2013/05/29

西欧史は、ギリシャ・ローマ→ イスラム→ 西欧、と続く

ギリシャ→ イスラム→ 西欧
古代ギリシャ帝国。http://goo.gl/Ktr1u
古代ギリシャ文明の後継者は、イスラムです。
古代ギリシャ文明の遺産は、アラビアに9割伝わりました。

ローマには1割ほど伝わっただけです。

また古代ギリシャは多民族国家でしたので、文明の担い手は、半分以上が非ギリシャ系アジア人でした。
750年ウマイヤ朝。http://goo.gl/acHZL
ファイル:Japanese-Ottoman1683.PNG
オスマン帝国の領土。http://goo.gl/fRC91
イスラムのウマイヤ朝は、756年スペインに王朝を建てました。
イスラームは
  600年間スペインを支配
します。
ギリシャ・ローマの遺産をたずさえて600年間スペインを支配します。

オスマン帝国になってもスペインはイスラムのものでした。

イスラム圏ではユダヤ教徒を、伝統的に保護する政策をとりました。
イスラム教徒にとり、ユダヤ教徒は自分たちと同じ神を信仰する仲間なので、親しみの目で見ていました。
 <*  仲が悪くなったのは、第2次大戦中のイギリスの3枚舌外交のせいです。>

イスラム圏ではユダヤ文化人も活躍しました。

彼らは、ユダヤ哲学や思想を発展させたばかりでなく、医学、天文学、自然科学、哲学などの知識を翻訳しました。

西欧知識人は、アラビア語を学び、アラビア科学を輸入しました。
近代科学の基礎は、こうして築かれました。
これを12世紀ルネサンスと言います。

1492年、スペインは国土回復運動(レコンキスタ)によりイスラムを駆逐します。
同時に国王はユダヤ人追放令を唐突に発しました。

<※ ユダヤ人追放例により数10万のユダヤ人が先祖代々の地を裸の状態で追われました。
1492年に、ユダヤ人ともいわれるコロンブスが、アメリカにたどり着いたのはユダヤ人追放令が原因です。
西欧に逃れたユダヤ人は、そこでギリシャの学問、科学を伝えることに貢献します。>

西欧がギリシャ・ローマを知るのはイスラム圏を通してです。

西欧は自分たちの出自を無視隠蔽しています。

ムスリム(イスラム教徒)は、自分たちが西欧に文明を、恩恵をもたらしたことを知っています。
したがって、服装や生活様式を現代風にしても、西欧風にはしません。
西欧に引け目を感じないからです。

タイは、ムスリムを肌で感じる学習の場でもあります。

世界人口のほぼ3割、20億人がムスリムです。
世界のイスラム人口

ムスリムは親日的です。
大国で、手を汚してないのは、日本だけです。

急増するムスリムは、ここちよい訪日観光を望んでいます。

「イスラム観光」が観光のキーワードになるでしょう。

◇                    ◆                    ◇

桑原政則:トルコ皇帝の子孫のおばあさんと
ケマル・アタチュルクの直孫の婦人。イスタンブルにて。
トルコは世界3大親日国の1つです。

 トルコの父・ケマル・アタチュルクの直孫の老婦人は、言いました。
「日本はアメリカに従ってばかりではいけません。

アメリカ、西欧の支配は1750年から2050年の300年間だけです。
トルコは600年世界を治めました。」

イスラムが西欧を下に見るのは、歴史に由来します。

◇                    ◇                    ◇

(※) 『もういちど読む山川世界史』では、
    イスラムでなく「イスラーム」、
    レコンキスタでなく「国土回復運動」、でした。
イスラーム(Islam)とはイスラム教のことです。
ムスリム(Muslim)とはイスラム教徒のことです。