2017/10/1 nkを抜粋編集
シンガポールがIT(情報技術)立国をめざし、国をあげて起業家を育成している。その中核的な役割を担うのが「アジア1位」と評価されるシンガポール国立大学(NUS)だ。この15年間で2200人超の学生をシリコンバレーなど世界各地のベンチャー企業に派遣。海外の武者修行を経て、多くの起業家が育った。新興企業の海外進出も支援する。技術革新を成長の起爆剤に位置づける小国の戦略は、多くのヒントを与えてくれる。
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「多くの起業家と出会い、彼らが特別に賢いわけではないと思った。しかし、彼らは起業家に最も必要なビジョンと決断力を備えていた」。学生時代にNUSのプログラムで、シリコンバレーの上場企業で1年間、インターンシップを経験したデリアス・チョン氏(36)は当時を振り返る。
経営を間近で
シリコンバレーで感化されたチョン氏は帰国後、携帯電話用のセキュリティー会社を起こした。その会社を軌道に乗せて米大手に売却した後、今は不動産のポータル(玄関)サイトを運営する。
NUSのプログラムが人生を変えたのはチョン氏だけではない。海外サイトで買い物をする消費者に有利な為替レートを提供する事業を立ち上げたジン・ロン氏(24)は言う。「それまではゲームが好きな、どこにでもいるコンピューター工学専攻の学生だった。シリコンバレーでの1年がすべてを変えた」
NUSが米スタンフォード大学と提携し、シリコンバレーに学生を1年間派遣するプログラムを始めたのは2002年。今や提携網は上海やイスラエルのテルアビブ、スウェーデンのストックホルムなど8都市に拡大。派遣された学生は2200人に達し、卒業生が立ち上げたベンチャー企業も300を超えた。
プログラムの最大の特徴は世界中のベンチャー企業でインターンとして働き、経営の醍醐味や厳しさを肌で感じられる点だ。起業家のヴェラッパン・スワミナザン氏(31)は派遣先のシリコンバレーのベンチャー企業で、経営者が株主から退任を迫られる場面を目の当たりにした。
NUS時代に海外で「武者修行」したこれらの卒業生は起業するだけでなく、官庁や大企業にも散らばり、シンガポールの成長の新たな担い手になりつつある。シンガポール政府は2月に打ち出した成長戦略でNUSの海外プログラムを例に挙げたうえで「こうした提携網をアジアにさらに広げるべきだ」とした。
シンガポールが起業家育成に力を入れる背景には、高成長を続けないと世界の中で埋没するという小国ならではの危機感がある。面積は東京23区程度、人口はわずか560万人。水や食料、エネルギーなどの資源にも乏しい。そんな小国の発展の原動力は、貿易や金融のハブとなり、世界からヒトやカネを引きつけることだった。
深圳など台頭
しかし、日本と同様に少子高齢化が急速に進み、成長率も今は2%台と伸び悩む。人工知能(AI)やビッグデータといった技術革新を取り込み、有望なベンチャー企業を育てることに新たな成長の芽を見いだそうとしている。テオ・チーヒエン副首相は「シンガポール経済は分岐点にある。国民はもっとリスクを取って挑戦する必要がある」と日本経済新聞に語っている。
6億人を超える東南アジア諸国連合(ASEAN)の成長市場を取り込む布石も打つ。NUSは7月末、インドネシアの首都ジャカルタに起業家向けの支援施設を設けた。シンガポールのベンチャー企業が隣国に進出する際の足がかりとなる。女性用品を開発・販売するピーエスラブも施設に入る企業の一つだ。NUS出身で、創業者のタン・ペック・イン氏(29)は「東南アジアの人口の4割を占めるインドネシアの消費市場は魅力的だ。提携相手を探し、早く進出したい」という。
もっともシンガポールの試行錯誤が花を開くかは未知数だ。シリコンバレーに人材、資金の厚みで遠く及ばないほか、アジアでも中国の深圳などが有望な新興企業の集積地として台頭している。政府に主導されたシンガポールの発展モデルが、自由で創造的な企業文化が欠かせないベンチャーの育成に適しているのかという問題もある。
「貿易のハブ」から「革新のハブ」に生まれ変わる――。建国からわずか50年あまりでアジアで最も豊かな国の一つになったシンガポールの真価が問われている。
(シンガポール=中野貴司)
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シンガポールのランキング
- NUS(Singapore National University)は、世界で22位。アジア1位。
- 学習8到達度。15才児。読解力、数学、科学で首位。OECD
- チャンギ空港は5年連続で首位。
- 東南アジア6億の貿易のハブ。
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