2009年5月28日

浅草寺も鬼門帯に

  • 浅草寺は「せんそうじ」と読みます。
    お寺の名前は音読みで読むのが普通です。
    • 熊谷寺は「ゆうこくじ」となります。
  • 浅草寺は徳川幕府の祈願寺です。
    家康が祈願寺に定めました。
    祈願寺(きがんじ)とは、一族の繁栄や無事をお願いするお寺です。
    徳川家の厚遇により浅草寺は一段と発展しました。
  • 浅草寺を祈願寺にしたのは、江戸城の鬼門封じになるとの天海の進言によるものです。
  • 浅草寺は、家康以前にも武将たちの信仰を集めていました。
    源頼朝、北条政子、足利尊氏なども参詣(さんけい)し寄進しました。
  • 江戸には江戸三十三観音札所があり、その一番札所が浅草寺(せんそうじ)です。
    江戸三十三観音巡礼とは、霊験ある33の寺院を巡る旅です。
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  • 浅草大百科
  • 浅草観光.com

伊勢神宮ー三輪山、東西の道#3

  • 三輪山(みわやま)は、 縄文時代から信仰されていました。万葉集でも「神の鎮座する山」とよまれています。
    山麓地帯にはいくつかの大きな古墳があります。
    2代の天皇の墓所(=御陵、ごりょう)もあります。
  • 伊勢神宮は、三輪山と東西の道を結ぶ位置に設定されたと考えられます。
    神は伊勢の沖から現れ、三輪山の頭上に輝き、淡路で沈むという構図です。
    「伊勢神宮ー三輪山」と「三輪山ー伊勢久留麻(いせくるま)神社」は等距離にあります。
    • 磯(いそ、海の波打ち際)が、転化して「伊勢」「五十鈴川」となりました。
  • 淡路島の伊勢久留麻神社は、西のお伊勢さんとよばれています。
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  • 室生寺、長谷寺も北緯34度32分にあり、この緯度は太陽信仰の拠点となっています。

2009年5月27日

鹿島神宮ー諏訪大社 東西の道#2

  • 日の昇る東にある鹿島神宮と日が沈む諏訪大社は、東西の道で結ばれています。
  • 鹿島は、大和政権の東国進出の際の拠点でした。
    鹿島神宮の祭神は、タケミカヅチノカミ(建御雷神)です。
    いくさの神、刀剣の神です。
    「ミカヅチ」とは、雷のことです。雷は古くは「いかずち」といいました。
  • タケミカヅチ(建御雷)は、オオクニヌシ(大国主)の息子のタケミナカタ(建御名方)に国を譲れと迫り、戦いで勝ちました。
    • これにより、オオクニヌシ(大国主)は、現世の神から幽界の神となり、人の運命をつかさどるようになりました。
      出雲大社はいまも縁結びで有名です。
  • 敗れたタケミナカタ(建御名方)は諏訪に引きこもり、そこから出ないことを条件に許されました。
    諏訪大社には敗者のタケミナカタ(建御名方)がまつられています。
    • この二人の戦いが相撲の起源とされています。
  • 【まとめ】
    • 鹿島神宮:タケミカヅチ(建御雷) 勝者
    • 諏訪大社:タケミナカタ(建御名方) 敗者
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  • 645年の大化の改新で活躍した中臣鎌足(なかとみのかまたり=藤原鎌足)は鹿島生まれです。
    平城京に春日大社が作られると、鹿島の神を迎えました。
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  • 「鹿島立ち(かしまだち)」とは、奈良時代この地から九州の防備におもむいた防人(さきもり)が道中の無事を祈ったことに由来します。いまでは「旅立ち」をあらわします。
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  • 鹿島神宮の本殿と諏訪大社の上社(かみしゃ)の守屋山の山頂とが同緯度です。
    守屋山は、諏訪大社のご神体そのものです。
  • さいたま市の岩槻区には、諏訪神社があります。
  • 埼玉県下には諏訪神社が80もあります。
    秩父地域に多く見られます。
    諏訪地域からの治水工事のために移住してきた人が多かったようです。(百瀬直也)

2009年5月24日

鹿島神宮ー諏訪大社 東西の道#1

御柱(おんばしら)

