
わたしはスポーツクラブでは、敷き詰めた小石の上を歩く歩行浴を20周します。
そのときは片手で20を数えます。
親指の爪で数えていきますが、慣れるまでは16、17、18が難所でした。
この数え方を、2000年ニューデリーからクルマで5時間のところにあるピンクシティとよばれるジャイプールの露天商から習いました。
インド人は指が長いので、数えるのが芸術的です
By 桑原政則
異業種交流会、勉強会などにも見えないルールがあります。参加心得と目的をまとめてみました。
陸の東南アジア(インドシナ半島):ベカラ、タイ、ミャンマー
海の東南アジア:マレーシア、シンガポール、ブルネイ、インドネシア、フィリピン
英エコノミスト誌は、2008年2月21日に、「Japain」の文字を表紙に掲げ、特集記事を組みました。Japain(ジャペイン)とは、Japan+pain(苦痛)の合成語です。
日本の停滞の責任は、政治家にあると指摘しています。
以下は抜粋編集です。
アメリカの知識人も、アメリカのTime、Newsweekよりもエコノミスト誌のほうを信用します。

《 使わぬと すぐに忘れる コンピュータ 》 葵句磨
文字が大きくなり、レイアウトも一新です。
戦国時代に活躍した地域では、強力なブロックができあがり、地方新聞がさかんです。
伊達政宗の河北新報、
上杉謙信の新潟日報、
信長・秀吉・家康の中日新聞、
超曽我部元親(ちょうそかべ もとちか)の高知新聞、
島津の南日本新聞、
がそうです。
(【cf.『司馬遼太郎が考えたこと 7』】)
埼玉新聞は上にあてはまりません。
また首都圏の新聞は、埼玉都民などのように県民ではなく、都民をおおくかかえているので、読者を得るのがむずかしい環境にあります。
しかし、日本の再生は、地方の再生に負います。
地方紙を読み、はぐくみ、サポートすることは、地域づくりの大事な第1歩です。
埼玉新聞は1944年誕生のまだ64歳です。
埼玉の大きな羽ばたきの一翼を、これからもず~っとになってほしいものです。
しかし、もう1段あっても、もう1台買ってもいつのまにか「あとひとつあったらなー」状態になります。私はこれを冷蔵庫の論理とよんでいます。
アメリカでも事情は同じで、冷蔵庫の他に、ガレージに巨大な予備冷蔵庫や畳1畳ほどのフリーザーを置いていますが、どこもいっぱいです。
冷蔵庫の論理は本棚にも通じます。
家の場合には「あと一間(ひとま)あったらなー」との願望となります。
あっても同じです。冷蔵庫の論理は逃げの論理です。
わたしはこれらのことをすべて敷地も家も広いアメリカで経験しました。
日本人には、働くことを生きがいにしている人が多いようです。
障害者も働きたいのです。
しかし環境、道具がそろっていないのが現状です。
埼玉県小川町にKGSという会社があります。
この会社は点字セルで世界の7割のシェアを占めています。
視覚障害者のための「点図」はさわる画像です。
目の見えない人も、地図や絵などを指で見ることができます。
わたしもさわってみましたが、画像が拡縮もできるのに感嘆しました。
少子化のおり、障害者にもしっかり働いてもらう必要があります。
そのためにはKGSのような企業の果たす役割は大きいものがあります。
【cf.】日経新聞 (2006年11月15日)
西岡幸一(日本経済新聞、2008年5月5日)が12という数字で日本をあらわしていました。抜粋要約です。
埼玉県のときがわ町は、8市町村に隣接しています。地図帳のままでは、覚えにくいものです。
埼玉県地図
しかし、面積などは無視し、上のように単純化すると、頭に入りやすいです。
ときがわ町は、越生(おごせ)町、鳩山町、嵐山(らんざん)町、小川町、東秩父村と関係が深く、西の秩父市、横瀬町、飯能(はんのう)市とは、山などの地形の関係で、疎です。
下草パラパラの林。ときがわ町にて。2008年5月