『痩せ蛙』も『蝿』も友達だった俳人・小林一茶

 『痩せ蛙』も『蝿』も友達だった俳人・小林一茶

・1763年6月15日--1828年1月5日     64歳    長野県上水内郡  信濃町(かみみずうちぐん   しなのまち)


小林一茶は、松尾芭蕉、与謝蕪村と並び
「江戸俳諧の三巨頭」と称されます。


小林一茶は、弱い者へのまなざしがあつい江戸時代後期の俳人です。

15歳で江戸へ出て、50歳で帰郷した、Uターン移住の経験者でもあります!



「我と来て遊べや親のない雀」

若き日の一茶は、江戸で修行し、西国を巡りました。 

3歳で母を亡くした自身の孤独を雀に重ねた、初期の代表句です。 



「痩せ蛙まけるな一茶これにあり」

病弱だった長男を応援するためによんだと言われています。


「やれ打つな蝿が手を摺る足を摺る」

小さな命にも仏性を見出す、一茶らしいユーモアと慈愛に満ちた句です。 


その他


「雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る」

「我と来て遊べや親のない雀」

「やせ蛙 負けるな一茶これにあり」

「名月を とってくれろと 泣く子かな」

「めでたさも中くらいなりおらが春」

やさしいことばと、
小動物や自然の営みに寄り添う視点から
多くの人に愛されています。





【cf.】

信州に移住した偉人たち 50歳で江戸からUターン、52歳で初婚 俳人・小林一茶の生涯

コメント

このブログの人気の投稿

0学(ゼロ学)占い、にトライ。Yahoo!無料占い

東照宮の位置の秘密。

サントリーの向獅子(むかいじし)マーク <日経新聞小説