山頂で待機中の御柱(おんばしら)。何十キロを数千人が引っ張ります。

木遣り歌(きやりうた)のサービス。2006年11月

  • 御柱(おんばしら)で有名な諏訪大社には、オオクニヌシノミコト(大国主命)の次男がまつられています。
    諏訪大社は、全国に1万ある諏訪社の本社となっています。
    • 諏訪大社位置図
      • 上社(かみしゃ) 
        • 本宮(もとみや)
        • 前宮(まえみや)
      • 下社(しもしゃ) 
        • 春宮
        • 秋宮
  • オオクニヌシ(大国主)は出雲を中心に信濃までおさめる大国(おおくに)の主でた。
    「命(みこと)」とは、高貴な人に対する尊称です。
  • しかし、オオクニヌシ(大国主)が辛苦の末つくった国を、タカマガハラ(高天原=神の世界)に住んでいたアマテラスオオミカミ(天照大神)が出雲までやってきて、ゆずるようにせまりました。
    神の国からこの世におりてくることを天孫降臨といいます。
    • アマテラス(天照)は、女神で皇室の祖先神です。
      日の神として伊勢神宮にまつられています。
  • オオクニヌシ(大国主)はあらがい、ついに「長男と次男の神に聞いてくれ」とこたえました。
    長男の神は、ゆずることに同意してしまい、海に身を投げました。
  • 次男のタケミナカタノカミ(建御名方神)は、戦いをいどみましたが負け、諏訪湖まで逃げました。
    タケミナカタ(建御名方)は、一生諏訪をでないことを誓い、命をたすけてもらいました。
    このタケミナカタ(建御名方)をまつってあるのが、諏訪大社です。
    • タケミナカタ(建御名方)の「タケ」とは、「たけだけしい、勇壮である」ことを意味します。
    • 「ミナカタ」は「水潟」の意味で、諏訪湖の神です。
  • ここでは、7年ごと寅年と申年に御柱祭(おんばしらさい)が行われます。
    社殿の四方の柱を新しく建て替える行事です。
    この次の御柱祭(おんばしらさい)は2010年です。
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  • 諏訪湖には「御神渡(おみわたり)」という現象もあります。
    湖面の氷が夜ちじんでして裂け目ができます。
    その裂け目に新しい氷が昼間膨張して押し上げられ、道ができる現象のことをいいます。
    御神渡(おみわたり)の記録はおよそ500年にわたって保存されており、世界的にも気候変動の貴重な資料となっています。
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  • 日本の神の一覧

2009年5月22日

沖縄にはなぜ神社がないの?

蓬頭垢面(ほうとうこうめん=もじゃもじゃ頭とあかだらけの顔)のインドの僧侶。1997年ワーラーナシーにて

大きなクモがいる森林は本物。斎場御嶽(セーファ ウタキ)にて。

イグアナも住んでる御嶽(ウタキ)

  • 沖縄の聖地である御嶽(ウタキ)には、建物はありません。
    仏教の影響がなかったので、派手な対抗措置をとる必要がありませんでした。
    • 仏教(普遍的な尺度)、こよみ(客観的な尺度)、鉄器(絶対的な尺度)が沖縄に入ってきたのは、12世紀以降です。
      沖縄でことばの力が強いのはこのためです。
  • 本土の神社は、お寺に対抗して立派に建てられました。
  • インドでは僧侶は存在自体が尊いのです。
    だから、蓬頭垢面でも尊敬されます。
    住まいも立派である必要はありません。
    雨露をしのげればよいのです。
  • ところが中国では、お坊さんはおがみ屋(巫者=ふしゃ)としてあつかわれ社会の最下位にありました。
    それで、仏教をひろめるために大伽藍(がらん)を建立(こんりゅう)しました。
    日本でも仏教は現世的、功利的な信仰の対象となり、外を飾る必要がありました。
  • このように仏教は中国経由で日本に入ってきたために、信者を獲得するために、立派なお寺をきそって建てました。
  • 立派なお寺への 対抗上、神社側も立派な神社をつくるようになりました。
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  • 建物とは別に、日本の寺社は木や自然が豊富です。
    日本の神様は、自然とは対立せず、自然と共にあり、自然の中にあるという古神道の流れが息づいています。
    自然と屹立(きつりつ)し、征服せんとするキリスト教会の建築物と対照的です。

2009年5月20日

ニライカナイって?


