語学力より異文化理解。nk2018/5/24

語学力より異文化理解 自動翻訳、世界を一つに

ポスト平成の未来学 第7部 切り開く教育
2018/5/24 nk

・・・・・・・・・・・まとめ
  • 大事なのは、語学ではなく文化発信。
  • 2018年は自動翻訳機の普及元年。

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 東京五輪・パラリンピックでたくさんの外国人客が日本を訪れる2020年。小学校では英語が正式教科となる。同じく20年。政府は人工知能(AI)を使った同時通訳システムの実用化を目指す。

 自動翻訳時代に、果たして早期の語学教育は必要なのだろうか。未来のグローバル教育のあるべき姿を考えた。


 「うちの保育園の子どもたちにはグローバルで活躍できる人になってもらいたい」。こう話すのは保育大手、ポピンズの轟麻衣子社長(42)。「国際教育に力を入れているので一度現場を見てみませんか」。誘いを受けた僕(25)はある日、「ポピンズナーサリースクール馬込」(東京・大田)を訪れた。

 見学したのは5歳児クラス。「それではみんな椅子を持って集まって」。施設長の折原麻衣子さん(42)が子どもたちに呼びかける。目の前のパソコン画面をのぞくと小学生たちの姿が。都内にあるポピンズ運営の学童保育に通う子どもたちとテレビ電話でつないでいた。互いにあいさつを済ませると意見交換が始まった。テーマは「水はどうやってできているのか」。

 「雨ってどこから降ってくる?」「お空? 雲かな」「雲は海や川の水が水蒸気になってできるんだよ」「水蒸気って何?」。5歳児たちは素朴な疑問をぶつける。小学生たちは知恵を絞って答える。興味深い光景。でもなんだか僕がイメージしていた「グローバル教育」とはほど遠い。

 「これはグローバル・コンピテンス教育の一環です」。僕に語りかけたのは土谷香菜子さん(34)。「ポピンズ国際乳幼児教育研究所」の主任研究員だ。米ハーバード大学のベロニカ・マンシーヤ博士と幼児への教育手法を2016年から共同研究している。

 グローバル・コンピテンスとは国際社会で生き抜く能力だ。自動翻訳が普及すれば、必要とされるのは言語能力よりも人間力だ。「世界を探求する」「他者の視点に立つ」「行動を起こす」「アイデアを伝え合う」。マンシーヤ氏は4つの資質を挙げる。

 まずは自国の文化、環境をよく知り、他国との違いに気付く。自ら問いを立て、話し合いながら解決する。グローバル・コンピテンス教育の肝だ。最近は英語教育に力を入れる幼稚園や保育園が多いが、馬込の園では「ほとんど英語の指導はしない」(折原さん)。轟社長はグローバル・コンピテンスを伸ばすには「言語習得よりも本質的に重要なことがある」と考える。

 海外への「教育移住」にも変化が訪れそうだ。英語を本場で学ばせ、世界に羽ばたかせたい――。移住の目的が語学教育だけにあった時は、米国やオーストラリアなど英語圏が移住先の定石だった。

 「最近はシンガポールへの関心が高まっている」。こう話すのは日本人家族の教育移住を支援する葭矢久子さん(52)。月2~3組の親子が葭矢さんを頼り移住先を探す。なぜシンガポールなのか。

 14年夏、長女(18)とシンガポールに移住した岡芳子さん(41)。約4年の生活の中で「一番の収穫は子どもが多様性に触れられたこと」。

 シンガポールは多民族国家だ。中華系を中心に、マレー系・インド系の住民が多い。世界各国出身の駐在員もいる。長女が通った学校も様々なルーツを持つ生徒がいた。

 ある日、長女は中国・南京出身の留学生と言い争いになった。日本の歴史認識についてやり玉に挙げられたようだ。それでも「周りの友達が私を守ってくれた」と長女。その上で「歴史について勉強してこなかったから何も言えなかった。だからまずは相手の言い分を受け入れて、勉強してから議論しようって」。

 岡さんは感激した。「言語の習得も素晴らしいけど様々なルーツや考え方を持つ人々に触れて視野を広げてくれたことがうれしかった」。多民族国家だからこその経験だ。

 世界には約200の国・地域があり多くの民族が存在する。その文化を隔てる壁の一つが言語だ。テクノロジーで最初の壁を飛びこえられれば世界の距離はぐっと縮まる。

 そして外国語を学ぶ意義も変わってくる。これまでの語学学習は「ビジネスに必要だから」という目的が多かった。だが、これからは純粋に「相手の文化をもっと理解したい」という思いが中心になる。そうなれば「学び」の世界はさらに深く、新たな喜びにあふれたものとなる。

日本人、問われる実践力

 2018年は自動翻訳機の普及元年となりそうだ。ソフト会社のソースネクストが17年12月に先行発売した「ポケトーク」はクラウドを活用した翻訳機。英語や中国語はもちろん、アフリカのスワヒリ語やインドのカンナダ語など63以上の言語に対応する。初期出荷分は予約開始後10日で完売。売れ行きは好調だ。

 ドラえもんの「翻訳コンニャク」登場――。スタートアップのログバー(東京・渋谷)が一般向けに17年12月に発売した「イリー」は旅行に特化した翻訳機。インターネットに接続する必要がなく、旅行時に使う会話を英語、中国語、韓国語に瞬時に翻訳できる。漫画「ドラえもん」に登場する秘密道具のようだと話題になった。

 スウェーデン発祥の語学教育機関、イー・エフ・エデュケーション・ファーストの調査では日本人の英語力は80カ国中37位。アジアの中でも9位で、英語力は日本人の国際社会での活躍での課題の一つだ。自動翻訳が普及すれば、その壁は低くなる。ただ、日本人がグローバルで活躍するには語学以外にも課題がある。

 経済協力開発機構(OECD)が3年に1回実施する学習到達度調査によると、日本の15歳の学力は世界でトップクラス。ただ自己肯定力は低く、自分の受けた教育が将来役に立つと感じている学生が少ないことも指摘されている。

 同じくOECDが16~65歳の男女を対象に実施した国際成人力調査では、日本人は読解力と数的思考力のテストで調査対象国中首位に立つ。ただ日本人は自分の能力を仕事で活用していないと感じる人が他国に比べ圧倒的に多いという結果も付いてくる。

 自動翻訳時代のグローバル社会に必要な能力を伸ばすには――。新しい教育の形を語学教育に強みを持つ大学勢も引っ張る。

 英語教育に強みをもつ津田塾大学は17年4月に総合政策学部を新設した。「実践的な英語」「ソーシャル・サイエンス」「データ・サイエンス」の3つを基礎科目とし、企業や官庁から講師を招いたり、現場に足を運んだりしながら、課題解決力の高い女性リーダー育成をめざす。

 上智大学は13年、学部横断で国際的な教養や知識の習得を目指す課程「グローバル・コンピテンシー・プログラム」を設けた。経営学や世界規模の問題に市民目線で対応する方法や、プロジェクトの動かし方などを双方向型授業を通じて学ぶ。

 政府は20年度から小学校で英語を正式教科にしたり、新たに始まる大学入試制度で英語4技能を測ったりするなど、英語教育を強化する改革を進める。

 ただ、自動翻訳時代の英語教育はグローバル人材の育成に必要な手段の一つにすぎない。あらゆる学びを生かして国際社会で活躍できる人材をいかに育てるか。これからの教育の存在意義はそこにある。(高尾泰朗)

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