[連載]観光立国のフロントランナーたち 小西美術工藝社 デービッド・アトキンソン社長(1)
日本遺産 デービッド・アトキンソン 観光立国のフロントランナーたち 連載 中村好明 訪日プロモ
2017/06/26
ジャパンインバウンドソリューションズ(JIS)の中村好明社長(日本インバウンド連合会理事長)が、日本の観光立国実現に奔走するキーマンたちと、その道筋について語り合う大型対談「訪日ビジネス最前線 観光立国のフロントランナーたち」。今回から4回にわたって小西美術工藝社のデービッド・アトキンソン社長が登場します。
世界的投資会社ゴールドマンサックス証券を退社後、国宝や重要文化財の修復を手掛ける小西美術工藝社の社長に就任。有識者の立場から日本の経済や文化財、観光政策に対して幅広い視点で提言を行っています。日本が真の観光立国になる上で取り組まなくてはいけないことは何かをアトキンソン氏に聞きました。
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真の観光立国となる上で求められることは
中村 2017年の日本の観光立国の現状についてどのようにみていらっしゃいますか?
アトキンソン氏 外国人の訪日客数は5年ほど前には700万~800万人くらいでした。それより以前の90年代の初めになると、訪日客数は400万~500万くらいの水準でした。そして、その当時、訪日客の大半はビジネスマンでした。この時代、その16.4%は英国と米国が占めていました。現在は6.4%まで低下しています。
一方で、同じ先進国でもドイツやフランスからの訪日客の割合はごくわずかでしたが、ドイツやフランスの比率が少ない理由ははっきりしています。世界の金融の中心がロンドンとニューヨークで、機関投資家たちが日本企業を訪問したり、会社説明会に出席したりするために年に2回くらい訪日していましたので、米国人と英国人は最も多く訪日していました。
中村 2016年には訪日客数は2400万人を記録しました。今年もそのまま増え続けています。ようやく観光のために日本を訪れるが外国人が増えてきたという感じですね。
アトキンソン氏 訪日外国人観光客数が2400万人になったことに大きなスポットが当たっていますが、私自身は、訪日客がどれだけ日本で「消費」をしたのかが、訪日客が訪れたことによる日本にとっての「収入」よりも重要なポイントだと思っています。
2016年に訪日観光客が日本国内で消費した額は3兆7000億円くらいでした。この額は世界の中では、おそらく10番目のランクだと思います。2010年以前は29位くらいでした。その当時のことを考えると、トップ10になるか、トップ10が見えてきたというところまできているのは、すごいことだと思います。
中村 政府は2020年の訪日客数を4000万人にすることを目標にしています。16年に2000万人を上回り、2400万人で着地したことで、目標への期待も高まっていますが、アトキンソンさん自身はどうみていますか。
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アトキンソン氏 スタートとしては非常にいいのですが、政府が2020年に目標としている4000万人という数字を考えると、さらなる工夫が必要で、これからが正念場です。さきほども説明しましたが、元々のベースがあまりにも低かったので、低いベースからスタートした2400万人ということで伸び率は非常に高かくなっています。しかし、これから誘客の本番を迎えるという意味では、今後は厳しくなっていくのではないでしょうか。
16年に訪問した訪日客2400万人のうち、およそ85%が中国人を中心としたアジアが占めています。しかし、2020年に訪日客4000万人、30年に6000万人という政府目標を実現するには、アジアだけでは達成できないという問題に突き当たるでしょう。これまで、政府は、ビザの緩和を含めた制度の見直しなどでやりやすいところから進めて効果を上げています。しかし、これからが本番となる中で、観光客誘致も本格的な国際競争に入っていきます。各国が観光客の取り込みを強めていく中では、欧米からの観光客の誘致など今までとは違う政策を導入することが求められます。新たな政策をとりながら、どれだけの数字が確保できるのか注目されます。
「歴史・文化」よりも重要な「自然」という観光資源
中村 今後、どういった政策が求められるのでしょうか。
アトキンソン氏 いつも話していることなのですが、日本は、とんでもない数の観光資源を持っています。観光戦略を立てる上で、また、観光立国になる上で、観光資源の数がどれだけあるかということは武器になります。観光資源をしっかり整備して、発信することは重要なポイントです。日本は、とんでもない数の観光資源を持ち、その整備を進めつつありますが、「発信」という点ではまだ十分な戦略ができていません。課題がたくさんありますが、もともとの基礎はできており、あとはどうやって実行するかということにあるとみています。
中村 観光資源という点では、数多くの文化財を抱えています。
アトキンソン氏 文化財も大事ですが、最も大事なのは自然なんですね。日本人目線と外国人目線でみると、日本人目線では、どうしても日本文化や日本の歴史、精神も発信したがります。でも、下手をすれば、これは供給側の押し付けに過ぎないのです。日本は、文化的に優れているということをほめてほしいという気持ちがあると思いますが、世界一の観光資源というのは歴史や文化ではなく自然なんです。
一番わかりやすい例を挙げると、イタリアです。イタリアには、文化や歴史に関連する資源がたくさんありますが、では、イタリアは世界一の観光大国かというと、全くそうなっていません。フランスも観光客数は世界一ですが、収入でみれば世界4位です。ギリシャも同じです。あらゆるところに遺跡がありますが、実際にギリシャが観光客数や収入でトップ10に入る国なのかというと、そういう風にはなっていません。
