長島威(たけし) 「幸すし」店主 |
長島威(たけし)店主は川越料理店組合長 |
幸すしの奥座敷 |
川越の料亭文化について、長島威(たけし) 「幸すし」店主が熱弁を振るいました。
下に 「川越料理店組合略史」を記します。
<*写真は鈴木香菜子さん提供です。>
川越料理店組合略史
- 1900年(明治33年) 「川越料理店組合」を結成。
初音楼、山屋が中心。
「全国料理業同盟会」発会式に参加する形で結成されたもの。
「全国料理業同盟会」は営業税を6倍にしようとする法案に反対するために結成された。
1893年(明治26年)に川越大火があり、この頃は建築ラッシュであった。
- 大正時代(1912-1926年) 多くの名店が開業
商工会議所には30軒以上が登録される。洋風看板が随所に造営される。
花月、八百勘、
そば:福住、寿庵
うどん:縄のれん
カフェ、ミルクホール:黒猫、かねこ
寿司:中清、すし政
- 1922(大正11年)県下初の市に。
人口は川越市27000人、大宮町19000人、熊谷町15000人
- 昭和戦前(1926年-1945年)
乙種料理店組合として30軒が登録。
お店(たな)も大繁盛で、花柳界は名妓を輩出。
- 1930年「川越小唄」作成 作詞は西条八十
- 1933年= 昭和8年
新歌曲「四季の川越」作成
- 1937年= 昭和12年 物資の統制、食料の統制により、多くの諸団体に分かれる。
川越飲食店組合
川越西洋支那料理店組合
川越二業(料理と芸妓)同盟組合
川越甲種料理店組合
川越乙種料理店組合
川越芸妓屋組合
- 1945年-1989年 朝鮮戦争の前後、戦後の全盛期に
戦後、食材の仕入れもままならず、多くの店が休業。
朝鮮戦争の前後、川越花柳界の戦後の全盛期
会員店へのアクセスマップ
料亭 源氏家
すき焼き・フランス料理 吉寅
割烹 初音屋
鮨会席 幸すし
西洋料理 モダン亭 太陽軒
割烹 ささ川
居食屋 鳥せい
料亭 山屋
鰻料理 深井屋
鰻 小川菊
割烹・旅館 佐久間
日本料理 美鈴
鰻・会席料理 いちのや
鰻 東屋
割烹 福登美
割烹 川島
鰻・天ぷら 徳川
日本料理・とんかつ 登茂恵
いも料理・割烹 いも膳
日本料理 初かり亭
そばきり 悠々庵
鰻 うなっ子
松村旅館