2013/04/02

与謝野晶子(あきこ):5万首を読んだ多産作家

与謝野晶子(1878- 1942。65歳)  (※)文化学院
 与謝野晶子(1878- 1942。65歳) 


与謝野晶子は、近代日本でいちばんエライ女性です。

24歳から41歳まで13人を出産しました。
子どもを育てながら、作品を発表し続けます。

バイタリティーあふれる肉食系です。

5万首の歌を残します。
「清水(きよみず)へ
祇園をよぎる桜月夜
 こよひ逢ふ(あう)人みなうつくしき」。
堺市のお菓子屋の3女に生まれました。

歌集『みだれ髪』で、封建制に反抗し、恋愛を賛美しました。
『みだれ髪』は浪漫主義の代表作です。

上京して、「明星」の中心人物・与謝野鉄幹と結婚します。

「明星」は、石川啄木、北原白秋を送り出します。

日露戦争の2年後1907年、29歳の与謝野晶子は、与謝野鉄幹を追ってパリに向かいます。

敦賀から船で、敵地のロシアのウラジオストックへ。
シベリア鉄道でパリまで11泊12日の旅です。
帰りはマルセイユから船で横浜までの船便でした。

<* 与謝野鉄幹は「人を恋うる歌」で知られています。
 妻を めとらば 才たけて みめ美わしく情けある♪♪
友をえらばば書を読みて 六分の侠気 四分の熱 ♪♪  >
与謝野晶子は、45歳の時関東大震災で、10年以上にわたり書きためておいた源氏物語の現代語訳4000枚を灰にしてしまいます。
この作業を森鴎外も手伝ったこともあります。
気を取り直して、再挑戦し、15年かけて、60歳で『与謝野源氏』を完成させます。

1921年、お茶の水駿河台の文化学院を創設に加わります。
日本で最初の男女共学校です。

貧乏のし通しのなかで、1935年に与謝野鉄幹は死去します。
晶子(あきこ)は、育児、子どもたちの結婚に苦労を続けます。
しかし、おびただしい歌を作り続けます。



与謝野晶子の肉声  短歌などの朗読  国会図書館

与謝野晶子の作品  青空文庫

【追】
元財務大臣・与謝野馨は晶子の孫です。