・ウエスト・ストリート61番地に立地。建物は2階建てで、料理を出す屋台34店舗、物販屋台14店舗が2階に入る。座席数は約500席。1階と地下は駐車場となる。

同センターでは、労働生産性の向上を図るため、RFID(非接触認証)技術を活用した自律走行式の食器回収機を導入。テーブルを回って利用者からトレーを受け取り、共同の食器洗い場まで運ぶ。これにより、担当スタッフは食器の回収に煩わされず、食器洗いに専念できるという。

また料理を出す屋台では、現金やキャッシュレスでの決済が可能なセルフ式支払機を設置。店員がお金のやりとりをしなくて済むようにする。

このほか手頃な価格の料理や健康的な料理の提供を保証するため、屋台には1人前の通常サイズで2.8Sドル(約228円)以下のベーシックな料理を2種類、健康的な料理を少なくとも2種類用意することが義務付けられる。

NEAは同センターの運営事業者に、カフェの運営などを手掛けるコウフ(Koufu)傘下のホーカー・マネジメントを指名。ホーカー・マネジメントは非営利ベースで運営を担う。

2017/07/25

無印良品 シンガポールに大規模店 東南アジアの成長期待

無印良品  シンガポールに大規模店 東南アジアの成長期待 
7月21日 NHK

衣料品や生活雑貨などを扱う「無印良品」を展開する「良品計画」が東南アジア最大となる店舗をオープンし、シンガポールに加え経済成長が続く周辺国の需要の取り込みを加速させる方針です。

21日にシンガポールにオープンした店舗は売り場面積がおよそ1640平方メートルと東南アジア最大で、「無印良品」を展開する「良品計画」の松崎曉社長など関係者が出店を祝いました。

店舗の前には開店前から長い列が作られ、訪れた人たちは文房具や衣類を買い求めたりシンガポールでも人気のソファーに腰をかけたりして、買い物を楽しんでいました。訪れた女性は「品質がよくて値段もそれほど高くはないので気に入っています」と話していました。

「良品計画」では海外展開を強化していて、今回の出店で海外の店舗数は423となり日本の店舗数を上回ることになります。シンガポールにはインドや中東から小売業界の関係者が視察に訪れることも多く、経済成長が続く周辺国への効果も期待しているということです。

松崎社長は「東南アジアは安定した成長がある市場で需要が見込める。今後は日本だけでなく、さらなる成長が予測される海外の展開も強化したい」と話していました。

シンガポール旗艦店「MUJI Plaza Singapura」   Eg
68 Orchard Road, #01-10 to 17, Plaza Singapura
10:00~22:00

タイの働き方改革 「Happy 8」に日本が学ぶべきものとは?

タイの働き方改革 「Happy 8」に日本が学ぶべきものとは? 
2017.07.23  LifeHacker

2003年に開発された、タイ政府による「働き方改革」がいま、注目を浴びています。職場での従業員の健康促進やQOL(クオリティ・オブ・ライフ)向上を目的として始まったHWP(Happy Workplace Program)がそれです。HはもともとHealthyを意味していましたが、「幸福感」が心身の健康に大きな影響を与えるとして、Happyを使うようになったようです。

社員の幸福感が業績を上げる

いまや4000以上のタイ企業が導入し、成果をあげているHWP。最初に導入した会社は意外にも日系企業の「ライオン・コーポレーション・タイランド」。日本ではお馴染み、ライオン株式会社のタイ現地法人です。HWP導入前(1997-2003)の年間成長率は5.1%でしたが、導入後(2004-2014)は10.8%と2倍以上になっています。

また、他のHWP導入企業においても、「欠勤率の下落」や「職務満足度の向上」などの成果が確認されており、離職率の低下にも大きな効果があると考えられています。

HWPは「Happy 8」と呼ばれる8つのコンセプトから構成されています。

1. Happy Body(心身ともに健康な体をつくる)

2. Happy Relax(リラックスする時間をもつ)

3. Happy Heart(親切心と思いやりをもつ)

4. Happy Soul(道徳心と信頼を培う)

5. Happy Brain(生涯学習を促進する)

6. Happy Money(適切なお金の管理方法を学ぶ)

7. Happy Family(社員の家族にとっても幸せな環境をつくる)

8. Happy Society(充実した社会の実現および周りの人をいたわる)


各企業ごとに取り組み方は異なりますが、以下、具体的な施策例を参考までに列挙してみます。

1. Happy Body(心身ともに健康な体をつくる)

会社内にジムやフットサル、ボクシング(サンドバッグ)などの施設を完備する

パーソナルトレーナーを常駐させ、利用者に専門的なアドバイスをする

社員食堂で提供する食事が無農薬野菜などの安心安全な食材を使っている


2. Happy Relax(リラックスする時間をもつ)

カラオケ、ビリヤード、卓球台などのアミューズメント設備を完備する

メディテーション(瞑想)ルームがある

マッサージが受けられる

ライブ演奏ができるステージがある


3. Happy Heart(親切心と思いやりをもつ)

・定期的に献血イベントがある

近隣の清掃活動を行う


4. Happy Soul(道徳心と信頼を培う)

・ 週一で僧侶に会社を訪問してもらい、従業員がお布施をする機会を提供する

※ タイは国民の9割以上が仏教徒。家の近所のお寺で托鉢をしたいが、時間がなくできない人が多くいるため。

お祈り部屋がある(イスラム教徒向け


5. Happy Brain(生涯学習を促進する)

社内図書館を充実させる

・社外から定期的にゲスト講師を招待する

英会話レッスンを提供する


6. Happy Money(適切なお金の管理方法を学ぶ)

株式投資の専門家によるレクチャーを行う

副収入を得る手段を教える

・稼ぎがなくなっても生きていけるように農業のやり方を教える


7. Happy Family(社員の家族にとっても幸せな環境をつくる)

授乳室や保育所、遊具がたくさんあるプレイルームを完備する

従業員の子どもを夏休み期間中に会社へ招き、サマーキャンプを開催する

従業員の子どもに対して奨学金を支給する(小学校から大学まで)


8. Happy Society(充実した社会の実現および周りの人をいたわる)

・フリーマーケットの収益を寄付するチャリティイベントを開催する

・従業員(特に高齢者)に対して、退職後の社会貢献のアイデアを提供する

さて、皆さんはどう感じられたでしょうか?

ジムやカラオケ、マッサージ、図書館、英会話・投資講座、老後のプランニング、献血、保育所、サマーキャンプ、等々。通常は会社外で提供されているサービスが、社内で受けられるように設計されており、会社が1つの小さな街のように、多くの機能を兼ね備えています。

HWPの開発者であるチャンウィット・ワサンタナラット氏は次のように述べています。

今の若い世代は、職場を仕事の場所としてだけではなく、生活の場としてもとらえています。職場は、仕事もするけれど、友達との接点であり、社会やコミュニティーとしての機能も果たす場所です。ワークプレイスではなくコミュニティープレイスに来て、たまたまアウトプットが仕事という形なんです。

コミュニティープレイスとなると、人間関係に関しても、仕事上だけのつながりではなく、他の各種アクティビティも一緒に経験しているので、上司・部下という感覚よりも、友達や家族といった感覚が強まります。結果として、愛社精神も高まり、離職率が下がる効果も出てきます。

日本の働き方改革は、職場(ワーク)とプライベート空間(ライフ)を分ける議論がメジャーです。長時間労働を是正する(職場の滞在時間を減らす)ため、残業禁止やプレミアムフライデーなどの制度を導入していますが、より短時間で成果をあげることが求められるので、よりストレスがかかる可能性も大きくあります。

タイ方式と日本方式、どちらがベターなのかという話をしたいわけではありません。ただ、HWPの8つのコンセプトのうち、日本の会社で足りていないことで、お金をかけずに導入でき、かつ効果も高いものは何だろうと考えてみると、Happy Relax(職場でリラックスする時間をもつ)ではないでしょうか。

喫煙者は喫煙ルームで、営業さんは外回り中にリラックスできたりもしますが、ノンスモーカー且つデスクワークがメインで、リモートワークもNGというワークスタイルの方の中には、常に上司に監視されているように感じてしまい、昼食・トイレ以外の離席は皆目できず、仕事が終わっていても上司や先輩が退社するまでは、気まずくて家路につけないという人も多くいると思います。

ただでさえ、通勤の満員電車がストレスになり、疲弊してしまっています。始業時刻から終業時刻までの9時間、ランチ・トイレ休憩以外の時間ももう少し肩の力を抜くことができる時間・環境が担保されていなければ能率も下がり、パフォーマンスも上がらないのではないでしょうか。

ちょっと近くの公園まで散歩したり、ハンモック(社内)で昼寝したり、メディテーションルームで瞑想したりが自由にできるような「リラクゼーション文化」が会社に生まれると、従業員の幸福感が高まり、ワークとライフのバランスが整っていくように思います。

長時間労働を規制し、ワークプレイスの滞在時間を減らすことも必要だと思いますが、ワークプレイスの快適性や自由度を高めることも効果的だと感じます。

永崎 裕麻(ながさき・ゆうま)

増える訪日観光客 「観光大国」日本を目指すために、できること

増える訪日観光客 「観光大国」日本を目指すために、できること 
2017.07.24   The liberty を抜粋編集


《本記事のポイント》
訪日観光客が年々増加している
観光業は、海外の人に日本の良さを知ってもらうチャンス
日本の観光業は、まだまだ発展の余地がある

観光庁は、2017年4~6月期の訪日外国人の旅行での消費額が1兆776億円となり、四半期では過去最高の消費額となったと報告した。

上半期の累計では、初めて2兆円を突破し、訪日外客数トップ5である中国、韓国、台湾、香港、米国の消費額が、全体の消費額の74%を占めた。

その中でも韓国や香港などの訪日外国人の消費額が、前年同期に比べ増加し、全体を押し上げた。

政府や企業、地方自治体が連携して日本観光のPRを行う「ビジット・ジャパン事業」が2003年に始まって以降、消費額だけでなく、訪日客数も増加し続けている。日本政府観光局が発表した6月の訪日客数は、前年同月比18.2パーセント増の234万6500人に上った。


訪日客に伝わる日本の素晴らしさ

観光業によって訪日客が増えることは、日本の価値観や素晴らしさを輸出するチャンスになる。

明治維新前、福沢諭吉らが咸臨丸に乗ってアメリカに行き、ショックを受けて帰ってきたように、普段、反日教育を受けている中国人にとっても、訪日が「ショック」を与え、日本人に対する価値観を変化させるきっかけになるのではないだろうか。

実際に、訪日した外国人留学生が、町にごみが落ちておらず清潔なことや、日本人の礼儀や時間を守る観念、他人の気持ちを思いやる心、つまり「おもてなし精神」に感動したという話は多い。日本の観光は、外国人がそういった日本の魅力を知り、日本に対する見方を変えるきっかけにもなる。


まだまだ観光業は発展できる

とはいえ、日本の外国人観光客数は、世界で16位、アジアで6位であり、第1位のフランスに比べれば、その数は6分の1に満たない(2015年度)。もう一段の工夫をすれば、まだまだ訪日する人の数を伸ばす余地はある。

例えば、その一つの方法は、インフラ整備である。

北海道大学特任教授の小磯修二氏は、本誌2016年11月号で、北海道新幹線の開通後、「新幹線に乗って観光してみたい」というニーズが生まれたと語っている。その上で、インフラの整った地方都市が、積極的に観光開発を行うことで、さらなる観光消費を期待できると指摘している。(参考URL: http://the-liberty.com/article.php?item_id=12246 )

また、現在はリニア新幹線の開発も進んでいる。リニアが日本全国を通るようになれば、新幹線よりも大幅に移動時間を短縮でき、交通機関の選択肢も増えるだろう。

もう一つの方法は、観光大国フランスのマーケティングを参考にすることだ。

フランスのホテルなどには、観光客の国別対応マニュアルが用意されている。「観光客に不親切」というフランスのイメージを覆そうと、観光協会が徹底的にリサーチし、つくったものだという。

その他にも、フランスのノルマンディー地方観光局などは、「日本人ツアー客は仲間と同じ広さ、デザインの部屋を好む」という観点から、ホテルの部屋を提供したり、「日本人は印象派絵画が好きな人が多い」ため、印象派フェスティバルの開催時期は、日本人の集客に力を入れている。

このように、国民性を研究し、それに合ったサービスを提供する工夫がなされている。

また、観光客が比較的少ない閑散期、フランスでは、食品や産業用機械、航空サービスなど、さまざまな業種の「見本市」を行い、世界各地からビジネス客を集めているという。ビジネスに訪れた客が家族と共に観光をしていくことで、結果的に、閑散期にも観光客の呼び込みにつながるというわけだ。

こうした努力や工夫次第で、日本が観光大国になる余地は、無限にあるのではないだろうか。(中)

「暑さ日本一は川越」 原因は?

