新年、中国人殺到の"隠された華人国家タイ"
JBpress1月30日。抜粋・編集
中国最大の“民族大移動”が始まった——。
今年の春節(旧正月)は1月28日で、中国では27日から2月2日までの1週間が正月休みだからだ。
旅行先で圧倒的ナンバー1のタイ
春節旅行で断トツ人気は「タイ」(携程旅游調べ)。実はタイは、今年の元旦連休でも圧倒的人気ナンバー1の旅行先で、昨年の年間渡航先(中国本土以外)ランキングでも堂々の3位(1位、2位が中国の香港、マカオ)に躍り出て、4位の韓国、5位の日本を引き離した。
テロなどの影響から回復した2015年には、前年比70%増の約800万人の中国人がタイを訪れ、「観光客の約30%は中国人観光客」(タイ政府関係者)と、中国人にとって最も人気の旅行先となった。
同年、日本へは前年比約100%増のほぼ500万人の中国人が訪れたが、対人口比(タイの人口は約6900万人、2015年)では、低迷するタイの経済状況の中、中国人観光客の影響は日本とは比較にならないほど大きい。
さらに、最近では日本と同様、ロングステイ先としても人気急上昇。中国の中産階級が、穏やかな気候、コスト安、PM2.5などの大気汚染に悩まされない「アジアの移住先」として熱い眼差しを注いでいるほどだ。
最近ではもともと親日のお土産屋さんでも漢字表記の看板が増え、「こんにちは!」から「你好(ニーハオ)!」とかけ声が取って変わっている。
中国人相手にトラブルも多いが、中国人観光客急増で、良くも悪くもタイ社会に大きな影響を及ぼし始めている。
もともと中国人がタイに興味を持ち始めたきっかけは、3人の中国人がタイで一攫千金を狙ってドタバタ喜劇を演じるコメディ映画『人再囧途之泰囧(Lost in Thailand)』(2012年公開)。当時、中国映画史上最高となる約13億元(約220億円)の興行収入を上げ記録的な大ヒットとなった。
その影響で同映画の撮影地となったチェンマイやプーケットが特に人気で、ブランド品が格安で大量に買い漁れる“爆買い天国”のバンコクも欠かせないらしい。
もう1つの理由は、中国政府がタイを早々に親族訪問先とし海外渡航解禁国に指定したのに伴い、タイ政府が段階的にビザ要件を緩和してきたこと。
昨年11月末には、タイ政府は、2016年末から2017年初頭にかけ、大使館でのビザ申請費用免除、現地ビザ申請費用引き下げを発表。
中国人観光客が急に増えるとトラブルも必然的に多くなる。昨年末、タイでは背後で中国マフィアが絡む、ツアー費は無料だが宝石店などで破格な土産品を強要する中国人相手のツアー「ゼロドルツアー」の取締り強化が図られ、中国人観光客が一時減少した。
タイ政府は中国人に対する”規制緩和”で、「観光収入がGDP(国内総生産)比10%を占め、観光客数でもアジアでトップ、世界有数の観光大国のタイの同収入、2割近くを占める中国人観光客の大量消費は経済回復に欠かせない」(タイの経済アナリスト)と今年は一層の中国人観光客のてこ入れを狙っている。
「今年の旧正月期間の外国人観光客数を前年比約4%増の82万5000人、観光収入は約10%増の191億バーツ(約630億円)」(タイ政府観光庁)を見込んでいる。
こうした中、中国人がそもそもタイに殺到するもう1つの理由は、タイが、「隠れ中華国家」だということだ。
春節は中国だけでなく、台湾、香港、さらにマレーシア、シンガポール、ベトナムのいわゆるアジアの「中華圏」も祝日で、多くの店は閉まっている。
したがって、旅行先は当然、「非中華圏」になるわけだが、春節時、タイへの観光客の半数以上が、中国を含めたマレーシアなどの東南アジア人が占める理由は、タイでは旧正月は祝日化されておらず(タイの新年は4月)、「非中華圏」と見なされているからだ。
