日光陽明門上の北極星と囲む無数の星 |
日光山の貫主(かんじゅ) 天海僧正は、
山王一実神道(さんのう いちじつ しんとう)といういわば「天海教」により、
家康を北極星と一体化するしかけを施しました。
(神事や「天海教」は、秘儀性が高い深秘(じんぴ)があります。)
天海は、現実の江戸の世は、家康神を中心に動いていると見立てました。
北極星は宇宙の中心です。
無数の星は北極星をめぐります。
日光東照宮は江戸城の北に位置します。
天子の場所は、北にあるものです。(cf. 「天子南面す」)
江戸の街からは日光の男体山(なんたいさん)の真上に北極星が輝きます。
日光には、太陽を喚起する縁起文字が続きます。
陽明門(東門) 日光 東照大権現
家康は、東照大権現(とうしょう だいごんげん)という神となり、
そして北極星となり、
南の江戸を永遠に守ることになります。
陽明門(東門) 日光 東照大権現
家康は、東照大権現(とうしょう だいごんげん)という神となり、
そして北極星となり、
南の江戸を永遠に守ることになります。
こうして家康を神とする東照宮信仰が確立しました。
江戸時代260年の泰平の秘密は、
徳川家康を神にしたことにあります。
戊辰戦争(1868- 1869)でも、神 家康の東照宮は焼かれませんでした。
江戸時代260年の泰平の秘密は、
徳川家康を神にしたことにあります。
戊辰戦争(1868- 1869)でも、神 家康の東照宮は焼かれませんでした。
※ 徳川家では、家康だけが神で、
あとの将軍は仏です。
家康が「神君」とよばれるのは、神であり、君主であるからです。
家康が「神君」とよばれるのは、神であり、君主であるからです。
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#5 天海は「家康=北極星」により東照宮信仰を確立 <天海コラム#5
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