「暑さ日本一は川越」 熊谷や多治見とココが違う 
首都大チームが観測 東京のヒートアイランド影響
2017/7/23付  日経を抜粋編集

【出所】日経
1  ヒートアイランドの熱風をもろに受ける
2  海の冷風が届かない


 毎年猛暑に襲われる日本では、どこが最も暑いのかを巡ってホットな争いが繰り広げられるほどだ。首都大学東京の研究チームの観測から、埼玉県川越市が日本一暑い可能性があることが分かった。東京で起きている都市部の気温が周囲より高くなる「ヒートアイランド現象」が特別な暑さをもたらしているという。


***
 「小江戸」と呼ばれる川越の市街地から北東に約5キロ離れた田んぼの真ん中にある川越市立芳野小学校(鴨田331)。「川越の中でもこの辺りの気温が一番高い」と語るのは研究チームを率いる三上岳彦同大名誉教授だ。教え子の大和広明・長野県環境保全研究所研究員とともに、7月上旬に現地を訪ねた。当日は快晴で気温36度。太陽がじりじりと照りつけ、汗がしたたり落ちた。

 チームは2006年、ボランティアの助けを借り、首都圏に独自の観測網「広域メトロス」を作った。小学校の百葉箱などに気温の自動測定器を置き、10分ごとの測定データを収集・分析する。観測点は約200カ所。気象庁が同地域で展開する気象観測システム「アメダス」より1桁多い。

 約10年に及ぶ研究の結果、観測範囲内で日本有数の暑い都市として知られる同県熊谷市よりも、川越の方が典型的な夏日に1~2度気温が高いことを突き止め、今年5月末に英気象学会誌に発表した。三上名誉教授は「測器は厳密に検定しており、精度は十分と考える」と胸を張る。

 気象庁は1974年、気温や雨量を自動観測するアメダスの運用を始めた。現在はほぼ21キロ間隔で日本列島を網羅する高密度の観測網だ。しかし残念なことに川越市にはアメダスがない。近隣の熊谷やさいたま市から10キロ以上離れた空白地帯になっている。

 日本の過去の最高気温トップは13年8月12日の高知県四万十市江川崎の41.0度だ。2位は07年8月16日の40.9度。熊谷と岐阜県多治見市で観測された。この日、広域メトロスでは、川越は41.6度だったという。三上名誉教授は「気象庁の観測点があれば、日本最高になっていたはずだ」と振り返る。

 ちなみに、アメダスがない市区町村でも気温の予報は出ている。これは気象庁の数値予報と呼ばれるシミュレーション結果から推定される情報だ。ただ予報はしても観測記録がないので、「宿題の答え合わせをしていない」状況がずっと続いている。

 研究チームは川越が暑くなる科学的な理由も考察した。主な要因は2つ。1つは東京湾や相模湾を北上する海風が東京のヒートアイランドに遮られ、約40キロ風下の川越に届く時刻が近隣よりも遅くなることだ。大和研究員は「1日のうち日射が最も厳しい午後1~3時ごろまで海風が来ないため、周辺より気温が上がる」と話す。

 もう1つは、ヒートアイランドで生じた上昇気流が下降して拡散するのが川越付近ということだ。気流は下降する際に加熱される性質があり、地上の気温上昇をもたらす。東京から約60キロ離れた熊谷には下降流が届かず、最高気温が川越に及ばないという。

 熊谷や群馬県館林市、多治見市などは主に、山地を越えてくる風が下降する際に気温が上がるフェーン現象の影響で暑くなる。一方、東京のヒートアイランドが川越に及ぼす影響の方が大きいというのが研究チームの見立てだ。それほど東京のビル街や交通が生み出す熱量は大きいということになる。

 広域メトロスの前身である「メトロス」は03年度に始まった。当時の石原慎太郎都知事が、都の環境政策でディーゼル粉じんの抑制と並ぶ柱として、ヒートアイランドの緩和を打ち出したのがきっかけだ。チームは都の委託を受け、ヒートアイランドの実態を探るために東京都内の約100カ所で観測してきた。

 都の事業が05年度で終了した後、研究チームは首都圏の大学の研究者たちの支援を受けて観測点を拡大。現在の広域メトロスは首都大の高橋日出男教授が代表となり、文部科学省の科学研究費補助金のもと、21年度まで観測が続くことが決まっている。

 気象庁の観測点がなくても最寄りのアメダスより暑い場所がほかにあってもおかしくない。川越を含め、もっと多くのアメダスを配置すればそれが見つかる可能性がある。しかし、気象庁の山口章吾地域気象観測係長は「防災や生活環境の観点から今の配置が最適と考えており、増やすことは考えていない」と話す。

 各地の暑さ自慢は、今や夏の風物詩の一つになった感がある。熱中症などに用心しながら、暑さと向き合っていきたい。

(池辺豊)

お寺とベンチャーが宿泊でコラボ 岐阜県高山市

お寺とベンチャーが宿泊でコラボ 岐阜県高山市
2017.07.14 民泊ニュース  抜粋編集

1
「お寺ステイ」を運営するシェアウィングは7月10日、岐阜県の高山善光寺を利用した「TEMPLE HOTEL 高山善光寺」をプレオープンした。社寺とベンチャー企業がコラボした新しい形態の宿泊スタイルで、インバウンド(訪日外国人)らの需要を見込む。

日本の歴史や文化の象徴・社寺を利用し、あらためて日本の魅力を伝える体験・滞在サービスになる。シェアウィングは、高山善光寺から運営支援業務の委託を受けて、サービスを展開していく。日本文化に強い関心を持つインバウンドにとって、神社仏閣への探求心が強い。実際に宿泊し、社寺での作業や所作などの体験をすることによって、満足度が高まる。まさに、体験型宿泊の典型的なサービスだ。

【TEMPLE HOTEL 高山善光寺の概要】
宿坊名称:TEMPLE HOTEL 高山善光寺
住  所:岐阜県高山市天満町4-3
宗  派:浄土宗
アクセス:JR東海・高山線の高山駅から徒歩7分
H   P :https://takayamazenkoji.jp/

高山善光寺はかつて、地域から親しまれるコミュニティだった。遠方からの参拝者のため、宿坊も併設。世界中から観光客が訪れる高山にとって、日本文化を体験できる貴重な宿としての役割を果たしてきた。しかし、近年は社会的背景などの変化によって、地域コミュニティとしての役割が希薄になっていた。そこで、シェアウィングによる宿坊再生プロジェクトの第1弾となった。

高山善光寺での宿泊は、心と体を鍛えることを意味する以下の「セルフクレンズ」をコンセプトに掲げている。

STAY①宿泊「SPACE」=立ち止まる時間
STAY②お寺・日本文化体験「CLEANSE」=清める(9月以降にサービス提供開始予定)
STAY③地域交流・文化発信・「MEET」=出会う、つながる、知る


日本人参拝客減少をよそに急増する外国人参拝客

最近の社寺の傾向は、檀家の高齢化や少子化の影響によって、参拝客の減少などの問題に直面している。その一方でインバウンドによる参拝者が急増している。特にインバウンドが強く関心を持っているのが、「朝のお勤め」や「座禅」。このため、寺の案内看板を外国語表記にするなど、外国人向けの瞑(めい)体験を実施する寺も増えている。

みずほ総合研究所がまとめた宿泊施設不足に関する調査報告書によるとオリンピックが東京で開催される2020年時点で関東6,400室、近畿20,000室が不足するとされ、シェアウィングでは宿坊で補うことも当面の目標にしている。

高山市はインバウンドの受け入れに積極的で、2016年に訪れた観光客は前年比約4%増の約450万人。インバウンドの宿泊数が26%増の46万人で、いずれも過去最高を記録した。アジア圏意外にも、フランス、スペイン、イスラエルからの観光客が多い。特に夏は欧州からの観光客の割合が高くなり、今回の高山善光寺がまさに「旬」を迎える時期といえる。

徳川家康 人も金もかけた豪奢な鷹狩りで健康維持

徳川家康 人も金もかけた豪奢な鷹狩りで健康維持
2017年07月13日   NEWSポストセブン  を抜粋編集

 日本の歴史を振り返れば、時の権力者たちは特権的な「養生」を行っていた。時代を彩った偉人の特権的な“裏ワザ健康法”を紹介しよう。

 健康マニアとして特筆すべきは、江戸幕府260年の礎を築いた徳川家康(享年73)だ。多くの肖像画に描かれるとおり恰幅のよい体形(腹回りは120cmもあったという)で完全なメタボ体型だったが、若いころは剣術、弓術、馬術を極めたバリバリの“体育会系”だった。そうして鍛えた丈夫な体に過信することなく、実に多くの健康法を実践している。

 食へのこだわりは尋常でなく、季節の外れたものや冷たいものは絶対に口にしなかった。織田信長から贈られた桃を「季節外れ」を理由に食べなかったというから筋金入りだ。戦場で食べる保存食の干し飯(ほしいい・炊いたコメを乾燥させたもの)は、真夏でも必ず焼いて食べたという。

 そんな家康が異様なほどの情熱で取り組んだのが「鷹狩り」だ。

『日本史偉人「健康長寿法」』の著書がある作家の森村宗冬氏によると、家康が家臣に鷹狩りの効用について次のように述べた記録が残っているという。

「これは単なる遊びではない。遠く郊外に出かけるから、民衆の生活ぶりがつかめる。それ以上に運動になる。朝早起きして走り回るから、夜もぐっすりと眠れる。眠ってしまえば、男女の交わりからも遠くなり、おかげでむやみに精力を消耗することもない」

 森村氏が解説する。

鷹狩りの目的としては領内視察のほか、軍事演習の意味合いも大きかったでしょう。将軍職を秀忠に譲り駿府に隠居した後も、大坂城には豊臣秀頼がおり、徳川政権はまだ完全に安泰ではなかった。鷹狩りは軍事演習を兼ねた健康法だったわけです」

 一般に鷹狩りは特権階級の娯楽や権威の象徴だった。家康ともなれば、相当な人員、費用をかけたと思われる。乱世の覇者らしい、なんとも豪奢な健康法だ。

※SAPIO2017年8月号

2017/07/22

外国人観光客を地方に呼び込む工夫を

外国人観光客を地方に呼び込む工夫を
2017/7/22付 日経 を抜粋編集

 2017年上半期の訪日外国人が前年同期比17.4%増の1375万人となり、過去最高を更新した。2020年に年間4000万人を受け入れるという政府の掲げた目標も、現実味を帯びてきている。

 一方で4~6月期の訪日客1人あたり消費額は6.7%減った。京都など有名観光地の混雑や大都市でのホテル不足など、観光客急増による問題も起こっている。世界でも有数の観光大国となるには、一段の工夫が求められる。

 今後のカギは地方への誘客だ。日本を再訪する個人客には、欧米からの旅行者を中心に、買い物だけでなく自然や生活文化を体験したいという人も多い。地方は格好の舞台となりうる。外国人が大都市圏以外の地域でも旅をしやすいよう、環境を整えるべきだ。

 まずは交通手段の整備だ。地方空港に到着後、街に入る手段はわかりやすいか。観光地から観光地へと無駄なく移動できるか。自治体などの枠を超え、外国人の視点で改めて点検したい。

 兵庫県では15年、姫路城のある姫路市と城崎温泉のある豊岡市を結ぶバスが運行を始めた。大阪などの大都市を経由せず、効率よく日本文化を体験できるルートとして人気だという。

 バスやタクシーの用意が難しければ、一般人がマイカーで客を運べるライドシェア(相乗り)の導入を考えたい。海外では普及しており、旅慣れた外国人には喜ばれる。公共交通のない地域を訪れる外国人も増えるはずだ。

 個人宅などに旅行者を泊める民泊も、日本人とふれあい、生活文化を体験したい外国人を地方に呼ぶ有力な手段となる。民泊仲介大手の米エアビーアンドビーは一般家庭をはじめ古民家や元校舎など、通常のホテルや旅館とは異なる個性的な宿泊施設を外国人向けに紹介し、利用者を伸ばしている。

 地元の祭り、伝統工芸品の制作現場など、外国語で情報発信し見学や体験の仕組みを設ければ、外国人を呼べそうな地域資源は多い。企画作りにたけた人を外部から招き、地元の人々が協力すれば名所巡りに飽き足りない観光客を引きつけることは十分可能だ。

 民泊法の成立、外国語での有償ガイドの自由化国家戦略特区でのライドシェア解禁など、観光振興に役立つ規制緩和が進みつつある。自治体などはこうした変化を生かし、訪日客の増加を地域おこしや文化交流につなげたい。

