2011/09/30

菅原道真: 学問の神様で御霊(ごりょう)信仰の代表。天神様。天満宮

菅原道真 (※)
御霊(ごりょう)信仰とは、死者の霊がたたることをおそれ、これを鎮めようとする信仰です。
菅原道真が御霊信仰の代表です。
<※  菅原道真の没した頃に生まれた平将門の霊もたたります。>

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菅原道真 (すがわらの みちざね、845年- 903年、満59歳)は、藤原氏絶頂の時に、
天皇の信任が厚く、異例の右大臣に昇進しました。

学者で文人でもありました。
唐から学ぶものがないとして、遣唐使の中止を進言しました。

しかし、901年藤原氏の陰謀により九州に流されました。

住まいは雨も洩り、床も朽ちているようなあばら家でした。


丈夫でなかった菅原道真は、
病気を多発し、
2年後に無念のうちに没します。
菅原道真の子ども4人も流刑されました。

菅原道真の代表歌です。

    東風(こち)吹かば にほひおこせよ 梅の花

    主(あるじ)なしとて 春な忘れそ

≪京の都の梅の花よ、東の風が吹いて春が来たら、その香りを遠く離れた九州の私の元まで届けておくれ。
主人が居なくなったからといって、春を忘れてはいけませんよ。≫


道真の死後、藤原時平などの陰謀関係者に死や不幸が訪れます。

後醍醐天皇は、菅原道真の怨霊を恐れ、たたり封じのために天満宮(てんまんぐう)を建立(こんりゅう)しました。

菅原道真はいつしか天神(てんじん)さまとなり、
学問の神様に祭り上げられるようになりました。

北野天神縁起3
 怨霊(おんりょう)となり、たたる菅原道真 (※) 北野天神 縁起 絵巻

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【菅原道真のたたりの例】

908年。道真の無実を訴えに来た上皇を邪魔した貴族が変死
909年。道真を朝廷から追放した首謀者の藤原時平は39歳で病死
910年。洪水
911年。洪水
912年。大火
913年。道真の後任の右大臣死去。大風で多数の民家崩壊
914年。大火
915年。水疱瘡が大流行
917年。渇水
918年。洪水
922年。咳病が大流行
923年。藤原時平の妹と天皇の間に生まれた保明(やすあきら)親王が21歳で死亡
925年。保明親王の子供が死去
930年。内裏(だいり、天皇の御殿)に落雷があり、数人の貴族が死去。醍醐天皇はこのショックで3ヶ月後に死亡

天満宮  (大阪)
北野天満宮 (京都)
全国の天満宮

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学問の神様・菅原道真: 三芳野神社<川越

道真信仰(= 天神信仰)は寒冷化が原因  

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(※)http://blogs.yahoo.co.jp/teravist/16849972.html




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菅原道真の屋敷のあった「桑原町」には、カミナリは落ちなかった
    →「クワバラ ♫  クワバラ ♪♪」