企業信用調査マンの目 丸山昌吾 帝国データバンク
2019/9/3 日本経済新聞 電子版
埼玉県内を中心にやきとり店を経営していた「ひびき」(川越市)が、8月20日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請した。人気のみそだれを使ったやきとりは数々の賞を受賞して、メディアでも話題となっていた。突然、法的手続きによる再建を目指した背景には何があったのだろうか。
ひびきは1990年に創業し、92年1月に法人に組織変更した。創業当初からしばらくはイベントの企画や支援を行ってきた。94年にスーパーの催事でやきとりの店舗販売を行った際、これが非常に好評だったことから事業を転換し、以降はやきとり販売が中心の事業展開を図るようになる。
ひびきがやきとり事業を手掛けるようになった背景には祖父や実父が養鶏・養豚業を営み、その後、やきとり事業を手掛けていたことがある。
その当時、店舗を構えていた東松山市は「やきとり」の街として知られており、市のホームページでも地元グルメ情報として紹介されている。その特徴はやきとりと言いながらも、鶏肉ではなく豚のカシラ肉を用いていること。それにこだわりの辛みが効いたみそだれをつけて食べるのが人気だといい、このスタイルが作られたのには、当社の先代たちが大きく貢献したようだ。
こうしたことから、ひびきのやきとりも、みそだれにこだわった味付けになっている。それが消費者からとても評判だったので、初めて催事でやきとりを販売した翌年には川越市に「やきとりひびき八幡通り店」を出店した。
そして01年にデパートへ最初のテナント出店したのを機に、スーパーなどへもテークアウト専門店の出店を重ねていく。加えて「黒豚劇場」や「ひびき庵」といった飲食店の直営を手掛け、埼玉県や東京都を含む首都圏エリアのなかでも特に東武東上線周辺への出店を重ねる「ドミナント戦略」を図った。
最近では埼玉を中心に合計約30店舗を展開するなどして、08年6月期には約5億4500万円だった年間の売上高は、18年6月期には約20億7400万円に拡大していった。
しかし、売り上げの拡大と安定した利益計上が続いていたようにみえたが、事業拡大に伴う投資負担など内情は余裕のない状態だったという。もともと業績が拡大する過程においても資金的な余裕がなく、一時期には法人税の納付にも苦心し、09年には多額の法人税滞納が取引銀行に知られてしまったようだ。
この状態を早期に解消しなければ取引を解消されてしまう事態となり、その資金を手当てするために粉飾決算に手を染め、良好な財務内容に見せかけて調達した資金で税金の滞納分を解消した。東日本大震災後にも停電や風評被害により業績が悪化したことがあるが、その際にも銀行との円滑な取引が続くように決算を粉飾し、実態よりも良い財務状況に見せかけていたという。
このように実態とは違う形で対外的に好業績を示していたが、そうした見せかけの業績拡大や全国の有名やきとり店の味が一度に味わえるような、趣向をこらした店舗形態が注目されるようになり、知名度の向上と共に出店ペースが加速した。
当初は年1店舗のペースだった出店が、13年ごろからは年4店舗ほどになっていた。これによって増したのが銀行からの借入金だ。
12年に9億円強だった借入金が、13年には新本社への投資なども含めて15億円弱にまで膨らみ、18年6月期末時点での借入金は社債を含めて約38億円に上った。
これほどに借り入れが膨らんだ背景には、出店ペースの加速だけでなく、偽った好業績やマスコミなどの話題性によってM&Aの案件が持ち込まれるようになったこともある。18年以降立て続けに3社程の買収を行ったが、いずれもシナジー効果が得られずに負担が増すかたちになった。
こうした投資負担が経営を圧迫するなか、会社側に大きな痛手となる出来事が起きる。13年4月にオープンし、売り上げの柱となっていた全や連総本店東京(大手町)がテナントオーナーの意向により閉店を余儀なくされた。代わりに新たに有楽町店を開設したものの、以前の店舗ほど売り上げが得られなかった。
また、こうした飲食事業のほかに、酒類の提供・配膳を効率的に行うことができるサーバーの独自開発にも着手し、億単位の研究開発費を投じたが、それも利益を生み出すまでに至らず、負担だけが重くのしかかった。
こうしたことから、経費を賄う売り上げが確保できず手元からの資金が徐々に減少していき、早晩支払い不能状態に陥ると判断し、民事再生法による再建を目指すことになった。
ひびきは地元に密着した営業スタイルで、提供する食材も国産にこだわり、生産流通履歴をホームページ上で公開。食の安全にも積極的に取り組み、店頭での産地表示、串打ちの生産日、その責任者まで表示することで消費者からの信用を得るほか、同業他社との差別化も図ってきた。
このようにひびきのやきとりは地元住民を中心に根強い人気を誇り、民事再生法の適用申請後も店舗は多くの人でにぎわっている。26日に開催された債権者説明会には150人近い債権者が参加した。不適切なリース契約に関する質問もあったが、おおむね大きな混乱もなく終了した。
経営の大きな負担だった年商を上回る借入金は、この民事再生手続きが進むなかで債権者の理解を得て、どの程度圧縮できるのか。そして不採算店の整理などで本業でどれだけの利益を生み出せるようになるのか。こういった点を今後の手続きの中で注目したい。
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