日本企業は移民や女性の活用を

人手不足深刻な日本企業 移民や女性の活用を  オランダ人材サービス社
2017/7/8付 日経  を抜粋編集

 人手不足が深刻化する中で長時間労働を是正する難しい課題に日本企業が向き合っている。労働力人口は減り、人材を確保する環境は厳しい。日本の労働市場は海外の専門家にどう映るのか。オランダの人材サービス世界2位、ランスタッド・ホールディングのジャック・ファン・デン・ブルック最高経営責任者(CEO)に聞いた。


 「人口動態を見ても少子高齢化により労働力が低下している。日本は特に減少の進行が早く、非常に深刻だ。教育水準が高い女性の活用が足りず、移民の受け入れも少ない。長寿命であることを考えると退職の年齢も早すぎると見ている」

 「オーストラリアやカナダは労働力全体の一定割合を移民で構成しようとミドルからハイレベルの人材を受け入れている。日本にも良い政策だろう。女性が仕事を始める障壁を下げることも必要だ。収入による扶養の範囲など制度を整えるのは比較的容易ではないか。20年後の日本を見据えたシナリオをもって取り組む必要がある」

 ――日本の終身雇用をどう見ていますか。

 「企業が40年間の雇用を約束するのは難しい。日本の若年層は入社した会社で一生勤めようという人ばかりではない」

 「欧州では会社に帰属せず仕事があれば受けるフリーランスの活用が進んでいる。オランダでは1割強の労働者が個人事業主のような働き方をしており英国では2割弱が在宅勤務をしている。企業は多様な働き方の機会を提供できれば能力の高い人を惹きつけられる」

 ――日本での人材サービスの需要は。

 「良い人材の採用が難しい『売り手市場』になった。ランスタッドは欧州で採用活動を受託している。米国では在籍者のスキルアップや優秀な外国人の招請に人材サービス会社を活用するのが一般的で、日本でもニーズが出始めている」

(聞き手は岩野孝祐)

2017/07/21

案内図記号、コンビニなどを追加 

案内図記号、コンビニなどを追加 :無線LAN無線、充電コーナー、自動販売機、コンビニ

案内図記号、コンビニなど15種類を追加 経産省
2017/7/20 nk を抜粋編集

 経済産業省は20日、訪日外国人も一目で分かるように、コンビニエンスストアや自動販売機などの案内用の図記号を15種類追加したと発表した。すでにある温泉マークなどの7種類は図柄を変更した。2020年に開催する東京五輪・パラリンピックを見据えて新たな図記号への移行を促す。

 追加した15種類のうちコンビニはサンドイッチとペットボトル飲料の図柄を採用。無線LANや海外発行カード対応のATMなど多くの訪日客の利用が見込まれる図記号も加えた。

 変更した7種類の図記号は19年7月中旬までの移行期間を設ける。駐車場や手荷物の受取所などは図記号に人などを加えてより分かりやすくした。温泉マークは湯けむりを描いた現在のものと、入浴中の人を描いた新たなデザインを選べるようにした。

2017/07/20

スティーブ・ジョブズ:禅でスマホをシンプルに

スティーブ・ジョブズ:禅でスマホをシンプルに

曹洞宗の開祖・道元は、ただ坐禅をするだけでいいというきわめてシンプルな教えを説いています。「只管打坐(しかんたざ)」です。 ジョブズは、青年時代から曹洞宗と接していました。断捨離の心が入っています。 スマートフォンを、シンプルに美しくつくりあげました。 スタンフォード大卒業生へ贈る言葉、「貪欲であれ。愚直であれ。Stay hungry, stay foolish」は、曹洞宗の「宝鏡三昧」の言葉です。 ジョブズのスタンフォード大スピーチ


img_15e6d5d0e654e36643e3c072d2b9a5fd14038.jpg
ジョブズの黒いタートルネックは、曹洞宗の作務衣(さむえ)
(写真=時事通信)

2017/07/19

ラジオ体操 各種方言

ラジオ体操 各種方言:愛知・三河弁   青森・津軽弁   秋田弁   茨木弁   岩手弁     大阪弁   沖縄弁 鹿児島弁    鹿児島・都城弁   京都弁   佐賀弁   土佐弁   博多弁   広島弁

Rajio Exercise No 1

Rajio Exercise No 2 

ラジオ体操 第1

ラジオ体操 各種方言:
愛知・三河弁  
青森・津軽弁  
秋田弁  
茨木弁  
岩手弁    
大阪弁  
沖縄弁
鹿児島弁   鹿児島・都城弁  
京都弁  
佐賀弁  
土佐弁  
博多弁  
広島弁  


ラジオ体操は、美容・筋肉維持に効果 

・・・・・・・・・・・

広がるラジオ体操の輪。川越・喜多院の場合 

2017/07/14

外国人が心底ガッカリする「日本の旅館事情」。アトキンソン

外国人が心底ガッカリする「日本の旅館事情」
「5つの大問題」が外国人を遠ざけている

デービッド・アトキンソン :小西美術工藝社社長 2017年07月14日
一覧コメント250「外国人が心底ガッカリする「日本の旅館事情」 「5つの大問題」が外国人を遠ざけている


右肩上がりで成長を続け、何の問題もないかに見える日本の観光が、実はまだまだ多くの改善点や「伸び代」に満ちあふれている。そのことをわかっていただくための具体的な例として、前回、日本には「5つ星ホテル」が28軒しかないという問題を指摘させていただきました。

外国人観光客が年間2900万人訪れ、観光収入でも世界第6位につけているタイには「5つ星ホテル」が110軒あります。年間3200万人訪れているメキシコでも93軒。実際、139カ国を対象に分析すると、観光収入と高級ホテルの数との間には91.1%の相関があることがわかりました。

それをふまえると、日本の観光が「金持ちの客から稼ぐ」ことを重視してこなかったのは明らかです。だから日本は、観光客1人あたりの消費額が世界第46位と、かなり低いのです。

この記事は非常に多くの方に読んでいただいたようで、コメント欄にもさまざまな意見が寄せられました。このテーマが日本の観光戦略を考えていくうえで、非常に大事な議論だということを改めて感じました。

そのコメントのなかに、「5つ星ホテルはなくても、高級旅館があるからそちらに泊まればいいのでは」という主旨のものがありました。

「5つ星ホテル」のようなサービスをありがたがるのは海外の価値観に過ぎず、日本にはそぐわない。日本文化を体験しようとやってきているのなら「旅館」に泊まるのが筋であると言いたいのでしょうか。だとすれば、それは「郷に入れば郷に従え」ということで、かなり「日本人目線」です。

しかしそれをいったん脇に置き、外国人の立場から言わせていただくと、日本の「旅館」には、外国人が泊まるには多くの「ハードル」が存在するのです。

外国人が心底ガッカリする「日本の旅館事情」
「5つの大問題」が外国人を遠ざけている


右肩上がりで成長を続け、何の問題もないかに見える日本の観光が、実はまだまだ多くの改善点や「伸び代」に満ちあふれている。そのことをわかっていただくための具体的な例として、前回、日本には「5つ星ホテル」が28軒しかないという問題を指摘させていただきました。

外国人観光客が年間2900万人訪れ、観光収入でも世界第6位につけているタイには「5つ星ホテル」が110軒あります。年間3200万人訪れているメキシコでも93軒。実際、139カ国を対象に分析すると、観光収入と高級ホテルの数との間には91.1%の相関があることがわかりました。

それをふまえると、日本の観光が「金持ちの客から稼ぐ」ことを重視してこなかったのは明らかです。だから日本は、観光客1人あたりの消費額が世界第46位と、かなり低いのです。

この記事は非常に多くの方に読んでいただいたようで、コメント欄にもさまざまな意見が寄せられました。このテーマが日本の観光戦略を考えていくうえで、非常に大事な議論だということを改めて感じました。

そのコメントのなかに、「5つ星ホテルはなくても、高級旅館があるからそちらに泊まればいいのでは」という主旨のものがありました。

「5つ星ホテル」のようなサービスをありがたがるのは海外の価値観に過ぎず、日本にはそぐわない。日本文化を体験しようとやってきているのなら「旅館」に泊まるのが筋であると言いたいのでしょうか。だとすれば、それは「郷に入れば郷に従え」ということで、かなり「日本人目線」です。

しかしそれをいったん脇に置き、外国人の立場から言わせていただくと、日本の「旅館」には、外国人が泊まるには多くの「ハードル」が存在するのです。


滞在中ずっと日本の旅館に泊まるという選択は、外国人にとっていろいろな点でハードルが高いと言わざるをえません。まして、普段「5つ星ホテル」に宿泊するような富裕層であればなおさらです。

それにくわえて、多くの方たちが主張する「旅館が伝統的な日本文化」という考え方にも疑問を感じます。いまのような「日本旅館」のスタイルは、戦後に人口が右肩あがりで増え、観光が大衆レジャー化していくなかで確立されました。新著『世界一訪れたい日本のつくりかた』のなかでも指摘している、いわゆる「昭和の観光業」です。

昭和時代の日本人観光客と、遠く離れた国から十数時間かけて訪日する、文化も価値観も異なる外国人観光客をいっしょくたにしてしまうのは、かなり乱暴な「おもてなし」ではないでしょうか。

旅館が抱える「5つの大問題」

そこで今回は、「日本旅館」が訪日外国人観光客の受け皿になりづらい理由として、5つの問題点を指摘させていただこうと思います。

問題点1:長期滞在に不向き
これからの日本がとるべき観光戦略を考えた際、「観光客数」よりも「観光収入」を重視していくべき、つまり「量より質」をとるべきだということは、かねてからお伝えしているとおりです。そこでカギになるのは「長期滞在」だというのは言うまでもありません。

1カ所に長く留まって、その周辺でさまざまな観光、飲食、ショッピングにおカネを落としてもらうのが理想的な稼ぎ方です。事実、外国人観光客の平均滞在日数は約10日間。アジア地域からの観光客を除くともっと延びて、約14日間になります。

そのような「長期滞在」戦略をふまえて、あらためて「旅館」がその受け皿になるか考えてみてください。

夕飯に出てくる豪華なコース料理も1日、2日なら新鮮で喜ばれるかもしれませんが、10日間食べ続けるのはかなりハードルが高いです。せっかく異国にきたのだから、さまざまな料理を食べてみたいと思うのは当然です。

日本人でも、同じ旅館に10日間泊まれと言われたら、多くの方が断ると思います。それは外国人ならなおさらです。「旅館を変えればいい」という意見もあるかもしれませんが、たとえ別の旅館だったとしても、10日間連続で旅館に泊まるのは、やはり厳しいのではないでしょうか。


問題点2:ファミリー層に不向き
日本の旅館が家族旅行に向いているというのは、あくまで1~2泊しかしない日本人の話であって、残念ながら外国人にはあてはまりません。

そもそも、家族が同じ部屋で宿泊するという文化のない国もあります。1泊くらいならば「これが日本の文化か」と布団をしいて川の字になって寝ることを体験しても、それを2週間も続けようとは思いません。

また、日本の「旅館」は宿泊費に食事が含まれていることが多く、なかには料理がメインになっているところもありますので、非常にコストがかかります。それほど食事をとらない小さな子供がいるようなファミリーの場合、ホテルよりもかなり割高になってしまうのです。

さらに一部屋いくらではなく、同じ部屋でも人数分の宿泊料を取られますので、家族連れにとって2週間分のコストはまったく割に合わないのです。

旅館の「常識」は世界の「非常識」

問題点3:ルームサービスが不十分
外国人が日本に10日間滞在するとなると当然、衣類などを洗濯しなくてはいけません。しかし、そのようなルームサービスを行っている「旅館」は少ないです。ほとんどが、地図を書いて近所のコインランドリーを教えるという対応でしょう。

「貧乏旅行」を楽しむバックパッカーならばそれでも問題ありませんが、限られた時間のなかでできるかぎり日本を堪能しようとしている外国人観光客に対する「おもてなし」としては、気のきいた対応とは言えません。

また、長いフライトを経て来るわけですから「時差ボケ」でなかなか眠りにつけないこともあります。夜中になにか食べたいという要望に応えられるルームサービスを行っている旅館も少ないのではないでしょうか。

問題点4:「夜のエンターテインメント」がない
日本の旅館のフロントは、10時くらいになると人がいなくなってしまいます。「門限」が決められている旅館も少なくありません。部屋には仲居さんがやってきて、布団をしいてしまいます。お隣のお客さんもいますので、静かにしなくてはいけません。

そう、完全に「おやすみなさいモード」なのです。

外国人観光客からすれば、これも1日くらいであれば「これが日本の旅館か」という体験になりますが、10日間もこれを続けるのはさすがに「酷」であると言わざるをえません。


みなさんも自分に置き換えて考えていただきたいのですが、かなりの費用をかけて航空券や旅行代金を支払い、時間を捻出して遊びに来た海外のホテルで、夜になったら強制的に寝るように勧められたらどうでしょうか。

