タゴール。インドの詩人・思想家。独立運動にも参加。アジアではじめてノーベル文学賞。岡倉天心。渋沢栄一。 Tagore。8月7日没
タゴール。インドの詩人・思想家。独立運動にも参加。アジアではじめてノーベル文学賞。岡倉天心。渋沢栄一。 Tagore。8月7日没

1913年、詩集『ギータンジャリ』で、アジアではじめてノーベル文学賞を受賞しました。
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14人兄弟の末っ子で、あまえんぼうでした。
8歳から詩を作りはじめ、15歳で詩集をまとめました。
30歳のとき、父に大きな農場の世話をまかせられました。
1902年にインドを訪れた岡倉天心と親交を結びました。
ガンディーのインド独立運動を支持し、 ロマン・ロランやアインシュタインら世界の知識人との親交がありました。
タゴールが作詞作曲した歌は インド国歌になっています。
またタゴールが作詞作曲した歌 「我が黄金のベンガルよ」は、 バングラデシュの国歌になっています。
| 岡倉天心、おいて、タゴール 1916年 |
・1861年5月7日。 インド・コルカタ ~ 1941年8月7日没。80歳。 インド・コルカタ
コルカタの位置
ラービンドラナート・タゴール(Rabindranath Tagore )は、
コルカタ(カルカッタ)の貴族の家に生まれ、
17歳でロンドンに留学しました。
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14人兄弟の末っ子で、あまえんぼうでした。
8歳から詩を作りはじめ、15歳で詩集をまとめました。
ベンガル(インドのコルカタとバングラデシュ)の詩人とよばれるようになりました。
| バングラデシュ(ベンガル人の国) |
30歳のとき、父に大きな農場の世話をまかせられました。
村の子どもたちのために野外学校を開きました。
全財産を投げ出し、
この学校を立派に育ちあげました。
いまはヴィシュヴァ・バーラティ国立大学となっています。
1902年にインドを訪れた岡倉天心と親交を結びました。
日本へも人類愛の意義を説くために、5度おとずれました。
しかし日本の国家主義を批判しました。
ガンディーのインド独立運動を支持し、 ロマン・ロランやアインシュタインら世界の知識人との親交がありました。
タゴールが作詞作曲した歌は インド国歌になっています。
またタゴールが作詞作曲した歌 「我が黄金のベンガルよ」は、 バングラデシュの国歌になっています。
【タゴールの詩集『ギーターンジャリ』】
ギーターは歌。アンジャリは合掌で、「歌の祈り」の意です。
神に訴えるせつせつたる思いを述べた詩集です。
【名言】
「水面を見つめるだけでは、海を渡ることはできない」
You can’t cross the sea
merely by standing and staring at the water
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