徳川家康が、天皇の国から武士の国へ


天皇の国
日本は、天皇の国でした。


西は天皇の国、東は武士の国

これを徳川家康、徳川幕府は、
西を天皇の国にし、東は武士の国にするように企てました。
鎌倉幕府の統治形式の踏襲です。

武士の国へ
天海は、徳川家康を東照大権現(とうしょうだいごんげん)という仏教神にまつり立てました。

やがて、アマテラスの朝廷は相対化され、東照大権現が日本全体に君臨するようになりました。