大きなお世話だと思うのではないでしょうか。

せっかく遊びにきたのですから、その国のナイトライフを最大限楽しみたいと思うのは当然です。訪日外国人観光客もしかりで、日本の夜を最大限に満喫したいのです。そのようなニーズに「旅館」がどれだけ応えられるのか、私には大いに疑問です。

問題点5:老朽化が目立つところも
最後の大きな問題は設備です。特に地方の旅館の設備は、残念ながら遠い異国からやってきた観光客をもてなすのに十分とは言えません。

実は私も、自身が社長をつとめる「小西美術工藝社」の出張や観光関係の視察で、地方の旅館をよく利用しています。文化財に携わっている職業柄、どうしても建物の傷み具合などを確認してしまうのですが、悲しくなるくらい老朽化してしまっているところが多くあります。

壁紙が剝がれている、水回りや浴室が古い、しばらく畳を替えた形跡がない……例をあげればきりがありません。

みなさんが観光に訪れた国で「この国の観光の発展のためですから、こちらのメンテナンスができていない部屋で我慢してください」と言われたらどうでしょうか。「2度と来るか」と落胆するのではないでしょうか。

そもそも、今のスタイルは「日本文化」なのか

ここまで、「旅館」がなぜ訪日外国人観光客の主な受け皿として不適切なのかを指摘させていただきました。このような話をすると、「日本の文化にケチをつけるなら来なくていい」と、建設的とは言いがたい議論になってしまうことがたびたびあります。

ただ、「旅館」に関して言わせていただくと、「そもそも日本文化なのか」という大きな問題もあります。

鬼怒川温泉、箱根、熱海などにある宴会場をそなえた大型観光旅館は、企業の慰安旅行や、町内会の親睦旅行などの「団体旅行」を対象に発展してきました。

団体でバスに乗り込んでみな同じような観光をするので、食事も同じ、部屋もみな同じ。滞在するのはほぼ1泊か2泊なので、布団をしけるだけの狭い部屋をたくさんつくったほうが効率良く稼げるのは言うまでもないでしょう。

では、このような「団体旅行」が、江戸時代などから続く日本の伝統的な観光のスタイルかというと、決してそうではありません。


たとえば、いまは多くが取り壊され、大型ホテル風の建物に変わってしまっていますが、明治期の文学作品などを読んでいただければわかるとおり、当時は長期滞在をすることもよくありました。

つまり、多くの方が「日本文化だ」と信じている「旅館」のスタイルは、実は戦後、人口が急激に増えたことによってポピュラーになった「団体旅行」をさばくために発展したものにすぎないのです。

実際、昭和時代に造られた大型の旅館は、つぶれてしまったところも多くあります。これからは、よりコンパクトで環境に配慮したものに変えていくべきでしょう。東京は1990年代から大再開発されていますが、観光の盛り上がりを受け、これからは地方の大再開発が活発になると思われます。

そもそも「5つ星ホテル」の基準とは?

時代に合わせて「旅館」というスタイルが生み出されたのなら、訪日外国人観光客が2400万人を突破したいまの日本社会にマッチする宿泊インフラが求められるのも当然でしょう。

このようなお話をしても「日本の旅館やホテルは施設の質が高いから、新しい5つ星ホテルなどいらない」と主張される方もいます。

このような方の意見を聞くと、もしかしたら「5つ星ホテル」というものの定義自体が、まだ日本国内では十分に理解されていないのではないかと感じます。

英国政府観光局によると、「3つ星ホテル」と「4つ星ホテル」と「5つ星ホテル」の決定的な違いは、設備の豪華さなどの「ハード面」ではなく、サービスに代表される「ソフト面」、つまり「スタッフの質」です。

「3つ星ホテル」は、一般のホテルよりもややルームサービスの選択の幅が広いものの、限定的。「4つ星ホテル」はスタッフの経験が豊富で、客の細かい要望に応える。そして「5つ星ホテル」になると、滞在中の「すべて」の要望にしっかりと応える。

「すべて」ですから、館内にいるときに丁寧な対応をするだけではありません。

ビジネスパーソンであればイベントの企画なども手伝います。観光客ならば、どこへ行ってどのように観光をすれば最大の満足が得られるのかといったコーディネートから、ガイドブックに掲載されていない隠れ的なレストランの紹介や予約など、そこに宿泊している間のすべての面倒事を解決してくれるのです。


このようなサービスを提供するため、一般的には「1つの部屋に2~4人のスタッフが必要」と言われているのです。

さて、それをふまえて日本の「旅館」を考えてみてください。はたしてそのようなサービスを提供できていると言えるでしょうか。

宿泊施設の日本人スタッフには、もっと高い給料を

もうひとつ「5つ星ホテル」に否定的な意見として、「日本は土地が狭くて給料が高いので、そんな高級ホテルをつくっても収益をあげられない」という主張がありますが、これは事実ではありません。

欧州には日本より土地が狭く、給料が高い国はいくらでもありますが、「5つ星ホテル」は日本よりも多く、きちんと運営されています。

日本では考えられないほど高い宿泊料でも泊まる富裕層がいるので、働いている人たちも、格安ホテルで働く人たちよりはるかに高い給料をもらっています。

よその国が当たり前にできていることを、優秀な日本のホテルマンたちができないとは、私はとても思えません。

まだ整備されていない「5つ星ホテル」をつくって、海外の富裕層にも満足してもらえるサービスを提供して、そのサービスの高さなりの宿泊料をもらって、ホテルマンたちが今よりも高い給料をもらう。これがなぜ悪いのでしょうか。

私は日本の「旅館」を否定しているわけではありません。観光は「多様性」が命ですので、外国人観光客のなかには、「日本の旅館は最高だ」という人もいるでしょう(そういう人でも、2週間も泊まるのは無理だと思いますが)。

ただ、時代も客も変わってきているなかで、新しいサービスが整備されていくのは当然です。「旅館」という昭和のスタイルですべてに対応するのは、やはり無理があるのではないでしょうか。

今のマニュアル化された「旅館」というスタイルを見直し、日本の人口が1億人になる前の時代には存在した「日本の魅力」を再発見して、今の時代にも多少合わせた形に変える時期にさしかかっているのではないでしょうか。

読者コメント   抜粋

  • 異業種から参入しないと、そこまでの変化は難しいかも。
  • リスク承知で設備を大改装しサービスも大変革させるか、現状のブラッシュアップでいくか。
  • 日本の観光業は圧倒的に投資が足りていない。
  • まず英語でのサービスが貧弱。これは旅館のスタッフについてだけでなく、ウェブサイトの情報量についても言えます。
  • 日本の高級旅館は、自分たちの思う「おもてなし」の一方的な押し付けだね。
  • 都市部でヘリポートのあるホテルは日本に何件あるでしょうか?(これは発展途上国の高級ホテルでは良くある事。) 
  • それよりWifiがないほうが辛い。
  • 英語での説明が足りないので、英語と母国語しかできない家族を連れて行くと、結局自分が通訳しなければならない。
  • 画一的でイマイチ不親切なマニュアルサービスや、紋切り型の高い料理を毎日強制的に食わされる事や、料理を断った所で料理代が引かれる訳ではない点や、夜間のアクセスが不親切な点や、料金が部屋ごとではなく1人いくらである点などを、この人は批判している訳で。そこは実に的を射た指摘だと思うよ
  • 僕の外国人の友人はアジア人から欧米人ほぼ全ての人が日本の旅館のサービスには文句言ってる。一度はいい経験だけど二度とは泊まりたくないって。サービスと料金が全く見合わないって。料理も色んな国の人のこと全く考えてないし。ベジタリアン料理なんか他の国だと当たり前のようにあるのに日本の高級旅館ではないし。お酒をバーとか居酒屋とかで飲みたくても、変なカラオケパブみたいのしかなかったりするし。
  • 旅館は旅館のまま綺麗に整備しよう。更に外国人が気兼ねなく連泊できるようなホテルを新設しよう。従業員を育ててサービスの質を上げよう。
  • 流石東照宮を直した会社の社長なだけはある。小西工芸の職人さんが非正規雇用だったのを正規雇用にして経営も見直して黒字にした人だっけ?この人。趣味は茶道らしいし。着眼点が日本人では気付きにくい所に注視してくれているのを、「嫌ならくるな」って酷い・・・・・・。
  • しかし今就活中ですが、ホテル従業員の待遇は酷い。月16万~年間休日100日以下、酷いと70~80日台もあります。夜勤有りでこんなんじゃいい人材が集まるわけない。せめて年間休日115~とかにしないと。
  • 旅館は食事が終わると布団をひきにくる。邪魔で仕方ない
  • スタッフに対しての相応の給料という話は全面的に支持する。この業界だけでなく全ての分野に対して言えることだが日本は労働に対しての対価が総じて低過ぎて人が育たないという状況に陥っている。
  • 日本を褒めてる意見ばかりを集めたテレビ番組やネットのサイトだけ見て「あーやっぱり日本サイコー」なんて精神的勝利に浸ってる間に、中国どころか韓国にも見下される三流国家に転落してくぞ。
  • いい文章ですね。的を得ていて楽しめました。私はまだ日本は鎖国してると感じています。めちゃくちゃ洗脳されて思考停止しているので柔軟な考えに対応できないということです。みなさん働きづめで休みが少ないのも影響してると思います。
  • ホーカーセンターとは屋台村のこと

    ホーカーセンター(Hawker center)とは、飲食店の屋台村のことです。hawker とは 屋台の行商人のことです。
    1CBD7F961-A9F7-4465-BD48-76F1D9424D03.JPG
     ニュートン・サーカス。2017
    ニュートン・サーカスは、最も有名なホーカーセンターです。
    90軒の屋台が入っています。
    席数も1500以上あります。
    ニュートン駅の近くにあります。

    中華料理、インド料理、マレーシア料理、タイ料理、西洋料理などのローカルフードを楽しむことができます。

    現在では、ショッピングモール内のフードコートにもなっています。

    衛生面に関しては厳しく規制され、衛生基準のステッカーが店舗に貼られています。

    ニュートンサーカスの他に、ラオパサ、マックスウェルホーカーセンターが有名です。


    ◎ ラクサー 【pic】あり

    ◎ シンガポールの多様性 人種 中国 マレーシア インド 外国人

    ◎ チャンギー空港は

    ランキング

    タクシー  種類


    ◎ アセアンの平均年齢は20歳代 5p


    ◎ シンガポール地図

    ◎ 国際的なシンガポール


    人種

    食事

    地理  インド  東南アジアの中心  都市名

    ◎ アセアンは、中国・日本の両びいき

    ◎ アセアン6億のハブ都市、首都のシンガポールす。

    世界最大の成長エンジンであるアジア

    ◎ 蚊がいない、花粉症のないシンガポール。 蚊がいません。



    ああ

    ◎ 安心安全なシンガポール


    地下鉄

    交通マナー

    ◎ 食事が多彩なシンガポール


    料理の名

    安い

    ホーカー

    (これから)英語が生活語のシンガポール

    【pic】多く




    生き残り策として

    リー・クアンユー

    かつては  漢語 を
    * シンガポールの中国方言

    2017/07/13

    孫正義氏を変えたロケット・ササキ

    孫正義氏を変えたロケット・ササキ
    2017/7/3 nk を抜粋編集


     2017年5月20日、サウジアラビアの地元メディアが流したワンシーンは、日米の外交関係者や経済人に衝撃を与えた。

     サウジの首都リヤドにある宮殿。豪壮なじゅうたんと白い壁に囲まれた大広間の真ん中に米大統領のトランプとサウジ国王のサルマンが腰掛けている。両サイドの壁際には民族衣装のサウジ政府高官と、米国から訪問した関係者がそれぞれ分かれて陣取る。

     米国側から歩み出たのが、ソフトバンクグループ社長の孫正義だった。国王の前に歩み出ると、サウジ政府高官と書簡を交わして握手した。その様子を見守るトランプが満面の笑顔でなにやら声をかけている。孫との蜜月関係を物語るのに十分な映像だった。

     孫がサウジを口説き落として立ち上げた10兆円ファンドのための合意文書交換セレモニーだが、米国とサウジの首脳会談の席上に日本企業のトップが同席するのは異例だ。

     今では世界中で「会えない人物はいない」ともいわれる孫。その人脈を築く原点は、ある人物との出会いだった。

    ■「この若者は私が保証します」

     2014年4月28日、孫をはじめソフトバンク幹部が東京・元赤坂のレストラン「東洋軒」に集まった。一堂が出迎えたのはこの年、数えで100歳となる男だった。

     佐々木正。かつてシャープ副社長としてカシオ計算機との「電卓戦争」を指揮しロケット・ササキの異名で知られる。この日は孫が主催した佐々木の「百寿を祝う会」だった。挨拶に立った孫が語りかけた。

