2011/10/10

宗祇 (そうぎ、1421―1502、81歳)

― 連歌師 ―


飯尾宗祇 (いのお/いいお そうぎ、1421―1502、69歳)は、室町時代後期の連歌師です。
連歌の黄金時代をきずきました。

・和歌の西行
・連歌の宗祇
・俳句の芭蕉
は、漂泊の人です。

俳句は、芭蕉が尊敬する宗祇の連歌から発展させたものです。
西行の跡を、宗祇、芭蕉が追い、漂泊しました。

「河越千句」が残っています。
同好の関東武家を招いてもよおされました。
千句のうち最初の3句をご紹介します。

1
発句(ほっく、第1の句)は、
この会の主客・連歌師の心敬がよみました。
発句と脇句(第2の句)は、その場の情景を歌います。

「梅園に  草木をなせる  匂ひかな」

2
脇句は主催者の太田道真がうたいました。

「庭白妙の  雪の春風」

3
第3の句以降は、虚構でかまいません。
宗祇の番でした。

「うぐいすの 声は外山(とやま)の 陰冴えて」

4
鑑賞するには、発句と脇句を足して味わいます。

「梅園に  草木をなせる  匂ひかな
庭白妙の  雪の春風」


≪三芳野神社の梅園には草木の匂いがいたします。
雪にまごうように梅の花が舞っています。≫

5
今度は、第3の句と脇句を足します。

「うぐいすの 声は外山の 陰冴えて
庭白妙の  雪の春風」

≪うぐいすの声は外山にさえわたっています。
近くの庭には、雪にまごうように梅の花が舞っています。≫

6
第千句目は、挙句(あげく)といいます。
宗祇が締めました。

「老いをやしなう  瀧そひさしき」

「瀧」とは、河越城七不思議のひとつ、天神洗足の井水(てんじんみたらしのせんすい)のことのようです。
こうして、「河越千句」を三芳野神社に奉納したようです。
  <*  三芳野神社には菅原道真が、まつられています。
道真は連歌の神様といわれます。>


河越千句

【宗祇  川越関係の年譜】

1466年  45歳
越生(おごせ)に太田道灌の父道真を訪ねます。

1470年  49歳
太田道真が旧暦正月10日から3日間にわたり主催した「河越千句」に参加します。
ふつうは、気分一新のために場所を替えて、例えば、三芳野神社、河越城近くの太田道真宅、三芳野神社というふうに催されます。
連歌は、余興的なものとして、記録を残さないものも多くありますが、
「河越千句」はすべて残っています。

1502年  81歳
上野(こうずけ)から武蔵に入り、
上戸(うわと、河越館?)、河越をへて、
江戸へ。
箱根湯本にて死去。

連歌師、宗祇の略歴
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【参考】
山野清二郎「飯尾宗祇と河越」川越市立博物館歴史講座、2011年10月9日、他

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【追記】

三芳野神社には、梅が生えていましたが、梅は菅原道真が愛でた花です。

「東風(こち)吹かば にほひおこせよ 梅の花 
主(あるじ)なしとて 春な忘れそ」

『武蔵三芳野名勝図絵』には、

「いろはにて  又三芳野や  神の梅」
が見え、47本の梅の木があったようです。


 菅原道真