2011/06/26

石原久:永島家(武家屋敷跡) の住人で歯科の学会初代会長

川越には歯医者さんが多いような気がします。
ほぼ170件あります。

現・日本口腔科学会を設立したのは、川越の人・石原久(いしはら ひさし)です。
永島家・武家屋敷跡
カラタチの玄関
庭内の富士見塚
切腹の間
永島家(武家屋敷跡)には、川越藩の御典医(ごてんい)が住んでいました。
今では、貴重な武家屋敷の遺構です。
埼玉県に唯一残る旧武家屋敷で、関東でもほとんど残っていません。

武家屋敷の外囲いはカラタチの生垣で囲むものとされていました。

質朴簡素な建物で、江戸時代は意外に平等だったことがわかります。

その頃の川越は、「坊主、カラタチ、医者、山伏」が多かったと案内板に記されています。

永島家の武家屋敷跡は、三久保町にあります。
三久保町は武家屋敷町でした。
250石~300石の中級藩士の家が30軒ほどありました。
三久保町は、北久保、堅久保、南久保などをあわせた呼称です。

◇                    ◆                    ◇

石原久(いしはら ひさし、1866-1941)は、川越の御典医の子として生まれました。
永島家(武家屋敷跡)最後の住人です。

東大を卒業後、米独に留学し、東大付属病院に歯科を開設しました。
現・日本口腔科学会を創立し、会長となりました。


(※)日本画家・橋本雅邦も川越藩の御典医の子です。
末期には御殿医はほぼ30人いました。

(※)この稿は、永島俊三郎さん(1932年生まれ、川越高校卒)からの聞き書きを元にしました。2013年。永島俊三郎さん、遠いところからお出ましありがとうございました。

(※)永島俊三郎
「ご参考までに石原 久様の東京帝国大学名誉教授記念像が存在します。
普通はブロンズ像ですがそれは希少な木造です。
東京大学医学部付属病院顎口腔外科・歯科矯正歯科で保管中であり、貸し出しは可能です。」

(※)隠れた観光スポット・永島家周辺

永島家やその周辺は、歴史や物語を発掘すると観光みがきになるいい例かもしれません。

・永島家周辺には、ウナギの小川藤(おがとう)があります。
・ジャズ喫茶チモトコーヒーがあります。
・裏手は七曲りの路地です。
・近くには中央公民館があります。
・チンチン電車(川越電気鉄道)の始発駅跡があります。
・川越火力発電所跡:埼玉県電灯発祥の地があります。