     「もしバークレーの一学生の僕が佐々木先生に巡りあっていなかったら、ここにいるソフトバンクの幹部は誰もいません。感無量です」。色紙を取り出し筆を走らせる。「すべては先生との出会いから始まりました。ありがとうございます」。自ら書き込んだ感謝の言葉を読み上げると、孫の目から涙がこぼれた。

     孫が佐々木と出会ったのは21歳の夏だった。米カリフォルニア大学バークレー校の学生だった孫は、夏休みを利用して一時帰国し、同大学の教授陣と開発した電子翻訳機を売って回った。結果は散々。だが最後に面会にこぎつけた佐々木が、熱意に打たれて契約に同意した。孫に起業のきっかけを与えた佐々木のことを、孫は今も「僕にとっては仏様のような恩人」と話す。

     孫は帰国して1981年に日本ソフトバンク(当時)を創設したが、すぐに資金繰りに窮した。孫は第一勧業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)に1億円の無担保融資を願い出たが、実績がないため渋られた。それを聞いた佐々木は旧知の第一勧銀役員に電話を入れた。

     「孫正義という若者は私が保証します。私からも融資をお願いしたい。私の退職金と自宅を担保にしていただいてもかまいません」

     この電話が孫の未来を開いた。



    ■「同志的結合」という言葉

     日本ソフトバンクは創業から5年、また危機に直面する。1986年のことだ。20人ほどの幹部陣が離反して日本ソフトバンクのコピー会社をつくったのだった。顧客データをそっくりそのまま持って行かれて売り上げが激減した。これまであまり語られたことのない事実だ。

     「裏切り者」。自らのもとを去った者たちをののしる孫に、佐々木が語りかけた。

     「孫君ね、世の中には色々な結合があるだろ。人と人をつなぐ結合だ。その中でも同志的結合に勝る強い結合はないんだよ」

     このひと言で、孫は考え方を変えた。今では、「志を共有できなかったということです。去られた方も十分な魅力や引力を持っていなかった」と反省する。それ以来、同志的結合は孫の経営哲学の根幹となっている。


     孫は翌年からこの哲学を実践に移した。孫にはどうしても会いたい人物がいた。米マイクロソフトを創業したビル・ゲイツだ。

     2歳上のゲイツは孫にとっては仰ぎ見る存在だった。孫が日本ソフトバンクを設立したのは、コンピューターの主役がハードからソフトに変わる潮流を読んだからだが、その大転換を起こしたのは、ウィンドウズでコンピューターを家庭に持ち込んだゲイツだ

     87年7月、孫は自社で発行する雑誌のインタビューのため、ゲイツがいる米シアトルに飛んだ。面会のアポイントが確定したのは現地に到着してからだった。インタビューの冒頭、机に置かれていた「PC WEEK」という雑誌を手に取ったゲイツが孫に言った。「これを毎号読んだ方がいいよ」

    ■同志がまた同志を呼ぶ連鎖

     あのゲイツがそこまで言うならと、孫は株式を店頭公開して資金をつくり、その雑誌の発行元である米ジフ・デービスから出版部門を買収する。そのジフ社の社長に「投資先を1社だけ選ぶならどこがいいか」と聞いたところ、推薦されたのが生まれたばかりの米ヤフーだった。ヤフー共同創業者のジェリー・ヤンと意気投合した孫は早速、投資を決めた。

     そのヤンが「発見」したのが中国アリババ集団のジャック・マーこと馬雲だ。シリコンバレーで頭角を現したヤンが訪中して万里の長城を観光した際、中国政府が差配したガイド役がマーだった。孫は1999年末に初めて会ったマーの才能を感じ取り、わずか5分でアリババへの出資を決めた。「彼の目にカリスマを感じた」と振り返る。


     実は盟友となった米アップル共同創業者の故スティーブ・ジョブズもまた、佐々木に教えを請うた人物だ。1985年、ジョブズは自ら立ち上げたアップルを追い出された。するとノーアポで東京・市谷にあったシャープのオフィスに佐々木を訪れた。ボサボサの長髪でTシャツにジーンズ姿のジョブズは「アイデアを求めて会いに来た」と佐々木に切り出した。

     後年、孫は米シリコンバレーでジョブズと巡りあう。やはり同志と認めた米オラクル創業者ラリー・エリソンが孫にジョブズを引き合わせた。日本庭園を模したエリソンの自宅で、3人はIT(情報技術)の未来を語り合った。同じ人物から学んだ孫とジョブズは、互いをライバルと認め合う存在となる。

     孫が同志と見込んだ起業家がまた新たな同志を呼び込む――。孫は現在、新興企業への投資を通じて新たな同志を探し求めているが、この連鎖は投資リターンを求めるだけの「金銭的結合」では生み出せないというのが孫の考えだ。こうして築いた起業家とのつながりは、孫に言わせれば「バランスシートには載らない資産」なのだ。


    ■巨大な財布、巨大なリスク

     孫流投資は成功ばかりではない。2000年に崩壊したITバブルはソフトバンクも直撃し、株価はざっと100分の1に落ち込んだ。孫は5000億円規模の投資案件を損切りすることを迫られた。

     「かっこ悪いですよね。もう自信喪失ですよ」と孫は振り返る。「それまで満面の笑みで寄ってきた人たちが、手のひらを返したようにまるで犯罪者を見るような目で僕を見るんだ。内心では『くそー』と思いましたね」

     相次ぐ大型M&A(合併・買収)の結果、ソフトバンクの有利子負債は14兆円を超えた。東京都やスウェーデンの年間予算に相当する規模だ。さすがにこれ以上は借金を増やせない。

     「だが、そんな小さな構えでいいのか。借金を気にすることなく同志的結合を求め続けるにはどうすれば良いだろうか」。昨年初めころから、自問自答してきた孫が行き着いたのがサウジとの10兆円ファンドだった。ソフトバンクの負担は3兆円ほど。しかも、そのうちの1兆円は買収したばかりの英アーム・ホールディングス株の一部を差し出すことでまかなう。

     世界のベンチャーキャピタルの年間投資総額を優に上回る巨大な財布を手に入れた。一方で、ファンドはソフトバンクの連結対象となり、投資の結果次第で自社の業績が大きく左右される。孫はこれまで世界の事業会社が抱えたことのない巨大なリスクを背負い込んだことになる。

    ◇ ◇ ◇

     佐々木は今も健在だ。記者は昨年11月、佐々木が暮らす兵庫県の施設を訪れた。1時間半もの間、質問に答えてくれたが、佐々木は当時すでに101歳の高齢だ。記憶が行き来するようで会話が成り立たないことも多かった。


     別れ際、佐々木は一冊の雑誌を取り出した。孫のアーム買収を特集した「日経エレクトロニクス」だった。表紙に映る孫の写真に目を落として少し黙り込んだ後、つぶやいた。

     「孫君はまだまだ戦っていくんだ。あの頃となんにも変わっていないな」

     101歳の佐々木の目には、孫を育てた誇りが映っていた。39年前に初めて会った日に「この若者の踏み台になってもいい」とまで思ったという風変わりな男の挑戦を、これからも見つめる。

    =敬称略

    (杉本貴司)

     

    【cf.】
    孫正義 300年王国への野望

    著者 : 杉本 貴司
    出版 : 日本経済新聞出版社
    価格 : 1,944円 (税込み)



    Kawagoe: It may be the 'most Japanese' destination of all。古い日本のきわめつけ

    Kawagoe: It may be the 'most Japanese' destination of all
    (川越:古い日本のきわめつけ)

    CNN Travel 掲載の記事です。下段に グーグル翻訳。

    Mike Nakada, CNN • Published 12th July 2017
    Facebook
    Twitter
    Email

    (CNN) — Tight streets lined with gabled buildings and tiled roofs -- it's an image many visitors, particularly those of an older, pre-Pokemon vintage, hope to find when they come to Japan for the first time.
    Sadly, with most Japanese cities having the architectural appeal of a pile of gray cardboard boxes, it's an image they never truly find.

    The truth, however, really is out there. It lies not in Kyoto, Nara or any of the other celebrated "historic" towns, but in a little city right on the doorstep of Tokyo.
    Kawagoe City in Saitama Prefecture has preserved an area of streets lined on both sides with buildings that look like they've been taken straight from a samurai period drama.
    Kawagoe is only 50 minutes from Shibuya and affordable to reach.
    This means that travelers on a tight schedule and budget can enjoy sights that most think are reserved for the pricier private tours round Kyoto. And we think Kawagoe is much the better bet for the truly curious traveler anyway.
    History buff's bus

    Jump on this classic bus to tour Kawagoe.
    The best way to get around is on the Koedo Loop Bus, a retro-styled bus that runs around Kawagoe's historical spots. This bus runs every 20 to 30 minutes, and you can pick it up at the west exit of Kawagoe Station. Make a right once you get out of the station; the bus stop is right next to the phone booths.
    You can buy a one-day pass inside the bus and language is no barrier, which we can't say about many of Japan's tourist destinations.
    All buses are equipped with screens showing the next stop in English, plus there are copious English announcements, so there's no worry about getting lost. Wheelchair-accessible buses also operate frequently.
    Here's a best-of itinerary for Kawagoe's historic downtown:
    Going to Tokyo? The best sushi and 10 other tips
    For whom the bell tolls
    First up, we suggest hopping on the bus and taking it to the Kura-Machi bus stop (E14).
    This is the main street of the historical area and is lined with stores built in the kura-zukuri or "storehouse" style -- a popular form of architecture during the Edo Period from 1603.
    Head toward the signal and cross over to the right-hand side. Turn around and head down the street and you'll find splendid examples of traditional Japanese architecture among stores selling anything from arts and crafts to tasty treats.

    Yume Kurodo, located right after the first crosswalk without a signal, sells some oh-so Japanese souvenirs. These include Japanese-style umbrellas, fans and noren split curtains which cost much more pretty much anywhere else in the land.
    Right next door you can taste freshly roasted rice crackers in more flavors then we ever imagined existed in a biscuit -- miso paste, hot pepper, citrus and more -- at Terakoya Honpo.
    The great bell tower known as Toki No Kane (Bell of Time) is located on the same side of the street. This tower is an exact replica of the 17th-century original and continues its role as the symbol of Kawagoe and also notifies citizens of the hour four times a day. We guess most take the olde-worlde thing seriously and shun watches.
    Turning things around, when you come to the large bank, cross to the other side of the street and walk back up the way you came.
    Candy fantastic

    Japanese Storehouses Street in Kawagoe
    One store not to miss on this side is Yuzen, a one-stop shop for all your chopstick needs. And who doesn't need chopsticks?
    Here, you can get your name engraved in English on a pair of handcrafted chopsticks for no extra charge while you wait.
    The backstreets located right off the main street are also real gems. Wandering around these streets is like what many imagine exploring Kyoto will be like before they get there and hit the walls of massed tourists.
    Kashiya Yokocho (Candy Store Street) is lined with old-fashioned candy stores overflowing with an excellent selection of Japanese sweets.
    Nearby is the Kawagoe Festival Museum. The museum showcases the giant wooden floats used in Kawagoe's nationally revered fall festival, each standing over five meters tall and decorated with intricate carvings from folklore.
    From here you can head to the bus stop to return to Kawagoe Station or, if you've got more time, continue your journey on to Kitain Temple. In the latter case, you'll need to take the bus to Kitain (E5) and enter the grounds through the main gates, near the bus stop.
    Retro cool: Kyoto's kissaten cafes offer the ultimate time warp
    Shogun's choice

    Expect a stony reception at Kitain Temple.
    The Tokugawa clan, rulers of Japan for over 200 years, were patrons of Kitain and also of Kawagoe. In fact, the third Tokugawa Shogun loved the place so much he moved the reception hall and study from his castle in Edo to the temple grounds in the 1600s.
    These are some of the only surviving structures from the original Edo Castle, which burned down multiple times over the centuries before being replaced by the current Imperial Palace in Tokyo.
    Kitain is also known for its 533 statues of Buddha's disciples. Every one of these statues is unique; some sit in meditation, some weep and some look like they're just having a great time.
    After that, the world -- or at least Kawagoe -- is your oyster. You can take the bus back to the station from Kitain or make another circle to explore this amazing, and still relatively undiscovered, city a little more.
    Getting there: Take the express on the Tokyo Metro Fukutoshin Line from Shibuya heading for Kawagoe-shi or Shinrin Koen and get off at Kawagoe Station. Be sure to take the train heading for Shibuya on the way back. It takes approximately 50 minutes.
    Japanese temples: 17 stunning shrines travelers will love
    Stunning photos of Japan's most serene and beautiful places
    10 tips for tourists in Japan to avoid an embarrassing social faux pas

    ・・・・・・・・・・・

    グーグル翻訳

    (CNN) - ぎっしりとした建物とタイル張りの屋根が並んだタイトな通り - 多くの観光客、特に古いポケットモンスターのヴィンテージの人々が、初めて日本に来たときに見つけたいと考えています。
    悲しいことに、ほとんどの日本の都市では、灰色の段ボール箱が積み重なって建築的に魅力的ですが、それは決して真に見つからないイメージです。