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小さな石があるだけの聖域

斎場御嶽(セーファ ウタキ)の大三角形アーチ

アーチから遠望した久高島

  • 沖縄の国造りの神様は、アマミキョです。
    アマミキョとは「アマからきた人」という意味です。アマとは、「天(あま)の川」の「天」であり、また「海女(あま)」の「海」でもあります。
  • 東の海の向こうの聖地ニライカナイからあらわれて琉球をつくりました。
    ニライカナイは海の彼方の神さまの世界です。
    常世(とこよ)ともいいます。
    地平線の彼方は、天と海が渾然一体となっています。
    人々はニライカナイから神があらわれて、しあわせをもたらすと信じています。
    • 沖縄では太陽の動きに応じて、東を「アガリ」、西を「イリ」とよびます。
  • アマミキョが上陸する場所は久高島(くだかじま)です。
  • 久高島を臨む斎場御嶽(セーファウタキ)は、沖縄最高の聖地です。
    山全体が御嶽(ウタキ)です。
    御嶽(ウタキ)とは、神さまが降臨する聖地です。
    沖縄で一番霊威が高いところです。
    本土の伊勢神宮にあたります。
  • 斎場御嶽(セーファウタキ)には、鳥居もなく神殿もなく、自然のままの姿です。
    神は岩や小石や木などに降り立ちます。これが本土の神道の元の姿です。
    足を踏み入れると、神聖で清らかな空気が身を包みます。
  • 沖縄には仏教が入らず、したがって仏教に対抗して、伊勢神宮のようにものものしく仰々しく鳥居や神殿をつくる必要がありませんでした。
  • ここで沖縄の人は積極的に神と感応し、神から霊気をいただきます。
    沖縄の人はここでは写真もとらず一木一草も持ち帰って利 しません。
  • 日本の神の昔の姿を沖縄に見ることができます。
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  • ウルトラマンにはニライカナイの思想が流れています。
    脚本を沖縄出身の金城哲夫が書いたからです。
  • 琉球民族の祖先は、九州→奄美→久高島(くだかじま)のルートをたどって、沖縄へ渡来したといわれています。

2009年5月13日

なぜ久能山の東は海?



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  • 久能山の東方、海と空がひとつになったところに神が住み、日暮れと共に、西の浄土に沈みます。
    太陽が死と再生を繰り返すように、神家康も再生する必要がありました。
    そのためには、東に海のある久能山が埋葬地である必要がありました。
  • 家康は北極星からもやってきます。
    これは中国から導入した信仰です。
  • 東方の海からやってくるというのは、日本古来の信仰です。
    沖縄のニライカナイ信仰がその典型です。
  • では、ニライカナイって?

久能山、新城(しんしろ)、岡崎、日吉大社(ひよしたいしゃ)

一直線の久能山、新城、岡崎、京都

  • 久能山東照宮に家康は埋葬されました。
    本殿は西を向いています。
  • 新城(しんしろ)市には鳳来寺(ほうらいじ)があります。
    家康の母が、子授けの祈願をしたところです。
    鳳来寺には東照宮もあります。
  • 岡崎市で家康は生まれました。
    大樹寺(だいじゅじ)があります。
    徳川家の母体である松平家の菩提寺です。
    大樹寺には東照宮もあります。
  • 京都比叡山に日吉大社(ひよしたいしゃ)は、全国に2000社ある日吉・日枝・山王(さんのう)神社の総本宮です。
    京をまもる霊のつよい神様です。
    比叡山にも東照宮があります。
  • 埋葬地の久能山、出生祈願地の新城、生誕地の岡崎、京都は、東西一直線に並んでいます。
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  • 久能山の位置について
    • 久能山東照宮は日光、富士山を通る地点にある必要がありました。
    • 第2に、京都、岡崎、新城を通る地点にある必要がありました。
    • 第3に、東に海を望む地点にある必要がありました。
      これはなぜでしょうか。

2009年5月12日

日光と富士山を結んだ先に何が?

日光→ 富士山→ 久能山

  • 神君(神そして君主)の家康は、北極星となり、江戸を守っています。
    日光の気のエネルギーを増幅し、江戸に受け渡すのが川越でした。
  • もう一つ、富士山も日光からの気の中継センターになっています。
    日光からのエネルギーを富士山が増幅し、静岡市の久能山(くのうざん)東照宮におくり徳川家を守っています。
  • 久能山の家康像は西を向いています。
    これはなぜでしょうか?

