2008年12月31日

川越最大の観光コースはクレアモール

2008年12月21日

森林浴の黒山三滝:越生町


黒山三滝の男滝と女滝
上が男滝、左下が女滝

黒山三滝は、日本観光百選にも選ばれたことがあります。
修験道の道場ともなっています。川越から半日コースです。

  • 黒山三滝は、森林浴に最適です。
  • 滝からのマイナスイオンで心身がリラックスします。
    木々の緑で心がやわらぎます。
    フィトンチッドで精神が安定し、ストレスが発散します。
  • 東京へたま~に出かけると、1週間ほど神経ズタズタ状態になることがあります。
  • そんなとき、森林浴からかえると、1週間心が落ち着き、2、3日後に心身はイヤシモードに入ります。


森林浴コース

  • 黒山三滝は、越辺(おっぺ)川の源流です。
  • 黒山行きバスの終点で降りると、黒山鉱泉があります。ゆっくり徒歩20分で黒山三滝です。

河越重頼の娘は義経の正妻:河越館跡

河越館跡(常楽寺)
河越重頼(しげより)が居城としていた河越館(かわごえやかた= 地図)跡は、霞ヶ関駅の東京国際大学の反対側にあります。
館(やかた)とは、公私の性格をそなえた官舎のようなものです。

工事中の常楽寺 2004年7月

京都の会社が施行
設計者は、○○社寺設計という特殊な会社です。施行者は、京都の会社です。

  • 河越重頼(しげより)は、幕府の要職にあり、頼朝から重用(ちょうよう)されていました。
    重頼の妻は頼朝の子 頼家の乳母でした。
  • 重頼は、頼朝の命令で17歳の娘を義経の妻にさしだし、媒酌(ばいしゃく)もしてもらいました。
    頼朝が媒酌したのは、北条時政とこのときだけです。
  • 美人画から抜け出たような義経の妻は、京姫といわれました。
  • 重頼は、源頼朝が挙兵したとき、今の横須賀市を攻略したりして、鎌倉幕府から重く用いられるようになります。
  • 頼朝は、川越のある武蔵一帯を検地し、広大な肥沃な平野であることから重要視します。
    武蔵の国は武士の発祥の地でもあります。
  • このとき、頼朝は都幾川村の慈光寺に銅鐘を奉納しています。
  • 後年、頼朝は、義経(1159-1189)と仲違いしました。
    すると、重頼は、義経の縁者ということで、疑心暗鬼にかられた頼朝から、所領を没収され、命までも奪われました。
    のちに、頼朝は義経は無実であったことを知り、没収した領地を遺族に返しました。
  • 東上線の越生(おごせ)町には、顔振(かあぶり)峠があります。
    その昔、義経と弁慶が、顔を振り返りながら景色に見とれて、この峠を越えたというので、この名があります。
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  • 義経武蔵国紀行
  • 源義経Yahoo!百科事典
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  • 【付記】
  • 河越、川越、河肥
    • 「河越」は、北からおりてくる場合、入間川を越えるので、名づけられたとおもわれます。
    • 「河越」は江戸時代から「川越」になりました。
    • 「河肥」と記される場合もありますが、川に囲まれた肥えた所のことでしょう。

2008年12月19日

義経が振りかえりながら登った顔振(かあぶり)峠


電線にかぶさる枝はらい:
電線が被害にあわないようにしょっちゅう見張ります。

頂上からは北に熊谷が:
上の景色のもう少し右が川越です。
川越藩主の娘が義経の妻「京姫」でした。
義経は、ここで何を思いやったのでしょうか?