    しかし真実は本当にそこにある。京都、奈良などの有名な「歴史的な」町ではなく、東京の真後ろの小さな町にあります。
    埼玉県の川越市では、武家時代のドラマのように見える建物が両側に並ぶ街並みを残しています。
    川越は渋谷からわずか50分で手頃な料金です。
    これは、厳しいスケジュールと予算の旅行者が、京都のよりプライベートなツアーのために最も多く考えられている観光スポットを楽しむことができることを意味します。とにかく、本当に好奇心を持った旅行者にとって、川越はもっと良い賭けだと思います。

    歴史バフのバス

    この古典的なバスに乗って川越を見学しましょう。
    周りを歩く最善の方法は、川越の歴史的名所を走るレトロスタイルのバスである小出ループバスです。このバスは20〜30分ごとに運行しており、川越駅の西口でお迎えできます。駅から出てすぐに右折してください。バス停は電話ブースのすぐ隣にあります。
    バスの中で1日のパスを購入することができます。言語は障壁ではありません。多くの日本の観光地について言えません。
    すべてのバスには、英語で次の停留所を示すスクリーンが装備されています。また、豊富な英語のアナウンスがありますので、迷子になる心配はありません。車いすアクセス可能なバスも頻繁に動作します。
    川越の歴史的なダウンタウンに最適な旅程です:
    東京に行く?最高の寿司と他の10のヒント
    誰のために鐘の通行料
    まず、バスでホッピングして倉町バス停(E14)に行くことをお勧めします。
    歴史地区のメインストリートで、1603年から江戸時代の人気建築物である「倉敷工房」に建てられたお店が並んでいます。
    信号に向かって右側に行きます。向きを変えて通りを進むと、芸術品や工芸品から美味しいお菓子まで、店舗の中にある伝統的な日本の建築の素晴らしい例が見つかります。

    最初の横断歩道の直後に信号がなく、黒夢夢は、ああそう日本のお土産を売っている。これには、日本の傘、ファン、ノーレンスプリットカーテンなどがあります。
    テラコヤ本舗では、味噌ペースト、唐辛子、柑橘類などが存在すると想像していました。
    Toki No Kane(時の鐘)と呼ばれる大きな鐘楼は通りの同じ側にあります。この塔は、17世紀のオリジナルの正確なレプリカであり、川越のシンボルとしての役割を果たし、市民に1日4回の時間を通知します。私たちは、ほとんどの人が真剣にolde-worldeのことを取って、時計を止めてくれると思います。
    あなたが大きな銀行に来るときに、物事を回して、通りの反対側に行き、あなたが来るように戻ってください。
    キャンディファンタスティック

    川越の日本倉庫街
    この辺で見逃せないお店は、あなたの箸の必要に応じてワンストップショップである優善です。誰が箸を必要としないのですか?
    ここでは手作りの箸の上に英語で刻まれた名前を追加料金なしで手に入れることができます。
    メインストリートのすぐ裏にある裏通りもまた真の宝石です。これらの通りを回ることは、京都を探索することが想像されるようなものです。彼らがそこに着く前に、大量の観光客の壁にぶつかります。
    菓子店横丁には、日本のお菓子が豊富に詰まった昔ながらのお菓子屋が並んでいます。
    近くには川越祭り博物館があります。博物館は、川越の全国的に尊敬される秋の祭りで使用される巨大な木製の浮き彫りを展示しています。それぞれ5メートル以上の高さであり、民間伝承から複雑な彫刻が施されています。
    ここからバス停に向かい、川越駅に戻ります。時間がある場合は、キタイン寺院への旅を続けてください。後者の場合は、バスをKitain(E5)に乗車し、停留所の近くのメインゲートを通って地面に入る必要があります。
    レトロクール:京都のキサテンカフェは、究極のタイムワープを提供
    ショガンの選択

    Kitain Templeでのストーニーレセプションを期待してください。
    200年以上にわたり日本の支配者であった徳川家は、キタインと川越の後援者でした。実際、第3回徳川将軍は、堂々と大宴会場を移動し、江戸の城から1600年代の寺院の敷地まで勉強しました。
    これらは、東京の現在の皇居に取って代わる前に何世紀にもわたって数回焼き尽くされた元の江戸城から生き残った唯一の構造物です。
    Kitainはまた533の仏像の像で知られています。

    2017/07/11

    忠か情かの分れ目 会津の松平容保は京都守護職を引き受ける

    忠か情かの分れ目 松平容保  
    決断の時―歴史に学ぶ―    農業協同組合新聞
    【童門 冬二(歴史作家)】

    ◆特命会津に降る
     幕末の徳川幕府は、西南の実力大名に振り回されっぱなしだった。西南雄藩というのは薩摩藩・土佐藩・長州藩などだ。徳川家康は、徳川幕府を開いたときに大名を「譜代と外様」に分けた。譜代というのは、昔から徳川家に忠節を尽くしてきた大名たちだ。外様というのは、関ヶ原の合戦あるいは大坂の陣以後に徳川家に忠節を尽くすようになった大名たちだ。家康は外様大名を信用しなかった。
    「旧主を裏切るようなものは、いつかわしをも裏切る」と考えていた。特に関ヶ原の合戦後に冷遇した長州藩 毛利家や、薩摩藩 島津家を警戒し続けた。二百数十年たった幕末に至って、その報復がおこなわれようとしていた。 
     外様大名では、幕閣に参加できないので、これらの大名は妙手を考え出した。それは天皇の名を借りて、勅使を立て幕府にいろいろ無理な要求をすることである。まず薩摩藩の国父(藩主の父)島津久光が勅使を立てて江戸城にやって来た。そして、幕政改革を求めた。
     特に人事において、新しく政治総裁職と将軍後見職を設けさせた。政治総裁職には前 越前藩主 松平慶永(よしなが、春嶽)を、そして将軍後見職には一橋慶喜(よしのぶ、本人は「けいき」を好む。のちの15代将軍 徳川慶喜)を充てろと強要した。一橋慶喜は、幕府に批判的な水戸藩主徳川斉昭の七男で、御三卿の一つ一橋家に養子に入った人物だ。近来まれに見る賢明な青年藩主だと言われていた。しかし幕府には批判的だ。結局幕府は、批判的な大名たちによって、新しい要職を奪われてしまったのである。幕府老中は頭を抱えた。相談した結果、
    「我々も負けてはいられない。京都に幕府の拠点を設けよう」
     ということになって、長らく朝廷に絶えていた「京都守護職」というポストをよみがえらせることにした。誰がよいかということになって、結局、
    「会津藩主松平容保(かたもりが、徳川家に対して忠誠を示している。かれがよかろう」ということになった。使者が会津に行ってこのことを松平家に伝えた。松平家では大騒ぎになった。というのは、当時の会津藩は財政難に苦しんでいたからである。
    「これ以上、アゴアシ(食料と交通費)自分持ちの京都守護職など引き受けては、会津藩の財政は破綻してしまう」と表情を暗くした。そこで重役たちが容保に向かって、
    「絶対に、今度のポストなどお引き受けにならないでいただきたい。藩の財政が破綻いたします」と進言した。容保は黙って聞いていたが、重役たちの話が終わるとこう言った。
    「おまえたちの気持ちはよくわかる。少し考えさせてくれ」
    「どうか、必ずお引き受けにならないというご決断をお下しください」
     重役たちは、容保が考えると言ったのでこれは脈があると思って少し安心した。容保は真面目一方の青年大名だ。幕府からこんな依頼が来れば、一も二もなく、
    「引き受ける」
     と言うに違いないと思っていたからだ。

    ◆主家か家臣かの選択

     その夜、容保は考え抜いた。会津松平家は徳川家と特別な因縁がある。初代の藩主は保科正之(ほしな・まさゆき)といって、三代将軍徳川家光の実弟だった。しかし母が父二代将軍秀忠の側室だったために、政府陣がこれを嫌い、側室と生まれた正之を殺そうとした。秀忠の側近に、同情する大名がいて、正之を密かに江戸城外へ運び出し、武田信玄の娘で今は尼になっている女性に預けた。正之は成長した。そして、信州(長野県)高遠藩主 保科家の養子にした。正之は成人し保科家の跡を継いだ。
     やがて将軍になった家光がこのことを知った。
    「わしに弟がいたのか」
     と驚いた。しかし喜んだ。父の秀忠が生存中ははばかったが、秀忠が死ぬと家光はすぐ保科正之を東北の有力な城山形城主にした。さらに、会津に移動させた。山形も会津も東北地方を守るのには大変な要衝だ。仙台の伊達政宗を警戒しての配置だ。そして、家光は正之を江戸城に呼んだ。正之は、生まれが生まれなので隅に控えていた。これに気がついた家光がこう言った。
    「正之、ここへ来い。おまえはわしの弟だ。誰はばかることはない。ここにいる大名たちに比べれば、おまえはわしと血がつながっていてもっと胸を張ってよい存在だ。来い」
    この言葉に正之は感動した。たとえ側室の子であっても、同じ父秀忠の子であれば、なにはばかることなく胸を張って諸大名に対せよという家光の勇気ある言葉に、長年日陰の身を囲ってきた正之は人一倍胸を熱くしたのである。このとき会津に戻った正之は、全家臣に向かってこう告げた。
    「先般、このようなことがあり、わしは上様(家光)に特別の恩寵をこうむった。我が保科家はこれに応えねばならん。それは、徳川家に一朝事あるときは、率先藩兵となって、敵を防ぐことだ。今の大名はすべて徳川家に忠誠を尽くしてはいる。しかしその忠誠の中でも、我が会津藩はさらに特別のはからいをせねばならん。よいな」
     こうして、後々までも〝会津精神〟あるいは〝会津魂〟と呼ばれるような正之の言う、
    「特別な徳川家への忠誠心」
     を培ったのである。その会津藩 松平家(保科という姓を、将軍家の特別なはからいによって松平と改姓した)が、藩祖正之の言う、
    「ほかの大名にない特別な忠誠心」
     を求められることになったのだ。容保は悩んだ。
    「もしも京都守護職を引き受ければ、真に藩のことを心配している家臣たちの忠誠心に背くことになる。しかし、藩祖正之公以来〝特別な忠誠心〟を保たねばならぬ我が松平家が、もしもお断りすれば今度は徳川本家に対する忠誠心を失うことになる」
     源平時代の昔に、平清盛の息子重盛が、皇室と父清盛との間に挟まれて、両方から難題を押しつけられた。このとき重盛が、
    「忠ならんと欲せば孝ならず、孝ならんと欲せば忠ならず」と悩んだのと同じだ。
     しかし容保は決断した。
    徳川家への忠誠心を全うするのは公である。家臣たちの要請に応えるのは私である。私を捨てて公に準じなければならぬ」
     翌朝容保は、全家臣に告げた。
    「幕命のあった京都守護職を引き受ける。直ちに京へ出発する」
     あきれる重臣たちを尻目に、容保は目で、
    「許せ」
     と頼んだ。こうして京都に入った容保は、新撰組などを使いながら反幕的な分子を片っ端から弾圧する。乱れに乱れていた京都の秩序が回復する。時の帝 孝明天皇は、容保のこの活躍ぶりに感謝し、二度も感状を与えた。しかし、その孝明天皇が亡くなって、西南雄藩の外様大名たちが国政を牛耳るようになり、やがて明治維新が成立する。容保はその明治政府を構成した諸大名たちに敵対したということで、政府軍の名において討伐を受ける。悲惨な会津戦争が始まる。しかし容保はともかく、会津藩士にすれば、
    「帝から二度も感状をいただくような我が松平家が、なぜこんなひどい目に遭わなければならないのか」
     という憤懣の気持ちがみなぎった。現在は、
    「AかBか」
     という決断を迫られたときに、どちらかを選ぶのではなく、
    「AでもBでもないCの道(第三の道)」
     を選ぶ方法も生まれているが、幕末にはそういう手段はなかった。つまり、幕府か反幕大名かの選択を迫られたのである。しかし容保の帝と朝廷に対する忠誠心は、ある意味で、
    「容保なりの第三の道を選んだ」
     と言えないことはない。だからこそ、時の帝が容保に対し、二度も、
    「よく京都の治安を回復し、守ってくれた」
     という感状を与えたのである。
    2017.07.09 

    2017/07/10

    暑さでバテない身体の作り方

    暑さでバテない身体の作り方

    ムシムシした季節が始まるなり起こる、夏バテや熱中症。身体が暑さに慣れることを「暑熱馴化(しょねつじゅんか)」と言いますが、急激に暑くなったり、エアコンの効いたオフィスにいると、うまく適応できず不調を招くことがあるのです。普段身体をあまり動かさない人も簡単にできる、夏を元気に過ごす身体作りのコツをご紹介します!
    西村 典子

     上手に汗をかくには? 暑さに慣れる身体づくりのコツ

    身体が暑さに慣れることを「暑熱馴化(しょねつじゅんか)」と言います。一般的には、暑さに慣れるまでに、およそ1週間から10日程度かかると言われています。

    これは身体の核心部である脳や内臓などが外気の温度上昇によって影響を受けすぎないようにするため。身体の内部から体温を下げるよう徐々に順応していくことで、体調を崩さないように調節する機能です。

    通常であれば気温の緩やかな変化とともに、身体は自然と暑熱馴化を完成させます。しかし暑熱馴化が完成していない段階で急な暑さやムシムシした環境におかれると、熱中症のような症状を起こしてしまうことがあります。またオフィスなど空調の効いたところで長時間過ごす生活を続けていると、スムーズに暑熱馴化ができなくなるとも言われています。

    そして意外と知られていませんが、暑熱馴化は、意図的に作り出すことも可能です。気温の高いところで過ごしたり、厚着をしてわざと発汗量を増やしたりすることもありますが、一番安全に行うことが出来るのは発汗を伴う軽い運動を続けることと言われています。暑熱馴化が完成すると、低い体温でも活発に汗をかくようになり、同じ体温で出る汗の量が増えて、核心部の体温上昇が抑えられるようになります。その結果、急激な温度変化や暑さへの抵抗力が増し、夏バテや熱中症などへの耐性が高まります。


    夏到来前に! じんわり汗をかく運動を始めるなら今!

