寛永寺の根本中堂は、喜多院から移築したもの リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 8/31/2013 寛永寺の根本中堂。川越・喜多院から移築 寛永寺の根本中堂(こんぽんちゅうどう=本堂)は、川越・喜多院から移築したものです。 1868年、寛永寺は官軍に焼き尽くされました。 1879年、川越・喜多院の本地堂(講堂)を解体し、寛永寺に移築し本堂にしました。 喜多院の本地堂あとは、慈眼堂(じげんどう)と鐘楼門を結んで道路を横切った民家となっていま す。民家の裏は仙波仙芳塚(せんばせんぽうづか)となっています。 ※慈眼堂は、慈眼大師・天海をまつる御堂です。 喜多院の関係施設の地図 地図の8 が、本地堂(ほんちどう)の跡です。 拡大してごらんください。 出典 台東区教育委員会 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