(中外時評)多様性が育む競争力 問われる日本企業の国際化 論説委員 関口和一
- 2012/7/15付
- 日本経済新聞 朝刊
- 1746文字
スイスのビジネススクール、IMDの学長らが出版した本が産業界で話題となっている。題名は『なぜ、日本企業は「グローバル化」でつまずくのか』。よくあるテーマだが、注目される理由は、この大学院が毎年、世界各国の国際競争力ランキングを発表しているからだ。
5月末の最新報告では日本の順位は27位。電力供給などの懸念から順位を1つ落とした。日本は10年ほど前から20位台で低迷し、多少の上下は驚かないが、1992年まで1位だったことを考えると、下位に甘んじているのは、ふに落ちない。
出版された本を読むと、理由はまさにグローバル戦略の欠如にあるという。IMDは経営者向け教育が専門で、グローバル戦略は最も得意とする分野だ。そこで世界の経営者はここで何を学んでいるのか、体験授業を受けにローザンヌへ飛んだ。
レマン湖を見下ろすローザンヌには国際オリンピック委員会などがあり、人口の4割近くは外国人。街全体が国際的で、IMDの教授約70人の国籍も20カ国を超える。記者が受講した「OWP」という短期講座には、世界約50カ国から約500人のビジネスマンが参加した。
まず驚いたのは様々な英語のアクセントだ。日本人のほうがむしろ上手だが、仕事で日々使うらしく堂々と話す。もう一つ驚いたのは米国人が3人しかいなかったこと。ビジネススクールは米国が本場で、スイスまで来るのは少数派のようだ。
そこで本の著者、ドミニク・テュルパン学長がフランス語なまりで答えてくれた。「英語はコミュニケーションの道具。日本人も臆する必要はない。米国もある意味、日本と同じ同質な国だ。グローバル化とは米国化ではなく、世界をにらんだ戦略を考え、ダイバーシティー(多様性)を取り込むことだ」
授業でもアフリカや南米市場をどう攻略するか、日本からは遠い国の話が交わされる。その国の出身者がいれば説明を求められる。話が日本に及ぶと当然、記者にも質問が飛んできた。
日本の順位がなぜ低いのか、編集責任者のステファン・ガレリ教授にも取材した。教授いわく「日本は大企業に資源を集中して成功したが、次のモデルが描けていない。中堅・中小企業にもっとお金や人材が回るようにし、インターネットなどによる技術革新とグローバル戦略が必要だ」という。香港やシンガポールなど順位の高いところはそうしていると指摘する。
競争力報告ではスイスも3位にランクされる。理由をIMD自身に見ることができた。つまり多様な人材を呼び込むことでグローバル市場での接点としての存在感を高め、今度はそれを教育や国際調査というビジネスに換えているからだ。
報告書作成に59カ国・地域の統計データをそろえ、それぞれ個別にヒアリング調査ができるのも、卒業生が世界各地で活躍しているからにほかならない。
ローザンヌに近いジュネーブ郊外には「ヒッグス粒子」を発見した欧州合同原子核研究機関(CERN)もある。世界から研究者が集まることで知られるが、21年前には「ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)」の技術もここから生まれた。
新しい発明やベンチャーでは米シリコンバレーやイスラエルも有名だ。いずれも移民などを受け入れる多様性が創造性を育んでいる。4カ国語が共存するスイスも同様で、国際戦略でさらに多様性に磨きをかける。
IMDはもともとスイスの食品大手、ネスレの教育施設から独立した。同社が世界市場で成功しているのも、「13人いる執行役員の国籍が11カ国で、最高財務責任者はフィリピン女性という多様性が背景にある」とテュルパン学長は強調する。
オランダの家電大手、フィリップスも、執行役員10人のうちオランダ人は経営トップなど半数だ。同じ会社で育った人間が何人も役員に並ぶ日本の会社は、グローバル戦略とかけ離れた存在といえなくもない。
そうした同質性も現場の統制が重視される製造業では重要な武器となった。だが日本企業もソフトの開発力やグローバルなマーケティング力が求められる今、多様な人材を集めなければ、世界市場では戦えない。
楽天やファーストリテイリングが社内公用語を英語にした。日本人だけで英語を話すのは変だが、海外展開が進めば当然の光景となる。まさに日本のグローバル戦略が問われている。