    普段の生活で汗をかく機会が少ない人もいると思いますが、まずは「じんわり汗をかく」運動を生活の中に取り入れてみるようにしましょう。

    ウォーキングやジョギング、サイクリングなど身近なものから始めることもいいですし、まとまった運動時間をとることがむずかしい場合は、日常の運動量を増やすようにしてみましょう。

    買い物の際には車を使わず自転車や徒歩で出かける、通勤・通学時には一駅分歩くようにする、エスカレーターではなく階段を積極的に利用するといったことでも、運動量は増え、汗をかく機会が増えると思います。

    こうした時間を10分~15分程度でも構いませんので、こまめにとるようにし、汗腺を刺激するようにしましょう。強度の強い運動を継続して行うと、より早く暑熱馴化が完成するといわれていますが、運動習慣がない人にとっては疲労やケガのリスクが高まりますので、自分のペースにあわせて行うようにしましょう。


    お風呂でゆっくり…大汗をかくのも暑さ対策には有効?

    発汗量を増やすという点では入浴による効果も期待できますが、運動よりは効率がおちると言われています。入浴による体温上昇は運動と比較して短い時間に限られることがその理由です。

    ただし人工炭酸泉や炭酸ガスを用いた入浴剤などを利用すると、さら湯と比べて入浴後も保温効果が高く、発汗機能の向上にも寄与するのではないかと期待されています。

    また半身浴やサウナなども体温上昇に貢献し、発汗を促しますので、運動とあわせて暑熱馴化対策として行うことはよいでしょう。


    暑熱馴化を行うときに気をつけたいこと

    発汗を促し、体温を下げるよう身体の機能を調整することが暑熱馴化ですので、こまめな水分補給は必須! 十分に水分をとらないまま運動をすると、発汗量は減り、体温が上がって脱水状態になり、疲労感、喉の渇き、体調不良などを起こしてしまうことがあります。

    暑熱馴化対策として運動を行う前には適量の水分補給を行うようにしましょう。1回に飲む量は一口~200ml程度を目安とし、体調に合わせて必要量をとるようにします。また運動を長時間行い、汗の量が通常よりも多いときは水分とあわせて塩分もとるようにすると、体内の電解質バランスを保ち、体液が水分で薄まってしまうこと(自発的脱水状態)を防ぎます。

    また軽い運動だからといって準備運動を行わずに始めてしまうとケガのリスクが高まります。運動を行う前にはストレッチなどの準備運動を行ってから始めるようにしましょう。

    運動で汗をかいて爽快に過ごすと気分もリフレッシュし、運動効果のみならず暑熱馴化にも大いに役立ちます。積極的に汗をかいて暑さに負けない身体づくりを進めていきましょう。

    埼玉・比企ため池農法、日本農業遺産登録目指す 3市5町

    日本農業遺産:比企ため池農法、登録目指す 3市5町 

    毎日新聞2017年7月8日  を抜粋編集

     埼玉県中央部の比企丘陵地域で営まれる「ため池農法」を維持・継承しようと、滑川町を中心とした3市5町が7日、「比企丘陵農業遺産推進協議会」を設立した。今後、日本農業遺産や世界農業遺産の登録を目指し、官民一体で取り組む。

     同地域では、なだらかな丘陵に囲まれた谷間(谷津(やつ))の最奥部に堤を築いて地下水や雨水をため、谷底に設けた水田(谷津田(やつだ))に利用する「ため池農法」が受け継がれてきた。同地域は地形的な特質から大規模河川から水を引くことが難しく、地下水も乏しいという。

     協議会を構成する3市5町(東松山、熊谷、深谷の各市と滑川、嵐山、小川、吉見、寄居各町)には大小合わせて353カ所、中でも滑川町には200カ所のため池があり、全国有数の多さという。滑川町羽尾のため池「五輪沼」では、ため池ができた後に造られたとみられる7世紀ごろの窯跡が見つかっており、古墳時代にはため池農法が定着していたとみられている。

     滑川町では2015年から、ため池農法でコメを生産する農業者10人が集まり、「谷津田米」と名付けてブランド化。農薬や肥料の使用について自主基準を設けて特別栽培米の認定を受けている。

     ため池は農業用水の利用だけでなく、洪水などを防ぐ防災や、周辺の森林を含めた生態系を育む役割もある。ため池の管理を通じて地域のコミュニティーが形成され、伝統的な農業が受け継がれてきた。協議会会長の吉田昇・滑川町長は「ため池は先人たちの米作りの知恵。農業遺産への登録で将来へ引き継ぎ、地域活性化に役立てたい」と話した。【三股智子】

    2017/07/06

    【武蔵観研通信】220号:2017年7月6日

    【武蔵観研通信】220号:2017年7月6日

    ★ アジア、アセアン


    ★ IT> AI (Artificial Intelligence、人工知能)
      〇 ITは最先端の「さらに先」へ。 坂村健  世の中は激変。職業がなくなります。


    スマホ


    ★ 川越、埼玉


    ★ 観光
      〇 Cool Japan@City      

          外国人リポーターが日本文化を紹介。日本語版も.


    ★ ことば
      〇  「女性の力を生かせば、日本経済は必ず活性化します。」川野幸夫の女性論
      〇 ヘリコプター・ペアレント
          ヘリコプターのように子供のまわりを旋回し、トラブルが起きたらすぐに助けに行く親です。過保護の行き過ぎ。アメリカで生まれた言葉。


    ★ 余滴
      〇 トランプ、プーチン:国家主義、戦前への回帰の時代。
      〇 日本は少子高齢化の課題先進国。健康、医療、食事などで日本の経験はアジア諸国の参考になるようにしたいものです。
      〇 川柳の心得は、多作多捨

    アトキンソン:「おもてなし」よりも収益モデルを

    中村 日本にはすでに少なくない数の世界遺産があります。例えば、「富岡製糸場」などでは、世界遺産に登録されたことがニュースになると、ブームになって大挙して押しかけます。ところがブームが過ぎるととたんに行かなくなってしまう。この点は諸外国にある世界遺産とはちょっと違っているような感じがします。その意味では、日本は世界遺産の真の利活用をもっと考えるべきではないかと思うのですが。

    【関連記事】富岡製糸場、観光ブームに陰り「面白み少ない」 市は公開と保存の“ジレンマ”

    アトキンソン氏 国宝や重要文化財、国立公園も同じですが、その認定資格自体に本当は観光的な価値がそれほどあるわけでもないのです。特に、世界遺産登録には2つ問題があるとみています。一つは、行政主体で動いているため、収益とは関係ないという点です。このため、人々の関心も一過性のものになってしまい、わあっと盛り上がったと思うと、さあっと引いていくようになります。これは行政が対応しているからにほかなりません。収益とは関係ないところで物事が進められているからです。行政だけでは観光産業は成り立たないということの象徴なのです。

    利活用というのは、産業化するための方法論にすぎません。世界遺産に認定されたからといって、どうということはないということを認識しないといけません。国がさまざまな規制緩和を行っていますが、目的がないまま規制緩和をしても実際に世の中が変わるかといえば、変わらないことが多々あります。考え方はそれと同じです。訪日外国人観光客や国内の観光客をたくさん増やし、なおかつ、産業化したところで、ちゃんと収益につながらなければ意味がないのです。

    中村 特に行政の方々は、世界遺産に登録しただけで過大な地域経済の振興効果を期待しがちですが、それで万事OKという訳にはいきません。行政がそのために有効な対策を打っているかというと、どこの世界遺産でもあまり目立ったものはみられません。基本的には、行政は、民間任せにしようとしている一方で、民間も行政に頼ろうとしています。どちらも他人任せにしているように感じられます。

    アトキンソン氏 そこにもう一つの問題があるんです。行政にしても、民間にしても、「観光」に対する考え方が極めて「軽い」ということです。要するに、「世界遺産にすれば何もしなくても観光客がたくさん来る」と思い込んでいるんです。でも、実際は、そんなに簡単なものではありません。それでは「産業化」はできません。結局、世界遺産の登録がただの自慢話にすぎないことになってしまう。「世界遺産だから」「世界が認めたから」と自慢しても「だからどうした」と言われるだけになってしまう。これこそが今までの典型的な日本の「観光」に対する考え方なのです。

    私が書いた『新・観光立国論』では、「おもてなし」は国内でも、海外でも、主要な観光動機にならないと指摘しています。外国人観光客は自然や文化、歴史などの観光資源を楽しみにやってきます。「おもてなし」というのは、「あったほうがいい」程度のものでしかありません。

    2013年に行われた東京五輪・パラリンピック招致委員会の最終プレゼンテーションで、「おもてなし」を全面的に押し出したのを見ていて、産業とは関係なく、いかにも行政らしい考え方だと思いました。そもそも日本の「おもてなし」が、外国人観光客にとって納得のいく「おもてなし」になっているかどうか考えものです。観光は「泊まる、食べる、楽しむ」ですから、世界遺産の認定や「おもてなし」だけでは収益モデルは成立しません。

    ここが一番のポイントなのですが、世界遺産をはじめとする観光資源を産業化するということは、最終的にお客さまのことを考えなくてはならないということなのです。日本人ではない外国人の観光客が、せっかく海外から来てくれたのですから、その人に長く日本にいてもらって、お金を落としてもらって、見に来てもらった以上はそれ相応のサービスを提供しなくてはならないのです。

    まずはお客さまのことを考えるべき

    中村 世界遺産に登録されているところでも、国内外の観光客が満足するようなサービスが行われていないということですね。

    アトキンソン氏 前回、二条城の整備の話をしましたが、富士山も同じですね。富士山を世界遺産に登録して、海外中から観光客を呼び寄せようとしていますが、富士山の山小屋に宿泊すると、人が寝返りもできないほどのスペースにぎゅうぎゅうに押し込められてしまう。まったく知らずに山小屋に宿泊すると、大きなストレスを感じてしまいます。登ってみると、全く知らない人の隣に何センチもないような距離で寝なくてはならないのが現実です。昔の修学旅行やボーイスカウトだったらありえたかもしれませんが、それは、とても先進国とは思えないホスピタリティです。

    利用者のことを考えた整備をしなくてはならないのに、それを怠っている。ある意味で、外国人観光客からみれば、世界遺産を悪用しているとみられてもおかしくないと思います。外国人観光客に来てもらいたい、来てもらった時にお金を支払ってもらい、その人に満足してもらうために何をすべきか、真剣に考える必要があります。

    世界遺産にリピーターがないのは、日本人の観光客も賢いからだと思います。一回だけ見に行くけれども二度と来ないのは、そこに本音が出ているんです。だから世界遺産になったから一回だけ行ってみたけれども、やっぱり大したことはなかった。そんな本音が出ているでしょう。考え方が極めて軽いということは、そういうことなのです。

    独り善がりな「おもてなし」思考

    中村 さきほどおっしゃられましたが、日本には、「おもてなし神話」のようなものがあります。サービスという無形のもの、目に見えないものをお金に換えるなんてとんでもないみたいな意識を持っています。

    アトキンソン氏 これは大事な指摘だと思います。何が違うのか。それは有形と無形の違いです。有形のものには客観的な基準があります。作った車が売れるのか、売れないのかということがまず問題になります。海外に輸出をすると、「これは大したことではない」と批判されたり、逆に「これすごい」と評価されたり。また、採算がとれるかどうかということもすぐに問題になります。こうした評価や批判は、客観的なものだから、神話や迷信にはなり得ないのです。