タイでは同化した華人
さらに、街中の表示もタイ文字がほとんどで、中国風の家屋も見られない。公用語はタイ語でタイ人で中国語を話す人はほとんどいない。伝統的な中国料理店もあるが、ラーメン店など日本の中華料理店の方が断然多い。
しかし、タイに長く住むと、「中国系の血が入っていないタイ人はいない」と聞くほど、実際、中華系の人はかなり多いと知らされる。
そもそも東南アジアの華人は約6000万人と言われる。タイでは約15%が中華系で、約80%のシンガポールや約20%強のマレーシアより低いが、人口数では、約1000万人と最大だ。
「タイ華人」の多くは中国・広東省潮州市周辺出身の潮州人で、広東、客家、福建、海南人も居住する。
タイ王室も例外ではない。現王朝チャクリー朝の始祖はタイ人だったが母親が華人で、新王朝以降も華人姓「鄭」を名乗り、ラーマ2世の正室の1人も華人で、この正室の子孫が王位を代々継承してきたからだ。
さらに、「名君」ラーマ5世まで華人を優遇する政策を推進してきた。昨年末、新国王に就任したラーマ10世、その父上の故・プミポン国王(ラーマ9世)も中国系の血が混じっているということになる。
さらに、政財界に至っては、それこそ「華人系でないのを探す方が困難」(タイ史専門家)なぐらいだ。
まず、政界だが、その影響力は絶大だ。今日のタイ情勢を語るに不可欠なタクシン元首相も華人。当然、妹のタイ初の女性首相インラック氏もそうだし、華人でありながら反華人政策を唱えた独裁者のピブン、さらにはチャチャイ、チャワリット、アピシット・・・、歴代首相のほとんどが華人系。
そのため、副首相や大臣など首相を支える政権の重要ポストも華人系で埋められる。言い換えれば、近年続く政冶不安の背景には、とりわけこれら華人同士の利権問題が発端となっているほど、タイの政冶にも華人は深く浸透している。
「タイ華人」の歴史は長く、古くは、対中貿易でタイに利益をもたらした場合、国王配下の官吏などに重用され、爵位を持つ華人も誕生。現在は華人3世や4世が台頭し、財閥のほとんどは華人が創業者で、中華系が牛耳っている。
セブンイレブンなどを展開する大財閥CP(チャロン・ポカパン)グループはタイを代表する華人系(潮州系)多国籍企業だ。
タニン会長は、政財官界、軍に極めて強力な影響力を持つプレム枢密院議長(元首相、元陸軍司令官)の側近としても知られ、政財界に大きな影響力を持っている。
CPは、約40年前、中国・深圳経済特区に世界で最初に投資した企業で知られる。中国と米国の合弁企業として、飼料工場などを手がけてきた。以来、同グループの中国事業を現地で指揮してきた、会長の右腕で実質グループを動かすタナコーン・セリブリ副会長は中国からの移民3世だ(中国名、李紹祝)。
手がけた事業は数百件に登り、金融から2輪車製造までと幅広い。世界を驚かしたのは中国最大自動車メーカー「上海汽車」の初の自社ブランド海外進出を、タイで同社と合弁で生産開始を決定したことだった。
貿易額でも日本を抜き中国がトップに
ASEAN(東南アジア諸国連合)でインドネシアに次ぎ、第2位の経済大国のタイは、アジア経済の集積拠点で日本の企業も自動車メーカーを中心に製造業が多く進出し、CPを含めた華人企業とも合弁事業を展開してきた。
しかし、ほんの数年前までは、タイの貿易総額で首位だった日本は2位となり、中国が首位に取って代わった。
「タイ財閥の多くは、中国の進出で成長している。タイ華人は、中国事業で成果を得た分、中国企業に協力したいと思っていて、そういう親中企業は多い」(タイの経済アナリスト)という。
