アトキンソン: 日本のスポーツは、観光並みに伸び代だらけだ

アトキンソン氏「スポーツ産業の課題」を語る
日本のスポーツは観光並みに伸び代だらけだ
週刊東洋経済、2016年06月17日を編集                アトキンソン wp


・日本のスポーツ産業というものが、観光業と同様、ものすごく大きな成長の余地がある。

・日本は「観光大国」の4条件と言われる「自然、気候、文化、食」という豊富な観光資源に恵まれています。
そのような潜在能力があるにもかかわらず、観光業の規模があまりにも小さい。

・これはスポーツもまったく同じです。現在、アメリカのスポーツ産業は60兆円、日本は5兆円。
約12倍の開きがあるのです。

・2010年。アメリカのスポーツビジネスは「成長産業」になりました。産業としてやるべきことをしっかりとやった。これに尽きるのです。

・メジャーリーグのスタジアムはさながら「巨大飲食店街」です。歌や音楽演奏といったエンターテインメントもしっかり提供されています。つまり、観客には野球以外にもさまざまな楽しみがあるのです。

・では、日本の野球場やサッカー場はどうでしょう。観客には「スポーツ観戦」以外には楽しみがないのです。

・(観光について)。日本の文化財は「保存」に重きを置き、「客に学んでもらい、多面的に楽しんでもらう」という発想が欠如していました。

神社やお城の中は「撮影禁止」「立入禁止」という禁止事項のオンパレードで、人間ドラマを再現するようなアトラクションもなければ解説も整備されていません。

拝観料も安いため収入も少なくて、どこも施設の維持に苦労しています。

・日本のスポーツ産業も、これとまったく同じではないでしょうか。
「選手がいいプレーをする」ということに重きを置くあまり、「客を楽しませる」という発想が欠けていないでしょうか。

・観光も同様です。
外国人が来ることで文化財が潤い、文化財が整備できるようになります。
さらに、日本の文化を後世に伝えるような解説やガイドが充実すれば、日本人にとっても良いことではないでしょうか。

・ヨーロッパのスキー場には、長期滞在のホテルが作られ、バーや劇場など夜の楽しみも用意されました。

・日本の観光は、観光客をできるだけ多く招くため、「安売り」に特化しすぎています。
拝観料にしても、新幹線の自由席、指定席、グリーン席のように「松竹梅」にランク付けして、楽しみの幅をひろげて、豊かにしてほしいものです。




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私が『新・観光立国論』を発表した2015年6月からこれまで、さまざまなところで、「『観光』には『多様性』が非常に重要であり、本質でもある」ということをお話させていただいてきました。

当然、「爆買」の中国人観光客にだけ来てもらえばいいというものでもなく、欧州をはじめ幅広い国の観光客のニーズを調査し、それに応えられる環境整備が必要です。そしてもちろん、観光の種類にも「多様性」が求められます。

日本を訪れる外国人すべてが、桜や富士山を見たいわけではありません。アニメやマンガ、音楽などが目的の観光客もいるでしょうし、大自然のなかでのハイキングやトレッキング、釣りを楽しみたい人もいます。あるいは、食事を楽しんだり、神社や寺をまわったり、着物などの伝統文化を体験したりという観光客もいるでしょう。

つまり、迎える側としては、観光客側のさまざまなニーズに応えられる観光の「種類」をそろえておかなければいけないのです。

日本のスポーツ産業は「伸び代」だらけ

そのなかで、私が大きな可能性を秘めていると考えているのが「スポーツ観光」です。

そう聞くと、近年、スキーを楽しむために日本に訪れる外国人観光客が増えてきていることを連想する方も多いでしょう。もしかしたら、2020年の東京オリンピックが頭に浮かんだ方もいるかもしれません。


たしかに、これらも「スポーツ観光」が期待できる要素のひとつではあるのですが、私がそう考える理由は別にあります。それは一言で言ってしまうと、「日本のスポーツ産業というものが、観光業と同様、ものすごく大きな成長の余地がある」からです。

アンダーアーマーの日本総代理店として知られるドームの安田秀一代表取締役CEOとかねてから知り合いということもあり、これまで日本のスポーツ産業が抱える問題点などをうかがってきました。そこで気づいたのは、日本の観光業が抱える問題と非常によく似ているということでした。

これまで著書などで繰り返し述べてきましたが、日本は「観光大国」の4条件と言われる「自然、気候、文化、食」という豊富な観光資源に恵まれています。ここまで条件が揃っている国というのは、世界を見渡しても多くはありません。

そのような潜在能力があるにもかかわらず、GDPに占める観光業の割合は世界平均を大きく下回り、観光業の規模があまりにも小さいということを指摘してきました。ただ、これは裏を返せば、大きな「伸び代」があるということなので、やるべきことをやれば「成長産業」になるということでもあるのです。

