高田早苗(たかた さなえ)。早稲田大学初代学長。文部大臣。読売新聞の主筆 <川越の先人


高田早苗(たかた さなえ)。早稲田大学初代学長。文部大臣。読売新聞の主筆  <川越の先人

・1860年4月4日。東京都~1938年12月3日。東京都。 

高田早苗は、1890年第1回の衆院選で川越から出て、21歳で、 全国最年少、初当選しました。6回当選しています。

大店(おおだな)の黒須博吉、町長にもなった中井尚珍、資産家の竹谷兼吉、豪農の岩沢虎吉も熱心な後援者でした。


高田早苗(たかた さなえ)は、東大文学部では坪内逍遥とスコットの『湖上の美人』を翻訳しました。

大隈重信の腹心として早稲田大学の創設に参画、のちに学長、総長となり、私学経営に新生面をひらきました。


早稲田四尊(しそん)は、高田早苗・市島謙吉・坪内逍遥・天野為之
・高田早苗は、1902年に早稲田大学と改称した際に初代学長に就任
・現・大日本印刷や現・T&Dフィナンシャル生命のまとめ役



早稲田人名データベース - 早稲田大学文化資源データベース
近代日本人の肖像 高田早苗 - 国立国会図書館
高田早苗記念研究図書館 - 早稲田大学図書館




【※】最終稿は、『川越の文化財』(川越市文化財保護協会)を。

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