2009年5月27日

鹿島神宮ー諏訪大社 東西の道#2

  • 日の昇る東にある鹿島神宮と日が沈む諏訪大社は、東西の道で結ばれています。
  • 鹿島は、大和政権の東国進出の際の拠点でした。
    鹿島神宮の祭神は、タケミカヅチノカミ(建御雷神)です。
    いくさの神、刀剣の神です。
    「ミカヅチ」とは、雷のことです。雷は古くは「いかずち」といいました。
  • タケミカヅチ(建御雷)は、オオクニヌシ(大国主)の息子のタケミナカタ(建御名方)に国を譲れと迫り、戦いで勝ちました。
    • これにより、オオクニヌシ(大国主)は、現世の神から幽界の神となり、人の運命をつかさどるようになりました。
      出雲大社はいまも縁結びで有名です。
  • 敗れたタケミナカタ(建御名方)は諏訪に引きこもり、そこから出ないことを条件に許されました。
    諏訪大社には敗者のタケミナカタ(建御名方)がまつられています。
    • この二人の戦いが相撲の起源とされています。
  • 【まとめ】
    • 鹿島神宮:タケミカヅチ(建御雷) 勝者
    • 諏訪大社:タケミナカタ(建御名方) 敗者
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  • 645年の大化の改新で活躍した中臣鎌足(なかとみのかまたり=藤原鎌足)は鹿島生まれです。
    平城京に春日大社が作られると、鹿島の神を迎えました。
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  • 「鹿島立ち(かしまだち)」とは、奈良時代この地から九州の防備におもむいた防人(さきもり)が道中の無事を祈ったことに由来します。いまでは「旅立ち」をあらわします。
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  • 鹿島神宮の本殿と諏訪大社の上社(かみしゃ)の守屋山の山頂とが同緯度です。
    守屋山は、諏訪大社のご神体そのものです。
  • さいたま市の岩槻区には、諏訪神社があります。
  • 埼玉県下には諏訪神社が80もあります。
    秩父地域に多く見られます。
    諏訪地域からの治水工事のために移住してきた人が多かったようです。(百瀬直也)

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