顔振(かあぶり)峠の碑


歩きやすい心地よい山道

  • 2004年9月14日灼熱の日に、顔振(かあぶり)峠をめざしました。
    顔振峠からは、丹沢、奥多摩、奥武蔵、秩父の山々、もやっていない日には真っ白い富士山もくっきりと望めます。
  • 義経(1159-1189)、弁慶主従が、奥州へ逃れる途中、あまりの眺望のすばらしさに振りかえり、振りかえりしたというので、顔振(かあぶり)峠と名づけられたといいます。
    500メートルの高さです。
  • 顔振峠Google画像
  • 顔振峠【地図】東武越生線の越生駅からバスで黒山で下車します。

多自然型川づくり:川越の小畦(こあぜ)川

赤丸の部分が多自然工法
赤丸の部分には木のヤグラが埋め込んであります。
高さは地表では家ほどもありました。
水草も生え始め、魚も鳥も集まるようになりました。
手前のコンクリートの部分は、従来のコンクリート工法です。いずれすべての川が緑でおおわれることが期待されます。

河川敷の中の木:
川中の木も切られることなく、保存されるようになりました。「まちと水辺に豊かな自然を」と五十崎(いかざき)の住民が声を上げ、国を動かした成果です。

  • 川の工事も今は、コンクリートが見えない多自然工法によっておこなわれています。
  • かつての国の河川管理の考え方は、川を直線にして、降った雨は一刻も早く海に流す、というものでした。
    河川敷の中にある樹木も流れの障害になるので、伐採する、というものでした。
    護岸工事は「百年確率」で設計されていました。
  • 中国では、川を治めるものが皇帝になるというぐらい昔から河川工事は大事な国家事業でした。
  • 愛媛県松山市南方のの五十崎(いかざき)町でも、河原の榎(エノキ)の大木や林を撤去し、コンクリートの無機的な護岸の改修工事をはじめるところでした。
  • コンクリートの護岸では、水生植物も育たず、水の自然浄化作用もはたらかず、魚もすまなくなります。
  • 住人の亀岡徹は、「よもだ塾(いい加減塾)」をおこし、川について勉強を始めました。
    スイスに行ったり、人口6000人の町で、「国際河川シンポジウム」を開いたりしました。
    川は、洪水対策のためにあるのではなく、生物の生きる場であり、散歩、スポーツの場であり、美しい自然環境によって地域の風土や文化を育てる場でもあると、結論づけました。
  • 五十崎町の住民が、建設省の河川行政を転換させました。
    今はなき、建設省の関正和もキャッチャー役として政策転換を推し進めました。
    • 関正和『大地の川』『天空の川』
  • こうして現在、国は河川には多自然型工法でのぞむようになりました。

2008年12月17日

10室だけの山中温泉 かよう亭

畳敷きの玄関ロビー

階段の蹴上げにも畳が

露天風呂

広大な外の景色はすべて「かよう亭」の敷地

かよう亭の主人の上口昌徳さん(=中央) 

2008年11月14日金沢星稜大学で観光情報学会のあつまりを終え、山中温泉の翠明に泊まりました。

15日には、地域活性化観光フォーラム(観光情報学会 かがのと観光情報学研究会主催)が開かれます。

あいさつをされる上口昌徳さん(山中温泉観光協会会長、かよう亭の主人)を「かよう亭」にたずねました。

  • 数寄屋造りの「かよう亭」は、畳敷きです。
  • 「朝めしが日本一おいしい宿」をめざしています。
    朝食時間はお客様次第です。
    食事は地産地消です。
  • 父から受け継いだ60室の部屋を、1976年10室にしました。
    拡大再生産の高度成長の波にあらがってのことでした。
    この時期は、日本が、西洋文化の湯を浴びているゆで蛙のように、「日本の風土」を失う課程でもありました。
  • 「風土をなくすことはわれわれが生きてきた記憶をなくすことです。…。
    地方の村の悲惨な人間関係の事件も風土喪失が原因です。
    わたしたちは、自然と共存、共生するのではなく、自然に生かされていることを知るべきです。 」
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2008年12月15日

しあわせへの道

大学1年生に「しあわせへの道」を図解し、説明をしてもらいました。

  • 幸福になるには、まず健康であることが必要です。そのためには、規則正しい食生活が大切です。
  • 生活を充実させるためには、それなりのお金も必要となります。
  • 「健康」「経済」のあとに「心の充足」が必要です。
    人によってことなります。
    • やりがいのある仕事(=勉強、遊び)
    • 好きなスポーツ
    • 友達との楽しい飲食
    • 趣味
    • ・・・
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  • 【付記】
  • わたしたちが若いころは、「健康」は所与の空気のようなものでした。
  • いまは若いうちから「健康」に意をくばる時代のようです。

