世界経済つなぐASEAN
ギナンジャール・カルタサスミタ氏・元インドネシア経済・金融・産業担当調整相
nk 2018/7/27
世界経済は不安定さを増している。最大の要因は言うまでもなくトランプ米政権だ。(大型減税などの「米国第一主義」は)投資を呼び込み、失業率を下げ、短期的には米経済を好転させたようにみえる。だがドル高が進み、東南アジア諸国連合(ASEAN)を含む新興国は自国通貨の下落傾向が強まっている。米連邦準備理事会(FRB)の独歩的な利上げも拍車をかける。深刻な問題だ。
通貨安で輸入物価は上がり、ドル建て債務も膨らむ。長期化すれば世界経済はさらに不安定になる。そうした「新常態」と呼ぶべき状況に、我々は適応しようと努力している。インドネシア通貨ルピアは対米ドルで弱含むが、通貨安を一定の範囲内にとどめ、国内経済を何とか制御できている。
米中間の貿易戦争も追い打ちをかける。我々が望むのは、米中摩擦が第三国との関係に影響を及ぼさないことだ。米中は互いに340億ドル(約3兆8千億円)相当の輸入品に高関税を課したが、追加措置に踏み切る前に、何らかの解決策を見つけることを期待する。
いまや米中の立場は逆転した。米国は長い間、自由貿易や環境対応のリーダーだったが、トランプ政権下で保護貿易に走り、地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」からも離脱した。入れ替わるように中国は、こうした取り組みに積極姿勢が目立つ。かといって中国が本当の意味で世界経済のリーダーになれるかは疑問だ。理由のひとつは人民元の国際化の遅れだ。だからこそ中国自身が外貨準備で多額のドルを保有している。
もうひとつの理由は権威主義的な政治体制にある。一見安定しているが、70年余り続いた旧ソ連や、30年間続いたインドネシアのスハルト体制は、あっという間に倒れた。中国は4千年以上も権威主義体制下にあったため、国民は今の共産党一党独裁に不都合を感じていないかもしれない。だが権威主義は人間の本性とは相いれず、いずれ民主化の問題と向き合わざるを得ない。ただし旧ソ連やインドネシアとは違い、(中国の)変化は徐々に起きるのではないかと思う。
ASEANは過去にも数多くの困難を克服してきた。とりわけ1990年代後半のアジア通貨危機は深刻だった。インドネシアの場合、影響は経済だけでなく、政治体制にも及んだ。その教訓から我々は改革を断行した。財政や金融に規律を導入し、国家を立て直した。だからこそ2008年の「リーマン・ショック」に端を発した世界金融危機では深刻な影響を被ることなく、短期間で成長軌道に戻ることができた。タイやマレーシアなど周辺国も同様だ。
90年代から最近にかけての変化で重要なのは内需が育ったことだ。ASEAN経済はかつてのような先進国頼みではなくなった。国内市場だけでなく、域内貿易も急増し、外的ショックへの緩衝材となっている。
インフラ整備では中国の広域経済圏構想「一帯一路」が注目されている。過剰債務を抱え、港湾の使用権を中国に譲渡せざるを得なかったスリランカのような「債務のわな」を心配する声があるが、ASEANには当てはまらない。アジア通貨危機以降、我々は対外借り入れを慎重に進めている。一帯一路関連のプロジェクトも多くは民間投資が主体だ。
ASEANは太平洋とインド洋の結節点にあり、文字通りアジアの中心に位置している。発展途上だった従来は、地政学的な強みを十分に生かしてきたとはいえないが、一定の水準まで経済発展が進めば、世界経済においてより重要な役割を担えるようになる。現在、先進国に数えられるのはシンガポールのみだが、今後10年のうちにマレーシアやタイ、インドネシア、フィリピンも近づいてくる。-
東アジア地域包括的経済連携(RCEP、Regional Comprehensive Economic Partnership, アールセップ)は、ASEANの経済発展に向けた重要な枠組みとなるだろう。米国が去り、中国を除外している環太平洋経済連携協定(TPP)ではない。ASEANを中心に中国やインドも参画するRCEPは、TPPよりはるかに実効性が高い。(談)
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Ginandjar Kartasasmita バンドン工科大卒。東京農工大に5年間留学した。80年代から経済閣僚を歴任し、90年代後半のアジア通貨危機では事態収拾にあたった。77歳。
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格差超え域内統合
世界銀行が93年の報告書で「東アジアの奇跡」と呼んだ高度成長において、ASEANは日本を先頭とする国際生産分業の一翼を担ってきた。輸出市場や外貨の提供を通じて支えたのが米国であり、米主導の自由貿易体制の最大の受益者といえた。
外需に頼り切りだったわけではない。アジア通貨危機で成長に急ブレーキがかかると、域内統合に活路を見出し、2015年にASEAN経済共同体(AEC)創設へこぎ着けた。大きな域内格差を抱えた経済統合は、世界に類を見ない。
(アジア・エディター 高橋徹)
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