2009年5月11日

相輪、五重塔、卒塔婆、パゴダは傘蓋(さんがい)が発展したもの

川越観音 長徳寺の相輪

  • 塔の頂上の飾りを相輪(そうりん)といいます。
    相輪は傘蓋(さんがい=幾重もの傘)が発展したものです。
  • 五重の塔も傘蓋に由来します。
    日射のきついインドでは、貴人には何重もの傘をさしかけるのが礼儀であり、その習慣が建物などにもちこまれたものです。
  • 卒塔婆(そとば)は、墓のうしろに立てられた梵字(サンスクリット語)の細長い板のことです。
    これも五重の塔を模したものです。
    卒塔婆は、ストゥーパ(stupa、塔)に由来します。
  • タイの仏塔やミャンマーのパゴダも傘蓋の発展したものです。

2009年5月8日

多宝塔(たほうとう)って?

喜多院の多宝塔

  • 多宝塔には、釈迦如来と多宝如来がまつられています。
  • 多宝如来は、お釈迦様が説法するところに宝石や金などで飾った多宝塔を出現させ、お釈迦様の説法を賛嘆しました。
  • 多宝塔は、二重の塔です。
    下は四角形、上は円形です。下層と上層の間を白いしっくいの亀腹(かめばら)で無理なく結合しています。
  • 多宝塔は日本にだけあります。
    100以上ありますが喜多院のは名塔のひとつです。
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  • 如来とは、悟りを開いた仏さまのことで、釈迦如来、阿弥陀如来が有名です。
  • 菩薩はまだ悟りを開いていません。地蔵菩薩、観音菩薩が有名です。
    菩薩は、修行のひとつに人助けがあるので、わたしたちにはなじみがあります。
  • 如来が大学生、菩薩は予備校生といったところです。

2009年5月6日

慈眼堂は宝形造(ほうぎょうづくり)

宝形造(ほうぎょうづくり)の慈眼堂

露盤の上に宝珠(ほうじゅ) 

  • 天海は慈眼大師の贈り名を朝廷から贈られました。
    天台宗では6人の高僧だけが大師の称号を有します。
  • 慈眼堂(じげんどう)は宝形造(ほうぎょうづくり)です。
    「方形づくり」とも書くことからわかるように、上から見ると正方形の建物です。
    四方の屋根が1点に集まっています。
  • 屋根の上には四角い露盤があり、その上に宝珠が乗っています。
    これらは、インドの傘蓋(さんがい、幾重もの傘)が発展したものです。

2009年5月4日

「寺社のなぞをさぐる」 参考文献

  1. 仏像ガール/著 西山厚/監修
    感じる・調べる・もっと近づく仏像の本
    ISBN 978-4-635-39010-1
    人文/宗教・仏教/仏教その他
    山と渓谷社
    1,680円
    2008年11月
  2. 高藤晴俊/著
    日光東照宮の謎
    講談社現代新書 1292
    ISBN 978-4-06-149292-9
    新書・選書/教養/講談社現代新書
    講談社
    756円
    1996年3月
  3. 河合敦/著
    早わかり江戸時代 ビジュアル図解でわかる時代の流れ!
    ISBN 978-4-534-04530-0
    人文/日本史/日本近世史
    日本実業出版社
    1,575円
    2009年3月
  4. 志村有弘/監修
    図説日本の魔界地図 地図が語る闇の日本史
    ISBN 978-4-569-70172-1
    教養/雑学・知識/雑学・知識その他
    PHP研究所
    500円
    2008年9月
  5. 吉野 裕子 著
    隠された神々 OD版-古代信仰と陰陽五行
    ISBN 978-4-409-59004-1
    人文/文化・民俗/文化一般
    人文書院
    2,310円
    2003年11月
  6. 水谷慶一/著知られざる古代 謎の北緯34度32分をゆく
    〔新コンパクト・シリーズ〕 〔069〕
    ISBN 978-4-14-018069-3
    人文/日本史/日本古代史
    日本放送出版協会
    714円
    1989年12月
  7. 司馬遼太郎/著覇王の家 上巻 下巻
    新潮文庫
    ISBN 978-4-10-115238-7
    文庫/日本文学/新潮文庫
    新潮社
    580円
    2002年4月
  8. 圭室文雄/編
    政界の導者天海・崇伝
    日本の名僧 15
    ISBN 978-4-642-07859-7
    人文/宗教・仏教/各宗派
    吉川弘文館
    2,730円
    2004年7月
  9. 宮元健次/著
    江戸の陰陽師 天海のランドスケープデザイン
    ISBN 978-4-409-52035-2
    人文/精神世界/超常世界
    人文書院
    1,995円
    2001年11月
  10. 宮元健次/著
    神社の系譜 なぜそこにあるのか
    光文社新書 251
    ISBN 978-4-334-03351-4
    新書・選書/教養/光文社新書
    光文社
    735円
    2006年4月
  11. 荒俣宏/著
    風水先生 地相占術の驚異
    集英社文庫 荒俣宏コレクション
    ISBN 978-4-08-748159-4
    文庫/日本文学/集英社文庫
    集英社
    700円
    1994年4月
  12. 中村晃/著
    天海 徳川三代を支えた黒衣の宰相
    PHP文庫
    ISBN 978-4-569-57357-1
    文庫/雑学文庫/PHP文庫
    PHP研究所
    660円
    2000年1月
  13. 百瀬千又
    平成小江戸川越 古寺巡礼
    信州信濃浄土出版界
  14. 春日局
    池田真理子
    中公文庫
  15. 教育まんが 天海さま
    寛永寺教化部