2008年12月13日

こわいインフルエンザ

速いペースでインフルエンザが横行しています。

  • 新型のインフルエンザが大流行すると、日本では60万人以上が死亡します。3000万人以上が感染します。
  • 鳥からうつる鳥インフルエンザにインドネシアで感染死が相次いでいます。韓国では感染のおそれのある600万以上の鶏、アヒルを処分しました。
  • インフルエンザの症状は次の通りです。
    • カゼの症状が現れます。
    • 突如として、高熱、頭痛、関節痛、筋肉痛がおそいます。
  • 予防法は常識的なものです。
    • バランスのとれた食事と休養をとる。
    • うがいを励行する。手洗いも思っている以上に効果的です。
    • 室内温度を50%以上に保つ。
    • 人込みではマスクが効果的です。
    • ワクチンを接種しておくと、重症になるのを防いでくれます。
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  • AllAboutのインフルエンザ・風邪対策を参考にまとめました。

2008年12月12日

川の名は流れる 川越の小畦川

1 こはぜかわ

2 こあぜかわ

3 こあぜがわ

小畦川は入間川の支流

  • 川が流れるように、川の名も、流れています。
  • はじめは「こはぜかわ」でした。
  • 次に「こぜかわ」になりました。
  • 今は「こあぜわ」です。
  • 小畦川は、入間川の支流です。入間川の支流には都幾川、越辺(おっぺ)川、高麗(こま)川、小畦川があります。
  • 上図では、入間川と新河岸川が荒川に流れています。
  • 小畦川(こあぜがわ) Google
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  • 【付記】
    1965年頃アジア会館で渋沢さん主催のアジア関係の催し物に招かれました。
  • パスポートをもって沖縄からやってきた仲宗根美樹が会場で歌ったのが、一世を風靡(ふうび)した「川は流れる」でした。
  • その場にもとNHKの高橋圭三が飛び入り参加したのを思い出します。
  • 表題の「川の名は流れる」は仲宗根美樹からお借りしました。
  • 川は流れる 【歌詞】
  • 仲宗根美樹 【画像】
  • アジア会館

2008年12月10日

「埼玉」を堂々と  【Googleプレゼン】観光断章10項より

【Googleプレゼン】観光断章10項より

  • 寺閣への配慮を
  • リピーターの確保を
  • 観光圏を広域に
  • 地域ブランド産品を多く
  • 「埼玉」を堂々と、何回も
  • 「埼玉」の商標登録を
  • 観光情報のデータ化を
  • もっと笑顔を

2008年12月9日

「日本企業の強みは、家族意識を有すること」(ドラッカー )

  • ドラッカーは、「日本人の強みは、組織の構成員として、一種の<家族意識>を有することにある」と指摘しました。
  • 「ドラッカーが、日本人の強みに関して指摘した点がある。
    あなたは何をしているかと聞かれると、欧米人は「会計士」などと言うが、日本人は「トヨタ 自動車に勤めている」などと答えるのが、常であることだ。
    狭い意味での自分の職業などに自己を限定せずに、自らの所属する組織を語るということは、組織の 構成員として一種の「家族意識」を有していることの証拠である。
    そうドラッカーは指摘している。」(小林薫
  • 2008年ノーベル経済学賞を受賞したクルーグマンも『格差はつくられた』で、アメリカはかつての分厚い中流階級の時が繁栄していた、とし、いまの成果主義をきびしく批判しています。
    共和党は、高所得層の減税、労働組合敵視、最低賃金の抑制により格差を拡大させました。
    日本も格差のない家族的な職場の時代の方が繁栄していました。
  • H&M、イケア、ボルボ、サーブ、エリクソンは人口900万のスウェーデンの企業です。
    ノキアはフィンランドです。
    これらバイキング社会は平等を重んじ、組織もフラットで、アメリカの対極にあります。

