なぜ久能山の東は海?


大きな地図で見る


徳川家康は北極星からやってきます。
これは中国から導入した信仰です。

また、
日本古来からの信仰では、神は東の海からやっています。
沖縄のニライカナイ信仰にその典型が見られます。
<※ 中国は北極星で南北軸、日本は太陽で東西軸です。
龍脈もあります。>

久能山の東方、海と空がひとつになったところに神が日の出とともにのぼり、日暮れと共に西の浄土に沈みます。
太陽が死と再生を繰り返すように、東照大権現(=神家康)も再生する必要がありました。

そのためには、東に海のある久能山が埋葬地である必要がありました。

コメント

このブログの人気の投稿

比企郡の嵐山(らんざん)は、京都の嵐山に似る。本多静六

スピーチの話題:「木戸に立ちかけせし衣食住」=「気・道・ニ・旅・知・家・健・世・仕・衣食住」

0学(ゼロ学)占い、にトライ。Yahoo!無料占い