(下)1人でもメーカー 下がる起業のハードル
今春、池袋パルコ(東京・豊島)のショーウインドーで動くマネキンが注目を集めた。手掛けたのは従業員が社長を含めて3人の杉浦機械設計事務所(横浜市)。3次元(3D)プリンターで腕や肘を製作し、モーターで動く仕組みにした。
杉浦富夫社長は「3Dプリンターの価格が下がり、買いやすくなった」と話す。思いついたアイデアをすぐに試せる。マネキン部品の製作期間は1カ月。通常の3分の1以下だ。他百貨店から引き合いもある。
大手が駆け込む
精密機械産業の集積地、長野県伊那市にあるスワニーは3Dプリンターで復活した。モーター部品などを手掛け、最盛期に60人の従業員がいた
が、取引先の海外移転で橋爪良博社長が家業を継いだ2010年は両親2人だけ。「このままでは生き残れない」と設計会社への転換を決意。優秀な設計者を採
用、現在は13人まで増やした。
スワニーは今、医療や家電などの大手が頼る「駆け込み寺」として知られる。図面がない顧客のアイデアでもすぐにデータ化し、3Dプリンターを使って最短1日で試作品をつくれるからだ。
製造業はインターネット関連と異なり起業が難しかった。生産は外部委託できるが、製品化には試作の金型などに初期投資として数千万円単位の
資金が必要。3Dプリンターの低価格化などで資本力という高いハードルが下がり、極端に言えば1人でもメーカーになれる時代が訪れつつある。
「新産業革命」――。米誌「ワイアード」編集長のクリス・アンダーソン氏は近著「メイカーズ」で、こうした変化のうねりをこう表現した。「誰でも(製品を)デザインし生産できるようになった」という。
米オバマ政権も製造業復興のために3D関連技術を支援。米マサチューセッツ工科大学(MIT)も個人が3Dプリンターなどを安いコストで使える市民工房「ファブラボ」を提唱、普及を後押ししてきた。現在は世界35カ国に広がる。
日本でも今月、東京・渋谷に3カ所目がオープンした。ファブラボ渋谷の梅沢陽明代表は建機大手の元設計技術者だ。「作りたいものを作れる場を提供したい」。若者などの利用を見込む。
試作2万円以下
個人から3Dプリンターで試作などを請け負う「出力サービス会社」も増えている。
金型製造のインクス(東京・千代田、古河建規社長)もその一つ。同社は「金型の無人工場」を建設するなど積極経営で知られたが、08年秋の
リーマン・ショック後に受注が低迷、民事再生法の適用を申請した。出力サービスでは試作部品を2万円以下で提供、個人顧客を開拓する。約800人の技術者
を抱え、うまく加工できないデータの修正も助言する。
米ストラタシスの3Dプリンターを販売する丸紅情報システムズも11年11月から、樹脂部品の受託製造サービスを始めた。ベンチャーを含めて「3Dプリンターを試してみたい」との声が多いからだ。「開始後、半年間だけで100件以上の受注があった」という。
日本の製造業にとって強さの源泉は優れた中小企業の集積にあった。3Dプリンターなど革新技術を活用、ものづくり分野の有力ベンチャーが相次いで誕生すれば、日本の競争力が再び高まることになる。
中村結、伊藤大輔、三浦義和、松本支局 岩戸寿が担当しました。
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