これはスポーツもまったく同じです。現在、アメリカのスポーツ産業は60兆円の規模に達しています。一方、日本はどうかといえば約5兆円。約12倍の開きがあるのです。

GDPを比較すると、アメリカは日本の約4倍、人口でいえば3倍です。つまり、単純に考えて日本のスポーツ産業も20兆円規模になっていなければいけないはずなのです。その潜在能力の4分の1しかないというのは、少なすぎると言わざるをえません。

なぜ米国のスポーツ産業は「3倍」成長したのか

そう言うと、「アメリカのスポーツビジネスは日本とレベルが違う」とか「スポーツに対する国民の関心が違う」などさまざまなご意見を頂戴するかもしれませんが、客観的にみれば日本ほど「スポーツの多様性」に富んでいる国はありません。

相撲や柔道といった日本古来の競技も人気を保ち続けている一方で、世界中のほとんどのスポーツが入ってきています。野球もやれば、サッカーもやる。あまり聞いたことのないマイナーなスポーツも、それなりに競技人口がいます。この多様性を考えれば、本来ならば日本は「スポーツ産業大国」になっていてもおかしくないのです。

さらに言えば、20年前まではアメリカでも、スポーツはわずか18兆円ほどの産業でした。同時期の日本は約6兆円。つまり、先ほど述べた「3倍」の関係が成り立っていました。

それが大きく姿を変えたのは2010年。アメリカのスポーツ産業が、一気に約3倍の50兆円に膨れあがったのです。かたや日本は、GDPも人口もそれほど変わっていないのに、産業規模が1兆円も減ってしまいました。これは国民性云々などでは到底説明がつきません。


では、なぜアメリカのスポーツビジネスは「成長産業」になったのでしょうか。産業としてやるべきことをしっかりとやった。これに尽きるのです。

アメリカでメジャーリーグなどを観戦した方ならばわかると思いますが、スタジアムはさながら「巨大飲食店街」というほど、さまざまな食事が販売されています。また、ただ試合が行われるだけではなく、歌や音楽演奏といったエンターテインメントもしっかり提供されています。つまり、観客には野球以外にもさまざまな楽しみがあるのです。

私もニューヨークで働いていた当時、お客さんや同僚に誘われて何度かスタジアムに行きましたが、もともとそれほど野球に興味がないということもあって、試合はほとんど見ませんでした。商談をしたり、食事をしたり、音楽を聴いたりと、「にぎやかで楽しいスポットを観光した」という印象です。

では、日本の野球場やサッカー場はどうでしょう。さまざまなイベントも催されていますが、基本的には「試合」がメインで、観客は喉を枯らして応援して、試合を真剣に見つめています。食事も軽食程度しかなく、ジュースを買うのに列に並んだりしなくてはいけません。つまり、観客には「スポーツ観戦」以外には楽しみがないのです。

スポーツ観戦に来ているのだからそれで十分だろ、と怒りの声が飛んできそうですが、これでは「産業」としての成長は望めません。「多様性」が欠けているので、スポーツをこよなく愛する「ファン」しかやってこないからです。

「ファン」の数は、人口が減少すれば当然、それにともなって減っていきます。観客が減れば収入も減りますので、設備などにおカネがかけられません。なおさら「ファン」しか来ないという悪循環に陥っていくのです。

この構造をどこかで見たなと考えていると、自分のいる文化財の世界とよく似ていることに気がつきました。

スポーツ産業と「文化財」の共通性

これまで著書でくりかえし述べてきましたが、これまで日本の文化財は「保存」に重きを置き、「客に学んでもらい、多面的に楽しんでもらう」という発想が欠如していました。

ですから、神社やお城の中は「撮影禁止」「立入禁止」という禁止事項のオンパレードで、そこで起きた人間ドラマを再現するようなアトラクションもなければ解説も整備されておらず、一部の「歴史ファン」や「伝統建築ファン」にしか支持されてきませんでした。一般の方からすれば、「順路」という矢印に沿って、なんとなく歩いてまわるだけの退屈な施設だったのです。拝観料も安いため収入も少なくて困るところが多く、どこも施設の維持に苦労しています。

日本のスポーツ産業も、これとまったく同じではないでしょうか。

とにかく「選手がいいプレーをする」ということに重きを置くあまり、「客を楽しませる」という発想が欠けていないでしょうか。


決してスポーツを冒涜しているわけではありません。「スポーツ観戦」というものを、熱心なファン以外の人たちも丸1日、楽しめるような総合的なイベントとしてとらえてみることが大切だと申し上げているのです。実際にアメリカでは、それまでスポーツでしかなかった産業を「客目線のおもてなし産業」に変えたことで、60兆円という、自動車産業を上回る規模に成長させたのです。

