50年目のASEAN首脳会議、結束高まらず 。「顔役」不在
2017/5/6付 nkを抜粋編集
発足から50年の節目の年を迎えた東南アジア諸国連合(ASEAN)の首脳会議が4月29日、今年の議長国フィリピンの首都マニラで開かれた。
加盟国が中国と領有権を争う南シナ海の問題では強硬な意見も出たが、ドゥテルテ比大統領は取り合わず、結束が高まったとは言い難い。かつて発信力のあるシンガポール元首相のリー・クアンユー氏やマレーシア元首相のマハティール氏らが引っ張ったASEANは、リーダー不在の時代を迎えている。
南シナ海問題についても、議長に任せる形で終わった。
声明には中国との関係改善を優先するドゥテルテ氏ら中国寄りの主張ばかりが反映された。
かつてASEANには多くのオピニオンリーダーがいた。インドネシアのスハルト元大統領はASEAN創設期に主導的な役割を果たした。リー・クアンユー氏は、旧ソ連の脅威が高まると、当時5カ国だった加盟国間の軍事協力を提案した。
マハティール氏は1990年に今の「ASEANプラス3」の素地をつくった。タイのアナン元首相は、「ASEAN経済共同体(AEC)」を提唱した。2010年代にもインドネシアのユドヨノ前大統領が南シナ海問題などで議論を引っ張った。
現在の首脳たちはどうか。共通するのは、内政にエネルギーを割き、外交への関心が薄いとみられることだ。域内大国を率いるジョコ氏は「外交をあまり好まない」とされ、16年7月のアジア欧州会議(ASEM)や11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議にはユスフ・カラ副大統領が代理出席した。
ASEANは意見の違いを乗り越え、人口6億人を抱える地域機構として結束し、欧米や中国など大国と渡り合ってきた。リーダーなき今、その存在感は低下の危機にある。(マニラ=遠藤淳)
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