2011/09/23

八重の桜>秩父宮勢津子: 会津と朝廷のかけ橋


秩父宮夫妻の結婚式 
秩父宮勢津子(せつこ、1909-1995、84歳)

秩父宮勢津子は、最後の会津藩主・松平容保(かたもり)の孫です。

1928年(昭和3年)、結婚しました。
秩父宮は昭和天皇の弟であり、皇位継承権第1位にありました。

ご成婚にあたり、秩父宮妃は、
    伊勢の「勢」
    会津の「津」を取り、
「勢津子」と改名し、秩父宮勢津子となりました。

伊勢は、会津の基礎をつくった蒲生氏郷(がもう  うじさと)が会津の前におさめたところです。
蒲生氏郷

この婚儀は、1868年の戊辰戦争以来60年間、
朝敵とされていた会津藩の名誉回復につながるので、
会津人はこのうえない朗報に感涙にむせびました。

会津若松の御薬園(おやくえん)の重陽閣(ちょうようかく)に顕彰碑があります。
重陽閣は、秩父宮勢津子妃の誕生日が、
9月9日(重陽の節句=菊の節句)であることにちなみます。
御薬園
御薬園は松平家の別邸でした。
秩父宮勢津子妃の系図
松平容保は幕末、京都守護職の任についていたとき、個人的に孝明(こうめい)天皇からあつい信任を得ていました。

会津藩は、朝廷とばかりでなく、徳川家ともつながりを回復しています。
勢津子妃の兄は、徳川宗家第17代当主の娘を夫人に迎えました。

その子が、徳川宗家第18代当主・徳川恒孝(つねなり、1940-)です。
徳川恒孝(つねなり)は徳川家康似です。

徳川恒孝系図

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秩父宮雍仁(やすひと)親王

ノウゼンカズラ。
御薬園の秩父宮勢津子妃の顕彰碑前にて。会津若松市。2010/7
秩父神社のページ
㈳秩父宮会 秩父神社

【追】松平郷・高月院にも
2012年12月末、徳川家氏祖の菩提寺・高月院(愛知県豊田市の松平郷)を訪れました。
秩父宮勢津子妃お手植えの松が目に止まりました。
高月院