ラスベガスもいい例のひとつです。カジノだけではなく、芝居、コンサート、そしてさまざまなレストランがあります。私はギャンブルはやりませんが、エンターテインメントを鑑賞するためにラスベガスを訪れた経験があります。

このような話をすると決まって、「そんな風に、試合に興味のない客が多くなってもファンは困るだけだ。今のままでいい」という方がいます。観光も同様で、「日本のことをよく理解していない外国人が多く押しかけても、観光地が混雑して迷惑なだけだ」とよく反論されます。

ただ、スポーツ産業が現在の5兆円から20兆円に成長すれば、ファンにとってもさまざまな恩恵があります。業界が繁栄すれば選手のレベルも上がりますし、設備も増強できます。チケットも現在では「紙」の印刷物ですが、アメリカのようにチケットレスで、携帯やスマホで簡単に予約できるようになれば、ユーザーメリットにもつながります。

観光もしかりです。外国人が来ることで文化財が潤い、それで今のようにボロボロになるまで修理をしない文化財が整備できるようになります。さらに、日本の文化を後世に伝えるような解説やガイドが充実すれば、日本人にとっても良いことではないでしょうか。

「産業化」していない未成長分野を開拓すべき

ご存じのように、日本はこれから人口が減少していきます。GDPは「人口×生産性」です。Jリーグの観客動員が思うように伸びず、各チームの経営が苦しくなっているように、どうしても衰退していく産業はでてきてしまいます。

そこで重要になってくるのが、それまでやるべきことをやらず、「産業化」していない未成長分野です。具体的には、「客」の幅を広げたり、リピーターを増やしたり、単価を上げたりという取り組みが求められています。その「伸び代」をしっかりと活かせば、人口減少のマイナスを十二分にカバーできます。そのなかのひとつこそが、スポーツ産業なのです。

そのためには、やはり外国人観光客の視点が必要となってきます。「外国人に媚びてまで儲けたくない」と言う人もいますが、現実問題として、人口減少社会のなかで産業として成長していくには、自国民のニーズだけでは難しいのです。

わかりやすいのが、スキーです。日本にはこれまで、ヨーロッパのような長期滞在型のスキーリゾートがありませんでした。これは日本人のなかで、スキーも海水浴など他のレジャーと同様に、1泊2日という短期旅行が基準になっていたからです。


しかし、ヨーロッパは違います。斜面を滑降するいわゆるアルペンスキーは、スイスを訪れたイギリス人のために生まれたスポーツと言われています。スイス人のためのスポーツではなく、外国人のためにできました。だから、長期滞在のホテルが作られ、バーや劇場など夜の楽しみも用意されました。

ニセコが徐々にヨーロッパのスキーリゾートのように変わってきていることからもわかるように、日本のスキーが産業としてさらに成長していくには、このような長期滞在型のスキーリゾートというニーズに応えていくことが必要不可欠です。

「日本人のためのスキー」だけでは、経営難でスキー場自体が減ってしまいます。長い目で見れば、日本のスキーの愛好家にとっても、外国人の視点を受け入れることが重要なのです。

「安売り」を止めれば活路が見える

「現在のままのスキー場でも、中国人の団体客などが押しかけているじゃないか」という意見もあるかもしれません。近隣諸国のニーズは自国民とよく似ているからですが、それでは産業は潜在能力のすべてを発揮できません。

日本の観光は、観光客をできるだけ多く招くため、「安売り」に特化しすぎています。

たとえば、『国宝消滅』を執筆する際に代表的な文化財拝観料の平均を調べたのですが、日本では593円なのに対し、海外では日本円で1891円でした。日本は物価が高いとよくいわれますが、実は観光客には安い価格設定しかないのです。日本には「松竹梅」という言葉があるのに、なぜか拝観料はみな平等。しかも非常に安いのです。

自国民は安くして、外国人向けに通訳ガイド付きコースや音声ガイドコースなどの「松竹梅」をつくってもいいのに、なぜ差をつけないのか、不思議でしょうがありません。新幹線は自由席、指定席、グリーン席のように「松竹梅」になっているにもかかわらず、です。

観光もスポーツも、整備していないからいまいち盛り上がっていないのか、あるいは日本人が仕事を休まないから整備されてこなかったのか、これまでの経緯はわかりません。しかし、ひとつだけはっきり言えるのは、今のままでは観光もスポーツも「成長産業」にはなれない、ということです。

それは裏を返せば、やるべきことさえやれば、アメリカのスポーツ産業のように確実に「成長」していくということです。整備をして、日本の観光資源・スポーツ観戦の楽しみの幅を拡げていけば、日本経済が良くなるだけでなく、日本人の休みの満足度も上がるという、まさに「一石二鳥」の効果が期待できます。

観光とスポーツを「産業化」できるかどうかは、「やるかやらないか」、それだけなのです。

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