老人は若返り、働き続ける。2040年代の東京。毎日
老人は若返り、働き続ける 高齢者人口が3割超 2040年代の東京
毎日新聞2016年9月1日藤原章生 要約
団塊ジュニア世代が皆、65歳に突入した直後の2042年、日本の高齢者人口はピークを迎えるという。
東京郊外は高齢者の集団住宅と化し、地方の高齢者も介護者のいる東京へ集まり、一極集中が続いているかもしれない。
高齢者はどんな暮らしをしているのか。
識者の声をヒントに東京の近未来を妄想した。【藤原章生】
AI普及で新たな仕事も
現在55歳の私(記者)は2042年には81歳。75歳以上を指す「後期高齢者」のど真ん中にいる。どこで何をしているのか、介護が必要なのか、自分でもなかなかイメージできない。
社会保障・人口問題研究所が10年の国勢調査を基に12年に発表した推計によると、東京都の人口は15年の約1335万人あたりをピークに減っていくはずだった。ところが、15年国勢調査の抽出速報で、人口集中はまだ続いており、次の推計で大幅に修正するという。小池司朗・人口構造研究部第2室長(44)は「断言できませんが、東京の人口のピークは早くとも2020年から2025年」とみる。そこには2020年の東京五輪や今も続く都心回帰は加味されておらず、集中は2030年代も続く可能性がある。
人口に占める65歳以上の割合を指す高齢化率を見ると、東京は2015年、全国で3番目に低く約23%だったが、2040年には33・5%となり、介護を求める人が集まればさらに高まる。その時、高齢者はどんな暮らしをしているのか。
未来予測ならこの人。社会制度や経営を専門とする横山禎徳(よしのり)さん(73)に聞いてみた。外資系シンクタンクや東京大で働いてきたが「過去はどうでもいい」と「社会システムズ・アーキテクト(設計者)」という肩書で通している。
「42年? 多分、どんな予想をしても完全には当たらない」と断った上でこう断言した。
「あなた、そのとき81歳? まだ働いているんですよ、あなたの世代は。仕事はありますよ、いろいろ。大体、人工知能(AI)で仕事がなくなるなんて愚かな議論です。農業の機械化と同じで単純労働が消える分、新しい仕事が増えるんですよ」
厚生労働省は、25年には介護職員が全国で約38万人、東京だけで3万6000人不足すると推計している。東京には「介護難民」があふれるのでは、と懸念を伝えると、横山さんはため息をつき「まずは発想の仕方を変えないと」と言い、こう続けた。
「AIは一人一人の心身を補助してくれるわけだから、皆が介護ってことになりませんよ。現状をそのまま未来の人口構成に当てはめるから悲観論になる。地方消滅とか介護破綻とか、技術の進捗(しんちょく)を踏まえない予測で不安をあおっているだけ。
42年ごろにはSIDT(センサーを含めたネット、デジタル技術)が大きく社会を変えているはず。その辺の本を読んでもらわないと話がかみ合いませんね」
急いで横山さんが薦める本を読むと、7月に邦訳された「<インターネット>の次に来るもの」にこんな話があった。米国の雑誌「WIRED」の創刊編集長、ケヴィン・ケリー氏の論だ。
2020年代に入ると微小のセンサーが低価格で大量生産され、自宅で脳波に至るまでのデータを自分で測れる装置が普及していく。ネット上に蓄積された健康データや遺伝子情報に基づいた個人向けのオーダーメード医療が常識となる。人それぞれ最適の配合をしてくれる錠剤製造マシンを家で使えるようになる−−。42年ごろ、健康寿命はかなり延びている、ということだ。
改めて横山さんに聞くと、東大高齢社会総合研究機構が1992年と2002年の高齢者の通常歩行速度を比べ、男女ともに11歳若返っていたというデータを基に解説してくれた。「例えば今の75歳は肉体的に90年代の64歳と言われているんです。今90代の人を見て、自分たちもああなると思うのは間違い。私の親の世代は健康志向もサプリメントも知らなかったんです。その下、さらに下の世代は健康のための自己規律が全然違う。脳も直近の記憶力は落ちても、判断力は老いるほど伸びると言われている。認知症はこの先、治療技術が進み、65歳で4人に3人、80歳でも2人に1人は働けるようになります」
年金をあてにできないし
42年の東京は高齢者が働くのは当たり前。健康なまま年金暮らしというわけにはいかないのか。
「下流社会」などの著作を通し近未来を予測してきた評論家、三浦展さん(57)に聞くと、「団塊より下の世代は年金をあてにできない」と即答する。「会社がどう変わるかはわからないけど、70代でも嘱託で1日6時間、週4日といった働き方が普通になりますよ」
これは42年ではなく、25年ごろの未来予想だ。今のところ、65〜74歳の前期高齢者と75歳以上の後期高齢者、つまり「若手老人」と「本格老人」の数はほぼ同じだが、団塊の世代が75歳以上になる25年には、本格老人が若手老人の約1・5倍になる見通しだ。「つまり僕ら団塊より下の世代の年金はどんどん削られ、いずれ高齢者の定義は75歳以上となり、年金受給を遅らせる政策がいろいろと出てきます。老人ホームも、できることは何でもやらせる米国型になり、ホームの老人が塾講師や簿記などのバイトをするケースも増える」と三浦さん。15年国勢調査でも65歳以上の就業者数は10年調査時より3割近くも増え、高齢者全体の約23%となり急増傾向にある。すでに高齢者が働く社会へと変わりつつある。
では、働けない高齢者を誰が支えるのか。一つの案として先の横山さんは「世代内補助」を挙げ、「個人資産を子や孫に相続させず、同世代の貧しい老人に使うべきなんです」と語る。つけも褒美も同期同士で分け合うという話だ。
何かやりたい 高まる欲求
2042年には90代半ばになっている団塊の世代は、高齢者が働く社会をどう考えているのか。日本総合研究所会長で、多摩大学長も務める寺島実郎さん(69)は東京郊外に住む高齢者のやる気を見れば、その潜在力は十分あるとみる。
「団塊の世代は高度経済成長期に東京に集中し、都心へ通勤するため、郊外に急速に造られた団地やニュータウンに移り住んだ。この世代が今、定年後、やることがなく生きがいを見いだせないのが問題なんです。多摩ニュータウンにある多摩大は地域の企業、住民と連携して8年前に有料の現代世界解析講座を始め、60歳以上の地域住民を中心に累計10万人もの受講生を集めてきました。団塊の向学心は大変高いんです」
地方を行き来する農園経営など、高齢者の社会参画の仕組みを作ることで「我々が何かやらねば」という勢いを形にできると寺島さんは感じている。
縮みゆく世界でひたすら倹約するのか。新技術で多様な仕事を生み出すのか。いずれにせよ、2042年に社会の主流派となっている高齢者は受け身ではなく、自分たちで動かざるを得ない。
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