2017/06/25

ITは最先端の「さらに先」へ。 坂村健

最先端の「さらに先」へ  坂村健
毎日新聞2017年6月22日を抜粋編集

 つい先日「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」が閣議決定された。今後の行政に、どうICT(情報通信技術)を生かすかの計画だ。現在のまとめとしてはよくできた計画だと思う。

 ただ、問題は、最近のこの分野の進歩が驚くほど加速していることだ。進歩が他の業界の7倍速だとして、人間の7倍の速さで年をとる犬に見立てて「ドッグイヤー」と言われていたが、いつしか18倍の「マウスイヤー」に--。さらに研究開発自体に人工知能が利用され始め、比較する生き物すらない状況になりつつある。つまり、今回の基本計画がいくら良くても、「世界最先端IT国家」というなら、「さらに先」のビジョンを「いま」持つ必要がある。

 一例を挙げると、行政の電子化だ。基本計画には「ペーパーレス化を目指す」と書かれている。以前からずっと挙げられていた課題で、技術的な道具立てはそろっても制度が遅れていた。だから、基本計画は大きな推進力になるだろう。

 しかし日本の問題は、そういう時に「変更」ではなく「追加」になることだ。「電子も可」でなく「紙は不可」としないと、システムは複雑化するだけだ。

 例えば「印章」。世界でも特異な印章文化を日本では古代から確立してきた。今もいろいろな制度が印章を前提にしている。しかしこれが非効率ということで、りそな銀行は2年後をめどに、電子カードを使った印章廃止を宣言している。

 知られていないが、実はマイナンバーカードにも行政電子化のカギとなる電子印章機能がある。これが普及しないのも、紙との「二重行政」を許しているからだ。「紙不可」になれば、あっという間に普及するだろう。不可までいかなくても、手数料や利用時間で差をつけるのは決して不公平ではない。選択は自由でありながら、より高いコスト負荷を公共に与える人が、そのコストを負担するのは当然だろう。

 印章と並び、行政のペーパーレス化を阻むのが「印紙」。日本的には、制度改正でクレジット支払い可能にして--とか「追加」で乗り切ることをいろいろ考える。しかし「さらに先」のビジョンなら、社会から貨幣を無くす「完全キャッシュレス化」だ。SFだと言われそうだが、インドは最近「完全キャッシュレス計画」を開始した。「印紙の電子化」を考えるより、その方がICT的には正解だ。この分野の経験則として、過去のしがらみをバッサリ切った方が、システムは簡素になり、開発も低予算になり、効率もよくセキュリティーも強固にできる。

 日本の問題は技術ではない。「追加」に覚悟はいらないが、「変更」には自由や個人の権利と公共の利益との調整など難しい議論が必要となる。インドに追い越されれば「世界最先端IT国家」は見果てぬ夢。そうならない覚悟が日本にはあるのだろうか。(東洋大INIAD学部長)

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