2011/12/11

3代・北条氏康:後北条氏の全盛を築く


扇谷上杉、山内上杉、関東公方足利の位置
― (1515 - 1571、56歳) ―

北条氏康は、1551年、
・扇谷(おうぎがやつ)上杉、
・山内(やまのうち)上杉、
・関東公方足利
の連合軍を河越夜戦(よいくさ)で破りました。
 <*  公方(くぼう)とは、鎌倉府の長官のことで、足利尊氏の子・足利基氏の一族が世襲しました。>

1561年には上杉謙信を敗走させ、伊豆、相模、武蔵、上野(こうずけ)を領有し、関東最大の戦国大名になりました。
周囲の武田、今川、上杉など強力な大名と和戦を巧みに使い分けながら領国拡大をおこないました。

北条氏康は後北条氏の全盛期を築きました。

税制の整備、貨幣の統一、検地の施行など民政にも手腕を発揮しました。
和歌にすぐれた文化人でもありました。

北条氏康の北条氏は、鎌倉幕府の執権をつとめた北条氏と区別するために、後北条氏とよびます。
小田原北条氏ともよばれます。
戦国北条氏ともよばれます。

初代・北条早雲、
2代・北条氏綱、
3代が北条氏康です。
4代・北条氏政、
5代・北条氏直
と続きます。

後北条氏は、1491年から1590年の100年にわたり、戦国大名として君臨しました。
小田原の民は、今もその栄華をほこっています。

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北条氏康の河越夜戦(よいくさ)