慈眼堂(じげんどう)の天海

慈眼堂(じげんどう)

108歳の天海僧正

「南無慈眼大師」の碑。「南無」とは、おすがりします、の意。「丸に二の字」の天海紋も

家光お手植えのしだれ桜

広い境内でラジオ体操

  • 喜多院の慈眼堂には、2009年5月6日まで天海の木像が安置されています。
    ふだんは火災盗難予防のために他の所に格納されています。
  • 天海は1643年寛永寺でなくなりました。
    慈眼大師(じげんだいし)の号を贈られました。
    3代将軍家光の命により天海の木像が安置されたのが、慈眼堂(じげんどう)です。
  • 山門棟札(むねふだ)も宝物展で陳列されています。
    「卍 御建立山門執行探題大僧正天海」とあります。
    「卍(まんじ)」がしっかりと描かれています。
    棟札(むなふだ)は、建物の建築などを記念して、建物内部の高所に取り付けた札です。
  • 喜多院のイベント
    • 喜多院宝物展は5月6日まで
    • 護摩は毎日たいています
    • 写仏は第3土曜日2時より
    • 読経会は毎月3日、毎月第4日曜日1時30分より
    • 毎朝6時半よりラジオ体操
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  • 喜多院には場のエネルギーがいっぱいです。
    また朝は、木々からのフィトンチッドに満ちています。
    フィトンチッドはからだをリフレッシュしてくれます。抗菌、防虫、消臭効果もあります。
    元気な人たちが、英気をすってはつらつとした1日を迎えます。

2009年5月2日

春日局(かすがのつぼね)って、そんなにえらいの?

「家光公誕生の間、春日局化粧の間」が喜多院に

  • 家光公誕生の間と春日局化粧の間が喜多院に残っています。
    江戸城関係で唯一残る遺構です。
    春日局は家康と喜多院に天海を訪れたことがあります。
    • 2009年の宝物展では家康のよろいかぶとや天海の護身かぶとなども展示されています。
    • 庭には、家光お手植えの桜があります。
    • 喜多院の文化財
  • 文京区春日は、春日局にちなんで付けられた地名です。
  • 春日通りも同様です。
  • 麟祥院(りんしょういん)は春日局の菩提寺です。
  • 春日局像や春日局出世稲荷もあります。
  • 2代将軍秀忠夫妻は、家光よりも2歳年下の弟のほうを溺愛し、将軍にしようとしました。 
  • それを察知した春日局は、お伊勢まいりと称して江戸城を抜け出し、決死の覚悟で、駿府(すんぷ)の家康に直訴直言します。
    結果、家康は江戸に入り、皆の前で家光が世継ぎであることを宣言し、家光の3代将軍の地位が確立します。 世に言う「春日局抜け参り」です。
    • このこともあり、家光は祖父家康を神とあがめます。
      春日局を母と慕います。
  • 当時は乳の出る女性が新生児に乳を飲ませる「乳付け(ちつけ)」は当たり前でした。
    乳母(うば)の性格、容貌は乳児にうつるとされ、選定はきびしくおこなわれました。
  • 「春日局」の称号は天皇から授けられたものです。
  • 春日局は、大奥の制度を整え、絶大な権勢を振るいました。
    老中の堀田正盛、松平信綱らにも大きな影響を与えました。
  • 春日局は、1643年9月14日に65歳でなくなりました。家光は7日間の喪に服しました。
    • 天海も1643年になくなりました。
  • ・・・・・・・・・・・
  • 春日局【像】