2015/10/01

10月2日、1643年(寛永20年)。天海108歳で没。

天海僧正。会津美里町公民館にて
天台宗の天海僧正は、1643年(寛永20年)10月2日に死去しました。
【※】「寛永」とは、天海僧正の寛永寺にちなんだ年号です。

生年は1536年で、数えの108歳の長寿で没しました。
福島県の会津美里町高田の生まれです。

1610年(慶長15年)75歳のとき、徳川家康に駿府城で会いました。
この時、家康は68歳でした。

天海75歳と家康68歳。ご両人とも、当時では考えられないくらいの長命でした。

天海僧正は、徳川家康に1616年まで7年間仕えました。

家康のあとは、秀忠、家光の2将軍の相談役として27年間仕えました。

死後「慈眼大師(じげんだいし)」の号を賜わっています。
天台宗では、これ以降「大師」の号は出ていません。

★ 10月2日は日光で長講会(じょうごえ)

比叡山中興の祖・天海。論湿寒貧の延暦寺生活

天海僧正の養生訓
    「気は長く  勤めはかたく  色うすく 食ほそうして  心ひろかれ」

日光の慈眼堂

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”  茶寿(ちゃじゅ)、天海  ラジオ体操に  ほほえんで  ”


毎朝、川越・喜多院ではラジオ体操が開かれています。
世話人の利根川さんは、25年間も大型のラジカセを持参して、通っています。
慈眼堂横では5~10人のグループが参加しています。
茶寿(108歳)の天海僧正も、ほほえみながら、応援してくださっているようです。(2015/10/02)

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