2008年12月5日

幸福についての名言

  • 幸福はまず何より健康のなかにある。G・W・カーチス
  • 幸福とはそれ自体が長い忍耐である。 カミュ
  • 幸せでありたいというのか。まず苦悩することを覚えよ。ツルゲーネフ
  • いつまでも続く不幸というものはない、じっと我慢するか勇気をだして追い払うかのいずれかである。ロマン・ローラン
  • 幸福は身体にとってはためになる。しかし精神の力を発達させるものは悲しみだ。 マルセル・プルースト
  • 幸福になりたいのだったら、人を喜ばすことを勉強したまえ。M・プリオール
  • 苦しい時には自分よりもっと不幸な男がいたことを考えよ。ゴーガン
  • 苦難は幸福の門
  • 若さが幸福を求めるなどというのは、衰退である 三島由紀夫
  • 人生における無上の幸福は、自分が愛されているという確信である。 ユーゴー
  • 幸福には翼がある。つないでおくことは難しい。 シラー
  • 他人を幸福にするのは、香水をふりかけるようなものだ。ふりかけるとき、自分にも数滴はかかる。ユダヤの格言
  • どんな不幸のなかにも幸福がひそんでいる。どこに良いことがあり、どこに悪いことがあるのか、我々が知らないだけである。ゲオルギウ

2008年12月4日

川奥観研シンポジウムのプログラム

2008年12月2日

奥武蔵観光の広域展開を 川奥観研がシンポ

120人が参加した川越奥武蔵観光情報学研究会・シンポジウム

(下は、川奥観研が後援をいただいている『埼玉新聞』2008年11月27日の記事です。)

小川町やときがわ町、日高市、川越市などを結び、観光振興を広域的に考えようという「NPO川越奥武蔵観光情報学研究会シンポジウム」が二十二日、川越市内のホテルで開かれた。

 同研究会(桑原政則会長)は観光分野では埼玉県初のNPO法人。川越・奥武蔵地区の観光客、企業、行政、観光資源、住民をつなぎ観光情報と人間のネットワークをつくることを目的に今年四月に発足した。

 観光情報学は、新しい学問分野で、ITを使った地域観光情報の収集分析や観光ビジネスの創出などを通じ、日本の観光を根底から整備することを目指すという。

 シンポジウムは、広く観光情報学を知ってもらおうと開かれたもので、ときがわ町、日高市、鶴ケ島市など近隣市町から行政関係者や観光業者、学生ら約百二十人が集まり、期待の高さを見せた。

  桑原会長は「来年春にNHKの朝の連続ドラマ『つばさ』は川越が舞台となるが、観光分野ではまだ埼玉県の認知度は低い。まして『彩の国』は他県ではほとん ど通用しない。堂々と『観光の埼玉県』を掲げよう。研究会もこの分野で埼玉県をアピールするため『川奥観研』から『埼玉観研』に改称申請している」とあい さつ。

 記念講演では、浅草木馬館篠原演芸場二代目で東京大衆演劇劇場協会長の篠原淑浩さんが、大衆演劇の変遷をわかりやすく話した。また劔持勝・観光情報学会理事が「埼玉、広域観光の可能性」と題して講演。

  劔持さんは「観光圏とは、複数の市町村が連携して二泊三日程度の宿泊旅行客を呼び込む活動を企画・実施する枠組み。観光を他国・他地域との『貿易産業』と してとらえ、いかに地域に来てもらうかという視点が大切。埼玉は、ほとんどが日帰り客で、滞在してもらうにはそれなりの地域力が必要」と強調。豪州からの 観光客誘致に成功した北海道ニセコの舞台裏の努力を紹介し、観光が奥武蔵地域の一大産業になる可能性を示唆した。

 第二部では会員十五人がそれぞれの研究成果を三分間ずつ発表した。同研究会は「約三十人の会員発表を準備したが半分にとどまった。観光での地域おこしを目指し、会員の研究成果を発表する機会を近いうちに持ちたい」と話している。