物価高で際立つ、シンガポールの「富」と「貧」
2017/5/18 nk 佐藤剛己
安売り大手ドン・キホーテ創業者の安田隆夫氏が2017年3月、シンガポールのセントーサ島の高級一軒家を2125万シンガポールドル(約17億円)で購入したことが、不動産業界の中でちょっとした話題になった。名義はシンガポール人の妻だそうだ。家は、セントーサ・コーブと呼ばれる超高級住宅街の一画にあり、地上2階地下1階、1 万1268平方フィート(約1000平方メートル)の、当地の富裕層に絶大な人気のバンガロースタイルだ。超高級住宅市場はここ数年、動きが静かだったらしいが、日本人著名人の購入で、経済ニュースは一時的に高級住宅の特集でにぎわった。
■外国人向けアパート家賃、23万~58万円が相場
セントーサ・コーブを数少ない例外として、シンガポールの一戸建ては外国人が購入できない。土地のほとんどが国有地なことが主な理由だが、それはともかく、シンガポールは家の値段が高い。中でも、グッド・クラス・バンガロー(GCB)と呼ばれる最高級一軒家は、極少数の富裕層しか手が届かない。GCBは政府指定39地区に建てられた2500余りの物件のこと。「敷地1万5000平方フィート以上」「高さは2階まで」などの条件がある。2010年は133件、総額23億8000万シンガポールドルで売買契約が成立したが、2014年は26件、5億8775万シンガポールドルだった(2016年4月15日、propertyguru.com.sg)。いずれにしても数十億円の家など、一般的な家計でまかなえる額ではない。
住宅価格の高さは、外国人が払うアパート(コンドミニアム)家賃で見ても分かる。少し古いが2013年の日本貿易振興機構(ジェトロ)のデータによると、シンガポールの駐在員が借り受ける月額賃料実勢価格は3600~9000シンガポールドル。2012年の円換算レートが64円くらいなので、23万~58万円となる。今は為替が80円弱くらいだが、ここ2年ほどで値崩れした状況を加味すると、相場観は同じようなレンジになるだろう。
筆者は、島東部の外国人がかつては少なかった地区に住んでいる。シンガポール人でも、西部出身の人は知らない人がいるほどのところだ。近所のチキンライスは3シンガポールドルほど。都市部の絢爛(けんらん)たる生活とはあまり縁がないが、それでも毎月がっかりする金額を家賃に払っている。
■ビール中ジョッキ、13~15シンガポールドルの店も
【※】1シンガポール ドル= 80円
家だけではない。車は政府発行の自動車購入権(COE)などの課税が重く、例えば日本で250万円の新車が1000万円相当。アルコールはビールの中ジョッキが都会値段で1杯13~15シンガポールドルだ。人気の日本ラーメンも15~20シンガポールドル。他の東南アジア諸国と比べて、どれもべらぼうに高い。東南アジアのどこへ行ってもその国の知人から「なんでそんな国にいるのだ。こっちへ来い」と誘われる。確かに、バンコクなどは値段の割に和食が圧倒的に美味なので、つい誘惑にかられる。
ここ数年、シンガポールでも筆者と同じように郊外に住む外国人が増えていると思っていたところ、最近、地元の日刊紙に物価の高さが生活に与える影響を特集した記事が2本載った。
一つは、転勤でシンガポールにやってきた駐在員の子供を、従来のインターナショナルスクールではなく、その「お手ごろバージョン」に入れるケースが増えてきたというものだ(2017年4月25日、Today)。会社が出す家賃補助、子供の学費補助などの駐在員手当(いわゆるエクスパット・パッケージ)で、生活がまかないきれなくなった結果だ。手ごろといっても、カリキュラムを削るのではなく、給食の自前提供をやめてシンガポールで盛んなケータリングを採用する、オフィスビルに位置する学校では近隣のプール施設で水泳の授業をする、など施設運営に工夫がある。外資誘致官庁として日本でも有名な政府経済開発庁(EDB)はTodayの記事で、類似学校の設立申請がさらに複数あるとコメントしている。
■駐在員の子供の学校選びにも変化
確かに筆者の知人(英国人)は先日、子供の転校でこの手の学校の情報が欲しいと連絡してきた。また、同じコンドミニアムに住んでいた外国人で、雇用が駐在員扱いから地元扱いになり、あるいは転職に失敗して生活を立て直せず、そのまま帰国した家族も少なくない。駐在員の生活もかなり変化している。
もう一つの記事は、対シンガポールドルで歴史的な通貨安となっているマレーシアリンギットがもたらす影響についてだ。マレーシア側に住んでシンガポールの空の玄関チャンギ空港で働く家族は、シンガポールドルでもらう給料のリンギット換算額が大きくなり、「おかげで暮らしが楽になった」と喜ぶ。その一方、シンガポールでの仕事を命じられたマレーシア人は、リンギット建て給与のシンガポール換算額が激減し、家族をまかなえず生活が破綻寸前になったという(2017年4月16日、Today)。
シンガポール人も物価高に不満を持っていることは、いろんなところでうかがえる。各種統計を読めば、日本よりシンガポールの方が平均給与は1~2割低いことが分かる。5年に一度の選挙では必ず、「外国人がシンガポールの物価を上げている」という主張が一定の支持を得る。街場のスーパーで突然、「あなたたちがいるから我々の生活が苦しくなるのだ」とけんかをふっかけられた友人(だいたい一目でそれと分かる欧米系)も少なくない。日本から進出した「100円ショップ」はロケーションを問わず、いつも大混雑だ。
それでも、空を見上げればたくさんのクレーンが見えるのがシンガポール。大規模公団住宅HDBに始まり、コンドミニアム、オフィスビル、アトラクションパーク。働く人の多くは低所得国からの移民労働者だ。極めて低い賃金で働く彼らは、月3桁シンガポールドルのエアコンなし住居に住めれば良い方だ。「160人と一緒に建設現場で寝泊まりし、トイレは7つしかなかった」という話もある。
路上でイカサマ丁半を張る人や着の身着のまま春をひさぐ女性が立つ街角が、ここかしこにある。安月給故に一獲千金を夢見てカジノに熱を上げ、人知れず消えていった人も日本人、シンガポール人を問わず多い。その後、カジノのVIPフロアで流れるのは「あの人の借金は1億円だった」などという噂話だ。
極端な富と貧困が混在するのが東南アジアの特徴だが、国土の狭いシンガポールにいると、両方とも手の届くところで見えてくる。
佐藤剛己(さとう・つよき) 新聞記者9年、米大手民間調査機関11年(日本支社長3年)などを経て2013年9月、シンガポールと日本でhummingbird advisoriesを設立。ビジネスや政治を中心に、汚職などコンプライアンス面のリスク分析を提供する。ASEAN各国や北東アジアに情報収集ネットワークを張り巡らせる。公認不正検査士
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