文化というのは観光における大事な要素の一つなのですけれども、日本でいわれるほどの誘致能力はないのです。
日本人の人口は1億2700万人ですが、茶道をたしなむ人がどれぐらいいるかというと300万人くらいしかいないらしいです。日本人から見ても、自分の文化なのに300万人くらいしか興味がないのに、それを海外に当てはめていくと、それより少ない比率になるはずです。そう考えると、案外、文化では幅広く誘致できないんです。文化がないとさらに誘致はできないので、大事ではありますが、メーンではないんです。
中村 なるほど。
アトキンソン氏 逆の例でいきますと、世界の中で最も観光収入を上げている国は米国です。米国は、日本やイタリアなどに比べれば歴史の浅い国です。長い歴史に裏付けられた文化も日本やイタリアほどではない。歴史・文化で観光世界一にはなれないということを物語っています。
では、米国はなぜ観光立国なのでしょうか。大都市と近代的な文化、それに何といっても自然がすごい。加えて、エンターテインメントもすごい。そういったところで競争力を持っているのです。
日本には、34カ所の国立公園があり、国立公園でないところにも、すばらしい自然がたくさん残されています。これは、もう一つの重要なポイントなのですが、日本は国立公園を観光資源として今まではとらえていませんでした。富士山や日光東照宮を海外向けにアピールしていますが、たまたま国立公園の中にあるだけで、国立公園であることを発信していません。
その意味からも今後、求められるのは国立公園の活用の仕方だと思います。当然ながら整備もしなければならないし、ほとんど発信していないので、発信もしなくてはりません。また、文化財と組み合わせた戦略も必要だと思います。国立公園は誘致能力が高く、目玉商品としての魅力が大きいのです。
付加価値をつけ、相応の対価を得ることこそ観光立国
中村 アトキンソンさんは、以前、「沖縄の首里城は空っぽの箱で、何も行われていない。もったいない」とおっしゃられていたことを記憶しています。京都の二条城についても同様の指摘をされていました。先日、二条城に行ったら、結婚式の写真が撮れるなど文化財の利活用というのが少しずつ始まっているようですが、そこはどのようにみていますか?
アトキンソン氏 重要文化財に関しては、国立公園と似ていますけれども、保護すべきものであって、活用するものではないと多くの日本人が考えています。また、タダという考え方が強いので、産業化できていないという問題も抱えています。国立公園も、重要文化財についても全く同じことがいえます。
私は二条城の特別顧問を務めていますが、外国人向けの案内板の充実やガイドスタッフの配備、施設内での写真撮影などさまざまな提案をしてきました。まだ、実現はできていないのですが、入れないようになっている部屋に入ることを認めたり、庭園で食事ができるようにしたりするなどいろいろな可能性があると思っています。
一方で、京都市民の中には「大切な財産だから、無料にするべき」という意見を持っている人もいます。でも、維持費がかかります。「無料にすればいい」という考え方は、言葉は悪いですが、「バカか?」って思います。二条城の入場料は一般で600円ですが、それでももう論外の話なんですよね。600円しかとらないで、ガイドも説明も何もない。付加価値がないわけです。何の良さもありません。「海外は高いが、日本は安くていい」ということをすばらしいと言っている人は、あんまりにも非現実的だと思います。入場しても、解説もなければ、外国語のサポートもない。座る場所もなければ、飲食対策もできてない。何の楽しみもない600円の何が良いでしょう。修理に対して貢献もできないようでは文化の破壊行為にほかなりません。
観光立国を実現したいのであれば、観光資源を発見し、整備することによって、観光資源に付加価値を付けて、その分の対価をもらうということをすべきです。これこそが本当の意味での観光立国のねらいなんです。(続く)
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デービッド・アトキンソン 1965年英国生まれ。オックスフォード大学(日本学専攻)卒業後、大手コンサルタント会社、証券会社を経て、92年ゴールドマンサックス証券入社。取締役を経て、パートナー(共同出資者)となるが、2007年退社。2009年国宝や重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社に入社し、取締役に就任。11年同社の会長兼社長、14年社長。著書は『新・観光立国論』(東洋経済新報社)、『新所得倍増論』など多数。政府への提言を続ける一方、地方の観光振興にも尽力する。奈良県立大学客員教授、政府の行政改革推進会議歳出改革ワーキンググループ構成員、文化庁日本遺産審査委員、迎賓館アドバイザー、二条城特別顧問、日本政府観光局(JNTO)特別顧問などを務める。
中村好明(なかむら・よしあき) 1963年佐賀県生まれ。ドン・キホーテ入社後、分社独立し現職就任。自社グループの他、公共・民間のインバウンド振興支援事業に従事。2017年4月、一般社団法人日本インバウンド連合会理事長に就任。日本インバウンド教育協会理事。ハリウッド大学院大学および神戸山手大学客員教授。日本ホスピタリティ推進協会理事・グローバル戦略委員長。全国免税店協会副会長。みんなの外国語検定協会理事。観光政策研究会会長。一般社団法人国際観光文化推進機構理事。著書に『ドン・キホーテ流 観光立国への挑戦』(メディア総合研究所、2013 年)、『インバウンド戦略』(時事通信社、2014年)、『接客現場の英会話 もうかるイングリッシュ』(朝日出版社、2015年)、『観光立国革命』(カナリアコミュニケーション、2015年)、『地方創生を可能にする まちづくり×インバウンド 「成功する7つの力」』(朝日出版社、2016年)がある。
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