    一方で、サービス産業は「へ理屈」がまかり通ってしまう。例えば、消費税の増税が表面化すると、「消費税が上がると、お客さんが来なくなってしまうので転嫁できない」と主張し、増税に反対します。観光産業も全く同じですが、私からすると、誰が「お客さんが来なくなってしまう」と決めたのでしょうか。これは根拠がない話です。

    東京五輪・パラリンピックのプレゼンテーションで、「おもてなし」が紹介された時、最初の1年間は、まるで「おもてなし騒動」のような形で注目されました。マスコミに「おもてなしをどう思うか」と尋ねられたので、私は「いや、そういうのはお客さんが決めるものであって、その供給側が決めるものじゃないですよ」と言ったんです。すると、批判のメールが毎日のように届いて、すごかったですよ。

    著書にも書きましたが、そんな「へ理屈」をやめて現実を見るべきです。へ理屈とは何なのか。「治安がいい」「新幹線が正確」といったことは観光とはあまり関係がないでしょう。「おもてなし」だって、昔からあるのに、なぜ今まで500万人しか訪日外国人観光客が来なかったのか。では、なぜ数年前から急に訪日客が増えたのか。人が親切であって、おじぎをよくするけれど、「キャッシュカードが使えない」「現金を用意しなくてはならない」「ATMも使えない」「ネット予約ができない」「文化財などの解説がない」「座る場所がない」…。ここのどこにおもてなしの心があるでしょうか。それ以外の理由で海外から観光客が来ているのです。そういう客観的事実があるわけです。

    日本人が「これはすごい」と思っていても、海外で評価してもらえなければ、それはただ自慢話に過ぎないのです。もう、そういうのはやめて、現実的な収益モデルを作りましょう。それが観光立国なんです。

    アトキンソン:真の観光立国となる上で求められることは

    [連載]観光立国のフロントランナーたち 小西美術工藝社 デービッド・アトキンソン社長(1)

    日本遺産 デービッド・アトキンソン 観光立国のフロントランナーたち 連載 中村好明 訪日プロモ
       
    2017/06/26

    ジャパンインバウンドソリューションズ(JIS)の中村好明社長(日本インバウンド連合会理事長)が、日本の観光立国実現に奔走するキーマンたちと、その道筋について語り合う大型対談「訪日ビジネス最前線 観光立国のフロントランナーたち」。今回から4回にわたって小西美術工藝社のデービッド・アトキンソン社長が登場します。

    世界的投資会社ゴールドマンサックス証券を退社後、国宝や重要文化財の修復を手掛ける小西美術工藝社の社長に就任。有識者の立場から日本の経済や文化財、観光政策に対して幅広い視点で提言を行っています。日本が真の観光立国になる上で取り組まなくてはいけないことは何かをアトキンソン氏に聞きました。

    【関連サイト】小西美術工藝社
    真の観光立国となる上で求められることは

    中村 2017年の日本の観光立国の現状についてどのようにみていらっしゃいますか?

    アトキンソン氏 外国人の訪日客数は5年ほど前には700万~800万人くらいでした。それより以前の90年代の初めになると、訪日客数は400万~500万くらいの水準でした。そして、その当時、訪日客の大半はビジネスマンでした。この時代、その16.4%は英国と米国が占めていました。現在は6.4%まで低下しています。

    一方で、同じ先進国でもドイツやフランスからの訪日客の割合はごくわずかでしたが、ドイツやフランスの比率が少ない理由ははっきりしています。世界の金融の中心がロンドンとニューヨークで、機関投資家たちが日本企業を訪問したり、会社説明会に出席したりするために年に2回くらい訪日していましたので、米国人と英国人は最も多く訪日していました。

    中村 2016年には訪日客数は2400万人を記録しました。今年もそのまま増え続けています。ようやく観光のために日本を訪れるが外国人が増えてきたという感じですね。

    アトキンソン氏 訪日外国人観光客数が2400万人になったことに大きなスポットが当たっていますが、私自身は、訪日客がどれだけ日本で「消費」をしたのかが、訪日客が訪れたことによる日本にとっての「収入」よりも重要なポイントだと思っています。

    2016年に訪日観光客が日本国内で消費した額は3兆7000億円くらいでした。この額は世界の中では、おそらく10番目のランクだと思います。2010年以前は29位くらいでした。その当時のことを考えると、トップ10になるか、トップ10が見えてきたというところまできているのは、すごいことだと思います。

    中村 政府は2020年の訪日客数を4000万人にすることを目標にしています。16年に2000万人を上回り、2400万人で着地したことで、目標への期待も高まっていますが、アトキンソンさん自身はどうみていますか。

    【関連記事】2016年の訪日外国人観光客数、旅行消費額ともに過去最高を更新 インバウンド需要は今後も期待

    アトキンソン氏 スタートとしては非常にいいのですが、政府が2020年に目標としている4000万人という数字を考えると、さらなる工夫が必要で、これからが正念場です。さきほども説明しましたが、元々のベースがあまりにも低かったので、低いベースからスタートした2400万人ということで伸び率は非常に高かくなっています。しかし、これから誘客の本番を迎えるという意味では、今後は厳しくなっていくのではないでしょうか。

    16年に訪問した訪日客2400万人のうち、およそ85%が中国人を中心としたアジアが占めています。しかし、2020年に訪日客4000万人、30年に6000万人という政府目標を実現するには、アジアだけでは達成できないという問題に突き当たるでしょう。これまで、政府は、ビザの緩和を含めた制度の見直しなどでやりやすいところから進めて効果を上げています。しかし、これからが本番となる中で、観光客誘致も本格的な国際競争に入っていきます。各国が観光客の取り込みを強めていく中では、欧米からの観光客の誘致など今までとは違う政策を導入することが求められます。新たな政策をとりながら、どれだけの数字が確保できるのか注目されます。

    「歴史・文化」よりも重要な「自然」という観光資源

    中村 今後、どういった政策が求められるのでしょうか。

    アトキンソン氏 いつも話していることなのですが、日本は、とんでもない数の観光資源を持っています。観光戦略を立てる上で、また、観光立国になる上で、観光資源の数がどれだけあるかということは武器になります。観光資源をしっかり整備して、発信することは重要なポイントです。日本は、とんでもない数の観光資源を持ち、その整備を進めつつありますが、「発信」という点ではまだ十分な戦略ができていません。課題がたくさんありますが、もともとの基礎はできており、あとはどうやって実行するかということにあるとみています。

    中村 観光資源という点では、数多くの文化財を抱えています。

    アトキンソン氏 文化財も大事ですが、最も大事なのは自然なんですね。日本人目線と外国人目線でみると、日本人目線では、どうしても日本文化や日本の歴史、精神も発信したがります。でも、下手をすれば、これは供給側の押し付けに過ぎないのです。日本は、文化的に優れているということをほめてほしいという気持ちがあると思いますが、世界一の観光資源というのは歴史や文化ではなく自然なんです。

    一番わかりやすい例を挙げると、イタリアです。イタリアには、文化や歴史に関連する資源がたくさんありますが、では、イタリアは世界一の観光大国かというと、全くそうなっていません。フランスも観光客数は世界一ですが、収入でみれば世界4位です。ギリシャも同じです。あらゆるところに遺跡がありますが、実際にギリシャが観光客数や収入でトップ10に入る国なのかというと、そういう風にはなっていません。

    文化というのは観光における大事な要素の一つなのですけれども、日本でいわれるほどの誘致能力はないのです。

    日本人の人口は1億2700万人ですが、茶道をたしなむ人がどれぐらいいるかというと300万人くらいしかいないらしいです。日本人から見ても、自分の文化なのに300万人くらいしか興味がないのに、それを海外に当てはめていくと、それより少ない比率になるはずです。そう考えると、案外、文化では幅広く誘致できないんです。文化がないとさらに誘致はできないので、大事ではありますが、メーンではないんです。

    中村 なるほど。

    アトキンソン氏 逆の例でいきますと、世界の中で最も観光収入を上げている国は米国です。米国は、日本やイタリアなどに比べれば歴史の浅い国です。長い歴史に裏付けられた文化も日本やイタリアほどではない。歴史・文化で観光世界一にはなれないということを物語っています。

    では、米国はなぜ観光立国なのでしょうか。大都市と近代的な文化、それに何といっても自然がすごい。加えて、エンターテインメントもすごい。そういったところで競争力を持っているのです。

    日本には、34カ所の国立公園があり、国立公園でないところにも、すばらしい自然がたくさん残されています。これは、もう一つの重要なポイントなのですが、日本は国立公園を観光資源として今まではとらえていませんでした。富士山や日光東照宮を海外向けにアピールしていますが、たまたま国立公園の中にあるだけで、国立公園であることを発信していません。

    その意味からも今後、求められるのは国立公園の活用の仕方だと思います。当然ながら整備もしなければならないし、ほとんど発信していないので、発信もしなくてはりません。また、文化財と組み合わせた戦略も必要だと思います。国立公園は誘致能力が高く、目玉商品としての魅力が大きいのです。

    付加価値をつけ、相応の対価を得ることこそ観光立国

    中村 アトキンソンさんは、以前、「沖縄の首里城は空っぽの箱で、何も行われていない。もったいない」とおっしゃられていたことを記憶しています。京都の二条城についても同様の指摘をされていました。先日、二条城に行ったら、結婚式の写真が撮れるなど文化財の利活用というのが少しずつ始まっているようですが、そこはどのようにみていますか?

    アトキンソン氏 重要文化財に関しては、国立公園と似ていますけれども、保護すべきものであって、活用するものではないと多くの日本人が考えています。また、タダという考え方が強いので、産業化できていないという問題も抱えています。国立公園も、重要文化財についても全く同じことがいえます。

    私は二条城の特別顧問を務めていますが、外国人向けの案内板の充実やガイドスタッフの配備、施設内での写真撮影などさまざまな提案をしてきました。まだ、実現はできていないのですが、入れないようになっている部屋に入ることを認めたり、庭園で食事ができるようにしたりするなどいろいろな可能性があると思っています。

    一方で、京都市民の中には「大切な財産だから、無料にするべき」という意見を持っている人もいます。でも、維持費がかかります。「無料にすればいい」という考え方は、言葉は悪いですが、「バカか?」って思います。二条城の入場料は一般で600円ですが、それでももう論外の話なんですよね。600円しかとらないで、ガイドも説明も何もない。付加価値がないわけです。何の良さもありません。「海外は高いが、日本は安くていい」ということをすばらしいと言っている人は、あんまりにも非現実的だと思います。入場しても、解説もなければ、外国語のサポートもない。座る場所もなければ、飲食対策もできてない。何の楽しみもない600円の何が良いでしょう。修理に対して貢献もできないようでは文化の破壊行為にほかなりません。

    観光立国を実現したいのであれば、観光資源を発見し、整備することによって、観光資源に付加価値を付けて、その分の対価をもらうということをすべきです。これこそが本当の意味での観光立国のねらいなんです。(続く)



    デービッド・アトキンソン 1965年英国生まれ。オックスフォード大学(日本学専攻)卒業後、大手コンサルタント会社、証券会社を経て、92年ゴールドマンサックス証券入社。取締役を経て、パートナー(共同出資者)となるが、2007年退社。2009年国宝や重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社に入社し、取締役に就任。11年同社の会長兼社長、14年社長。著書は『新・観光立国論』(東洋経済新報社)、『新所得倍増論』など多数。政府への提言を続ける一方、地方の観光振興にも尽力する。奈良県立大学客員教授、政府の行政改革推進会議歳出改革ワーキンググループ構成員、文化庁日本遺産審査委員、迎賓館アドバイザー、二条城特別顧問、日本政府観光局(JNTO)特別顧問などを務める。

    中村好明(なかむら・よしあき) 1963年佐賀県生まれ。ドン・キホーテ入社後、分社独立し現職就任。自社グループの他、公共・民間のインバウンド振興支援事業に従事。2017年4月、一般社団法人日本インバウンド連合会理事長に就任。日本インバウンド教育協会理事。ハリウッド大学院大学および神戸山手大学客員教授。日本ホスピタリティ推進協会理事・グローバル戦略委員長。全国免税店協会副会長。みんなの外国語検定協会理事。観光政策研究会会長。一般社団法人国際観光文化推進機構理事。著書に『ドン・キホーテ流 観光立国への挑戦』(メディア総合研究所、2013 年)、『インバウンド戦略』(時事通信社、2014年)、『接客現場の英会話 もうかるイングリッシュ』(朝日出版社、2015年)、『観光立国革命』(カナリアコミュニケーション、2015年)、『地方創生を可能にする まちづくり×インバウンド 「成功する7つの力」』(朝日出版社、2016年)がある。