もともと「タイ華人」は、13世紀の初代スコタイ朝以前から渡来し、中国や日本との貿易拡大に伴いタイに渡ってきたという。その後、急速に台頭した日本人勢力を、華人が国王に箴言し、追放。以来、対外貿易は国王専売とされ、華人支配となったという。
結果、華人は国王配下の官吏などとして重用され、爵位を持つ華人も生まれ、18世紀のビルマ軍侵攻でアユタヤ朝が滅亡後は、爵位を持つ潮州系華人のタークシン(中国名:鄭昭)が反乱、第3代トンブリ朝を築いたと言われている。
結局、タイに華人王朝が誕生したことで、以来中国との朝貢貿易が活発化し、潮州人などの華人がタイにやって来たらしい。
東南アジアでは、貧富の格差を背景に、先住民と華人が対立するのが常だ。インドネシアではオランダ統治が終わっても、中華系住民は経済力を誇示し、今も、インドネシア人と中華系との関係はしっくりいかない。これはべトナムでも同じだ。
当然、隣国のマレーシアのように、ブミプトラ政策(マレー人優遇策)をする必要もなく、いざこざもない。東南アジアで唯一、タイが華人の「現地化」を成功させたのだ。
その背景には、人頭税増税でゼネストを起こした華人を「東洋のユダヤ人」と批判し、これまでの華人優遇策を転換させたラーマ6世の存在が大きい。国王は華人のタイへの同化を模索し、属地主義を採用。
その後、タイ王国は1930年頃から、本格的なタイ人独自のアイデンティティー育成に力を注いだことが挙げられる。
タイ国民に民族的血統に関係なく、「タイ語、タイ文化、タイ史の履修の義務化で、マレー語や中国語教育を禁止」「タイで獲得した経済的利益の国外持出し禁止」「タイ国王とタイ民族への政治的忠誠を義務付」などを実施。
その結果、「タイ華人」はタイ人化し、「タイ人」として王族にもなり、上座仏教の僧侶にもなり、政治家にもなり、実業家にもなった。
近年、タイでは、政冶的な暴動が発生するが、これは中華系とタイ人の対立でなく、中華系を含む「タイ人同士」の政治的軋轢から起こっている。
同政策とともに、第2次大戦後は、外国人移民を制限。結果、タイ人との同化が進んだ「タイ華人」の3世や4世の多くは、タイ語しか話さず、近隣諸国の華人と違い、華人としてのアイデンティティーを標榜しない。
親中政策を採る軍事政権
しかし、約300年の歴史で世界で最古のタイ最大の中華街「ヤワラート」では赤や黄色、金色の極彩色が眩しい春節の飾りつけが目を引く。
そこには、2階から5階建ての棟割長屋で、1階が中華料理店などの店舗、2階以上が住居や倉庫に使われる中国風家屋が軒を連ねる。
そこで味わえるタイ名物の「クイティアオ・センヤイ・ラートナー・タレー」という料理は、日本のあるガイドブックでは「タイ風海鮮あんかけ太麺」として「タイ料理」と紹介されている。
しかし、タイ華人の友人曰く、「タイ料理にあんかけはない。クイティアオはタイ料理には違いないが、あんをかけたらタイ料理でなく、中国料理だ」と一笑された。
1月中旬、英軍事誌「ジェーン・ディフェンス・ウイークリー」は、「2026年までに中国からタイへ通常動力型潜水艦3隻が引き渡される」(タイ海軍当局)と中国製潜水艦の対タイ輸出スケジュールを暴露した。
クーデターで軍事政権が発足後、欧米との関係が冷え込むタイは、中国との関係を深め、“フリーハンド外交”を展開。両国の間では、ビザ発給要件が緩和され、中国とタイとの関係は一段と深まっていく。
表面上中国色が出てないものの実際は相当に中国色が浸透し、しかしながらタイ色にこれほどうまく変身している華僑社会は世界にも例を見ないだろう。
だからこそ、この“隠れ中華国家”に中国人は親しみと魅力を感じずにいられないのだろう——。
筆者:末永 恵
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